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ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
新しい風

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第八十九夜 候補の席

第八十九夜 候補の席


 翌朝、学院長府の公開連絡板に新しい表題が並んだ。


 ひとつではない。


 四つだった。


 ファーランド大公家保護下における学院籍継続確認。


 レーヴェンハイト侯爵家との家門関係維持確認。


 ベルカ式教育課程試験参加申請の受領。


 外交実務補佐候補観察登録に関する参考通知。


 リシアは、その四つの表題を、何度も読み返した。


 字面は硬い。


 硬すぎて、少し息が詰まる。


 けれど、硬いからこそ、勝手に曲げにくい。


 昨日まで廊下の端で囁かれていた、静かな場所、祈りの場、名誉ある退き方、王家に近かった令嬢の慎み。


 そういう柔らかい言葉は、今日の表題の前で少しだけ行き場を失っていた。


 なくなったわけではない。


 たぶん、なくならない。


 けれど、言い出すには、別の言葉をまた用意しなければならない。


 それだけで、時間が稼げる。


 時間が稼げれば、立つ場所を整えられる。


 リシアは、ようやくその意味が少し分かるようになってきた。


「硬い文ですね」


 セラが隣で言った。


「はい」


 リシアは頷いた。


「ですが、硬い方がよい時もあるようです」


「柔らかいと、斬りにくいですからね」


「……たぶん、その理解でよいかは分かりません」


 セラは真面目な顔だった。


 比喩ではなく、本当に斬るものとして考えている気がする。


 けれど、少しだけ当たっているのかもしれない。


 柔らかい言葉は、刃を受け流す。


 名誉。


 慎み。


 祈り。


 保護。


 どれも美しい言葉なのに、使い方によっては人を遠ざける。


 だから、硬い表題で固定する。


 これは何の話なのか。


 誰の意思なのか。


 どの窓口で扱うのか。


 それを先に置く。


 貸与邸の応接室では、クラウディアが学院長府からの受領確認を読み上げていた。


「学院長府は、ステファニア・レーヴェンハイト様に関する四件の通知を、それぞれ別記録として受領。相互参照は許可。ただし、一件の解釈をもって他件の判断根拠としない」


「分けてくれたのですね」


 ステファニア様が言った。


「はい」


 クラウディアは頷く。


「学院長府側も、混在の危険を理解しています」


「理解していても、混ざる時は混ざりますわ」


 アリシアが茶器を置いた。


 今朝も、よく晴れている。


 そしてアリシアは、よく晴れた日の刃物のような声をしていた。


「ですから、混ざった時に切り分けられるようにしておくのです」


「切り分ける」


 リシアは、セラを見る。


 セラは少しだけ頷いた。


 やはり斬る話に聞こえているらしい。


「学院長府から補足があります」


 クラウディアが続けた。


「ステファニア様の学院内移動について、従来通り授業参加を認める。ただし、私的呼び出し、非公式確認、複数家門による同席要求については、本人および保護責任者の同意なき実施を禁ずる」


 リシアは息を吐いた。


 少しだけ、安心する。


 昨日までなら、誰かがまた廊下で声をかけてきたかもしれない。


 確認だけです。


 心配しているだけです。


 名誉のためです。


 そう言いながら。


「助かりますね」


 ステファニア様が静かに言った。


「助かります」


 リシアは即答した。


 ステファニア様が、少しだけ笑う。


「リシア様の方が、強く仰いましたね」


「強く言いたい気分です」


「それは」


 ステファニア様は、目を伏せる。


「嬉しいです」


 その声が小さかったので、リシアはそれ以上何も言わなかった。


 言葉を足さない方がよい時もある。


 最近、少しだけ分かってきた。


「次に、エレナ・ヴァイスベル様の件です」


 クラウディアが言った。


 部屋の空気が変わる。


 昨日、エレナから届いた一次回答。


 断らず、飛びつかず、自分が何者として扱われるのか確認した返答。


 リシアは、その文を思い出していた。


 あれは、きっと強い返事だった。


 静かで、丁寧で、強い。


「こちらからの返答案に対し、エレナ様より二次回答が届いています」


「早いですわね」


 アリシアが微笑んだ。


「嬉しそうですね」


 リシアが言うと、アリシアは否定しなかった。


「ええ。迷わない方もよろしいですが、迷う場所を間違えない方はもっとよろしいですわ」


 リシアは、少し考える。


 迷わないことが偉いのではない。


 どこで迷うか。


 何を確認するか。


 そこに、その人の形が出る。


「読み上げます」


 クラウディアが記録板を開いた。


「ご提示いただいた四点、確認いたしました。ジークフリート殿下側作業の引き継ぎについては、本日中に一覧を作成し、学院長府および指定実務補佐へ提出いたします」


 端正な文面だった。


「研修期間中の所属記録についても、学院籍維持、ジークフリート殿下側周辺整理協力者記録の閉鎖、ファーランド大公家外交実務研修参加者としての別記という扱いを承知しました」


「閉鎖、ですか」


 ステファニア様が繰り返した。


「完全削除ではありません」


 クラウディアが補足する。


「役目を終えた記録として閉じる、という意味です」


「なるほど」


 役目を終えた記録。


 消すのではない。


 なかったことにするのでもない。


 ただ、そこから次の命令を出さない。


 それは、ジークフリート側にとっても大きな意味を持つはずだった。


「続けます」


 クラウディアが言う。


「信仰団体窓口との接触については、本人意思と安全確認を前提とした段階制限を受け入れます。ただし、既に着手済みの史料照会については、私が担当した範囲を明示した上で、後任へ引き継ぎます」


 アリシアが、満足そうに目を細めた。


「よろしいですわ」


「本当に嬉しそうですね」


「ええ。仕事を途中で投げない方は好きですもの」


 投げない。


 それは、リシアにも分かる気がした。


 引き抜かれる側が、すぐこちらへ飛び込む方が、話の筋としては分かりやすいのかもしれない。


 けれど、エレナはそうしなかった。


 今いる場所で持っている責任を、まず閉じようとしている。


 だからこそ、こちらへ来た時にも信頼できる。


「最後です」


 クラウディアが、少しだけ間を置いた。


「本件を受けるにあたり、私はジークフリート殿下側を見限るものではありません。王家周辺整理において、私にできることは限られていました。限られていたことを、今後の働きで言い訳にしないため、研修を受けるものです」


 部屋が静かになった。


 リシアは、すぐに言葉が出なかった。


 ステファニア様も、目を伏せている。


 ジークフリート殿下側を見限るものではない。


 その一文は、たぶん必要だった。


 エレナ自身のためにも。


 ジークフリート殿下のためにも。


 そして、こちらへ来るためにも。


「……よい方ですね」


 ステファニア様が言った。


「ええ」


 アリシアは頷いた。


「だから、あそこに置いておくには惜しいのです」


「アリシア様」


「分かっていますわ。言い方が少々よくありませんでした」


 少々だろうか。


 リシアは思ったが、口には出さなかった。


「では」


 クラウディアが確認する。


「エレナ・ヴァイスベル様の外交実務研修受け入れを、正式手続きへ移行します」


「お願いします」


 アリシアが言った。


「ただし、本人がこちらへ来るまで、席は空けたままにします」


「席札は」


「置いてよろしいですわ」


 クラウディアが記録する。


 リシアは、そのやり取りを聞きながら、昨日見た空の椅子を思い出していた。


 席は空けておく。


 けれど、席札は置く。


 誰のものか分からない空白にはしない。


 エレナが来るかどうかは、本人が決める。


 けれど、別の誰かが勝手にそこへ別の意味を置くことはさせない。


 そういう席だった。


     ◇


 同じ頃、ジークフリートの部屋にも、同じ通知が届いていた。


 閲覧権限は本人に限られている。


 だが、本人が望めば、指定実務補佐へ見せることはできる。


 ジークフリートは、しばらく記録板を見ていた。


 ファーランド大公家保護下における学院籍継続確認。


 ベルカ式教育課程試験参加申請。


 外交実務補佐候補観察登録。


 エレナ・ヴァイスベルへの外交実務研修打診、および本人一次・二次回答。


 どの表題も、硬かった。


 硬く、丁寧で、逃げ場がない。


 ステファニアは修道院へ行かない。


 表舞台から消されない。


 そのことに、まず安堵した。


 安堵してしまった。


 そして、その安堵がすぐに自分の喉へ引っかかった。


 自分が守れなかったから、別の名で守られている。


 自分が置けなかった席を、ファーランドが置いた。


 その事実が、痛い。


「殿下」


 ミリア・セルヴィンが、少し離れた場所で声をかけた。


 ジークフリートは顔を上げる。


「読んだ」


「はい」


「ステファニアは、残る」


 口にした瞬間、言葉が少しだけ揺れた。


 嬉しい。


 その言葉を使う資格が、自分にあるのか分からなかった。


「よかった、とは言えないな」


 ジークフリートは苦く笑った。


「言えば、また混ざる」


「殿下」


「だが」


 ジークフリートは記録板を見る。


「修道院へ行かずに済むなら、それはよいことだ」


 ミリアは、少しだけ目を伏せた。


「はい」


 それだけだった。


 慰めない。


 余計な言葉を足さない。


 それが今はありがたかった。


 扉の近くに立っていたオスカー・ベルトランが、低く言う。


「エレナ嬢の件も、届いています」


「ああ」


 ジークフリートは、そちらの表題を開いた。


 エレナ・ヴァイスベル。


 信仰団体窓口と学院長府の間で、最後まで言葉を分けようとしていた者。


 ジークフリート側の者、と周囲は見ていた。


 だが、実際には少し違う。


 彼女は、ジークフリートのためだけに動いていたのではない。


 記録のために動いていた。


 信仰と責任を混ぜないために動いていた。


 だからこそ、ファーランド側が目をつけた。


「失うのですね」


 ミリアが言った。


 声は責めていない。


 事実を置いただけだった。


 部屋の奥で、誰かが小さく息を吐いた。


「むしろ、よろしいのではありませんか」


 若い側近の一人だった。


「あの方がいなくなれば、信仰だの記録だのと細かく止められることも減ります。周辺整理も、少しは動かしやすくなるでしょう」


 清々する。


 口には出さなかった。


 けれど、そう言いたいのだと分かる声だった。


 ミリアの目が、わずかに冷えた。


 オスカーは、何も言わなかった。


 ただ、その側近の名を記憶に置くような目をした。


「失う」


 ジークフリートは繰り返す。


「そうだな。こちらに置いておけるだけの席を、俺は用意していなかった」


 先ほどの側近が、口を開いた。


「殿下だけの責ではありません」


「それでも、俺の責だ」


 ジークフリートは、そちらを見なかった。


 今度は逃げなかった。


 誰かが勝手に動いた。


 周囲が言葉を混ぜた。


 慣例がそうだった。


 そう言えば、いくらでも薄められる。


 だが、薄めた責任は、また別の誰かへ流れていく。


 ジークフリートは、それをもう見た。


 ステファニアの名で。


 名誉争議で。


 枝一本で。


「エレナ嬢は、見限るものではないと書いています」


 オスカーが言った。


「ああ」


「それを、どう扱いますか」


 ジークフリートは、すぐには答えなかった。


 どう扱う。


 その問いは、礼を言うかどうかより重かった。


 エレナの一文を、こちらに都合よく使えば、彼女をまた縛ることになる。


 見限っていない。


 だから戻ってこい。


 だからこちらの者だ。


 そう読めば、また混ざる。


「返答を出す」


 ジークフリートは言った。


「本人の意思を尊重する。引き継ぎ一覧を受け取り、学院長府へ共有する。研修参加を妨げない。こちらの記録では、職務放棄ではなく、周辺整理協力者としての役目を閉じた後の研修参加として扱う」


 ミリアが、少しだけ目を見開いた。


 オスカーは静かに頷く。


「よろしいかと」


「よろしい、か」


「はい」


 ジークフリートは、息を吐いた。


「よいことをすると、痛いな」


 その言葉に、ミリアは何も言わなかった。


 オスカーも。


 ただ、部屋の沈黙だけが少し深くなる。


 ジークフリートは記録板へ指を置いた。


 返答文を作る。


 今度は、自分の言葉で。


 誰かに整えてもらう前に、まず自分で置く。


 それがどれだけ拙くても。


 拙いまま逃げるよりは、ずっとよい。


     ◇


 午後の授業前、学院の廊下には新しい噂が流れていた。


 ステファニア・レーヴェンハイトは、修道院へ退かない。


 ファーランド大公家の保護下に入る。


 ベルカ式教育課程を受けるらしい。


 外交実務補佐候補だという。


 エレナ・ヴァイスベルまで、ファーランド側の研修に呼ばれたらしい。


 言葉は、もう廊下を歩いていた。


 リシアは、それを聞きながら歩いた。


 隣にはステファニア様がいる。


 少し後ろにセラ。


 反対側には、クラウディア。


 アリシアは今日は少し離れた場所にいる。


 離れていても、見ていないとは限らない。


 むしろ、見ていないはずがない。


「聞こえていますか」


 リシアが小さく問うと、ステファニア様は微笑んだ。


「ええ」


「大丈夫ですか」


「大丈夫、という言葉は少し便利すぎますね」


「では」


「痛くはあります」


 ステファニア様は、静かに言った。


「ですが、昨日よりは立ちやすいです」


 リシアは、その言葉を胸に置いた。


 立ちやすい。


 それは、たぶん救われたという言葉より正確だった。


 救われた人は、まだ誰かに抱えられている。


 立ちやすい人は、自分の足で立っている。


「ステファニア様」


 廊下の先で、声がした。


 エレナ・ヴァイスベルだった。


 彼女は、数冊の資料を抱えて立っていた。


 表情はいつも通り落ち着いている。


 けれど、少しだけ疲れて見えた。


 徹夜したのかもしれない。


 リシアは、まずそこを見た。


 書面の内容より先に、顔色を見るようになったのは、たぶんアークライト医療区画のせいだ。


「エレナ様」


 ステファニア様が立ち止まる。


 廊下の空気が、少しだけ止まった。


 周囲の学生たちが、聞いていないふりをして聞いている。


 エレナは、それを承知している顔で一礼した。


「ファーランド大公家よりの研修打診について、正式に検討する意思をお伝えしました」


「はい。伺いました」


「その前に、ジークフリート殿下側の引き継ぎを終えます」


「当然のことだと思います」


 ステファニア様の声は穏やかだった。


 エレナの目が、ほんの少し和らぐ。


「ありがとうございます」


「私に礼を言うことではありません」


「いいえ」


 エレナは首を振った。


「言わせてください。そうでなければ、私はまた、何を誰の前に置いているのかを見失います」


 ステファニア様は、少し黙った。


 それから、静かに頷く。


「では、受け取ります」


「ありがとうございます」


 エレナは、もう一度頭を下げた。


 そして、リシアへ向き直る。


「リシア様」


「はい」


「ファーランド大公家の保護と研修の名が、私にとって逃げ場にならないよう努めます」


 リシアは、少しだけ言葉に迷った。


 何を返せばよいのか。


 ファーランドの名を背負って、今ここで軽く言ってはいけない気がした。


「逃げ場であっても、よい時はあります」


 気づけば、そう言っていた。


 エレナが目を瞬く。


 リシア自身も少し驚いた。


 けれど、言葉は続いた。


「ただ、その場所からまた歩けるなら、逃げ場だけでは終わらないと思います」


 エレナは、ゆっくりと頭を下げた。


「覚えておきます」


 クラウディアが、横で淡々と言う。


「よい返答です」


「記録しましたか」


 リシアが思わず聞くと、クラウディアは当然のように頷いた。


「はい」


「……そうですか」


 もう驚かない。


 たぶん、少し驚いているけれど。


 エレナが、小さく笑った。


 初めて見る表情だった。


 疲れている。


 けれど、少しだけ軽くなったような笑み。


「では、失礼いたします。引き継ぎ一覧の提出がありますので」


「はい」


 ステファニア様が答える。


 エレナは背筋を伸ばし、資料を抱え直して歩いていった。


 周囲の視線が、その背を追う。


 今度は、彼女にも名が付くのだろう。


 裏切った者。


 引き抜かれた者。


 ファーランドへ渡った者。


 あるいは、実務研修参加者。


 どの名が残るかは、まだ分からない。


 けれど、少なくともエレナ自身は、自分が何者として扱われるのかを確認する人だった。


 それは、強い。


 リシアはそう思った。


     ◇


 その日の夕刻、ジークフリート殿下から返答が届いた。


 クラウディアが読み上げる。


「エレナ・ヴァイスベルの外交実務研修参加について、本人意思を尊重する。ジークフリート側周辺整理協力者としての役目は、本人作成の引き継ぎ一覧および学院長府確認をもって閉じる。職務放棄とは扱わない」


 ステファニア様は、目を伏せた。


 リシアも、少しだけ息を吐く。


「続けます」


 クラウディアが言った。


「ステファニア・レーヴェンハイト嬢のファーランド大公家保護、教育課程参加、外交実務補佐候補観察登録について、本人意思と家門同意を前提とする限り、異議を述べない」


 異議を述べない。


 それは、祝福ではない。


 謝罪でもない。


 けれど、邪魔をしないという言葉だった。


「なお」


 クラウディアの声が、少しだけ低くなる。


「本件が、私の不手際の結果として必要になった措置であることを、記録から外さないでほしい」


 部屋が静かになった。


 リシアは、ステファニア様を見た。


 ステファニア様は、しばらく目を伏せていた。


 やがて、顔を上げる。


「外さないでください」


 声は静かだった。


「ただし、それだけにしないでください」


 クラウディアが記録板へ指を置く。


「返答を作成しますか」


「はい」


 ステファニア様は頷いた。


「殿下の不手際だけではありません。私が返した名も、私が選んだ席も、私自身の意思です。それも、記録に残してください」


 リシアは、胸の奥が少し熱くなった。


 責任を取り合うのではない。


 奪い合うのでもない。


 それぞれの場所へ置く。


 ジークフリート殿下の不手際。


 ステファニア様の意思。


 ファーランド大公家の保護。


 レーヴェンハイト侯爵家の同意。


 学院長府の記録。


 全部、同じ文に混ぜない。


 けれど、並べて置く。


「承知しました」


 クラウディアが言った。


「草案を作成します」


 アリシアが、窓辺で扇子を開いた。


「よい流れですわ」


「アリシア」


 アインが言う。


「はい、殿下」


「楽しむな」


「楽しんではおりません」


 アリシアは微笑んだ。


「少し、満足しているだけですわ」


「同じだろ」


「違います」


 即答だった。


 クラウディアが、小さく記録板を閉じる。


「発言の分類上は、近似です」


「クラウディア」


「はい」


「後でお話ししましょう」


「昨日も同じ分類でした」


「今日は少し長くお話ししましょう」


 クラウディアは、わずかに目を逸らした。


 リシアは、とうとう少し笑ってしまった。


 ステファニア様も、笑っている。


 セラは真面目な顔で言った。


「お話しは、長い方がよいのですか」


「場合による」


 アインが短く答えた。


「この場合は、たぶんよくない」


 そう付け足すと、部屋の空気が少しだけ軽くなった。


 重い話は、終わっていない。


 むしろ、これから始まる。


 ステファニア様の席。


 エレナの席。


 ジークフリート殿下の記録。


 王都側の反応。


 第二王子派の糸。


 どれも、まだ動いている。


 けれど、今日、候補の席は置かれた。


 空席ではない。


 空白でもない。


 誰かが勝手に名を置く前に、本人が座れるように整えられた場所。


 リシアは思った。


 風は、まだ吹いている。


 けれど、その風の中に、少しずつ椅子が並び始めている。


 誰かを退かせるためではなく。


 誰かが立ち続けるために。


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