第9話 嫌いな食べ物
「ねえ。キノコは食べなきゃいいの?鍋に入れるのすら駄目なの?」
「あ、本当は見た目も好きじゃないんですけど、食べてる人を否定はしません」
「オッケー。じゃ、悪いけど、私は食べたいから入れるよ」
「はい」
ヒモオはピーラーさばきが上達して、ダイコンとニンジンの皮をするすると剝いていた。
「沙耶さん、お昼は何を食べたんですか?」
「パンと牛乳」
「それだけですか?」
「ちょっと、調べたいことがあって、時間がなかったの」
「そうですか」
「ヒモオは?」
「実は……頂いた懐石料理にちょいちょいキノコが入っていて……あまり食べられなかったんです。だからお腹が空きました」
「そうだったんだ。急ごう!」
お肉もお魚もあるだけ入れて、とても二人で食べきれる量じゃなさそうな寄せ鍋が出来た。
「完成!食べよ、食べよ!」
ヒモオの筋肉が腹ペコで萎んでしまったら勿体ない。たんと食べさせなくちゃ。
「あ、沙耶さん、ちょっとエノキが入ってます」
「いーじゃんこれくらい」
ムッとしたヒモオが可愛くて、いじめたくなっちゃうけど、この辺にしておこう。
「分かったよ。ほら、ちゃんと取ったよ。ヒモオのキノコ抜き鍋」
自分のにはエノキとシメジをたっぷり入れた。
「「いただきます」」
おしゃべりしながらご飯が食べれられるって最高だな。
ヒモオは食べ方が上品で、座ってるときの姿勢がいい。
「なんでキノコ嫌いになったの?」
「エイリアンに見えるから……です」
「はい?」
「形が宇宙生物みたいだからです」
「ウケる!」
「笑ってくれて結構です。本当の事だから仕方がありません」
「だね。ヒモオはキノコが怖いんだね」
もぐもぐしながらこっちを睨み付けてるヒモオってば、子どもじゃん。超かわいい。
「沙耶さんは苦手な食べ物無いんですか?」
「無い」
「嘘つかないでください。言いたくないだけでしょ」
「無い。無いものは無い」
ヒモオが笑ってる。もっと笑わせたい。ずっと笑ってて欲しい。
「今日は飲まないんですか?」
「……うん。ヒモオの事、困らせたくないからね」
しまった。ヒモオの笑顔が消えてしまった。
「沙耶さん」
「なに?」
「助けていただいて、こんな事を言うのもあれなんですけど」
「うん」
「簡単に男の人を家に上げてはいけません」
「分かってるよ、そんなこと」
「分かってないから言ってるんです。僕も男です」
「知ってるよ。でも、誰でもいいなんて思ってない。私の事そんな風に見ないで欲しい」
「そうですね。沙耶さんはしっかりしてる……けど、危うい」
「危うい?」
ヒモオはお代わりを自分でよそった。
「名前も知らない人にキスをねだるなんて良くないですよ」
「ヒモオだからだよ。私、なんかヒモオの事、気に入っちゃったみたいなんだよ。好きになったんだと思う」
「そ、そういう事は簡単に口にするもんじゃないです!」
「簡単じゃないよ。他の人に言ったことないもん」
「沙耶さん……」
「ヒモオ、本当は何してんの?今日は誰と会ってたの?」
ヒモオの箸が止まった。聞かないつもりだったけど、知りたくなってしまった。
「僕の名前は広尾虎太郎と言います。広尾フロンティアで専務をしていました」
やっぱり。何となく、嫌な予感はしてたんだ。
「おばあちゃんと知り合いだったの?」
「以前、一度だけ、株主総会でお会いしたことがあります」
「専務、辞めちゃったの?」
「はい。お祖母様、桜子さんとの約束を守れなくて、不甲斐ないですが、これしか方法がなくて」
「借金の理由、聞いてもいい?」
私は鍋を食べ続けた。いたって軽い口調を心がけて、世間話のようにヒモオが話しやすいように。
「代表取締役社長である父と……経営方針が合わず……」
「喧嘩したの?」
「そんなところです。5年前、桜子さんは弊社のフェアトレードの精神に賛同して株を買ってくださった。利益よりも社会貢献を優先してくださる株主は案外と少ないもんです。桜子さんがあの時、買い支えてくださらなければ、会社は傾いていたかもしれない」
「なるほど」
「桜子さんがお亡くなりになって、保有されていた株が放出された際、一時的に株価が下がりました」
それは私も知っている。もちろんおばあちゃんには遠く及ばない量だけど、私もその時、頑張って買ったんだった。
「社長は株主の株価下落の不満を解消する方法として、利益の還元に舵を切った。それは進めてきたフェアトレードと逆を行く流れで、経費を圧縮する為、契約農家に支払う対価を下げたんだ」
「ふんふん」
「僕は納得がいかなくて、コーヒー豆の一番の輸入先、ベトナムに飛んだ。そして契約農家に違約金を払って、会社との契約を切ってもらったんだ」
「はあ?会社が困っちゃうじゃん」
「その通りです」
ヒモオはふんっと鼻を大きく広げて、胸を張った。
「会社は株主の為にあるんじゃない。生産者と消費者を気持ちよく繋げるためにあるんだ」
「いいね、その考え方」
「自腹で違約金を支払ったから手元には一銭も残ってなくて、家は会社の社宅だったから入れなくなっていました」
「あーあ」
「それでお金を借りたんだ。贅沢はしていません。ただ、コーヒー豆を卸していたあのカフェのマスターに迷惑をかけてしまったことを詫びたくて、当面の生活費を渡しました」
「それで170万か」
「はい」
お腹がいっぱいになったけど、もうちょっと食べたくてみかんを取ってきた。
「ヒモオも食べる?」
「はい」
みかんの皮を剥きながら、もう少し聞いてみる。
「どうしてあそこを走ってたの?」
「それは……偶然と言いたいところですが……桜子さんの事を考えていたのは確かです。実は生前、お亡くなりになる少し前にお手紙を頂いていました」
「おばあちゃんからヒモオに?」
「はい。桜子さんの意思を継ぐお孫さんがいるから、困ったときには相談しに来なさいと書いてありました」
知らなかったな。おばあちゃんそんな事、一言も言ってなかったのに。
「もちろん顔も知らないし、会えるとは思ってなかったんですけど……あの時、沙耶さんの顔を見てピンときました」
「え?似てる?」
「はい。目元がそっくりです」
「なんか嬉しい。ありがとう」
「こちらこそです。こんな怪しいおっさんを助けてくれて本当にありがとうございました」
「言わないつもりだったの?」
「言っても信じてもらえないだろうと思いました。だから、取引を持ちかけられた時は有難かった」
「変な男と不倫してて、呆れたでしょ」
「はは。はい、少し」
赤くなって笑ったヒモオが可愛いかった。今日も私の抱き枕になってもらおう。




