第7話 株主として
5時前に目が覚めた。
隣に温かい抱き枕、ヒモオが寝てる。
おっさんなのに、よく見ると可愛い顔してる。
体は鍛えられてるし、肌ツヤはいいし、このおっさん……ただ者じゃないな。
「襲わないでくださいよ」
あ、起きた。
「ヒモオが私から逃げるのなんて朝飯前でしょ」
「はい。赤子の手を捻るより簡単です」
「なら、いいよね」
がばっとヒモオに乗っかる。
胸元に顔を置いて、うつ伏せでまっすぐになる。
「ヒモオ布団」
「馬鹿言わないでください」
って言うくせに、私の背中に手を置いてとんとんしてくれる。優しいんだな。
「さあ。起きましょう。今日はどうするんですか?」
「日曜は毎週、行くって決めてるところがあるんだ」
立ち上がってシャワーを浴びに行った。ヒモオとごろごろするのは最高過ぎて、癖になりそうだ。
少しおめかしをして、まずは電車に乗る。
「どこ行くんですか?」
「まずはホテル」
「はい?」
「あ、その前に……」
ヒモオを連れて、駅直結の百貨店に入る。
「もう少しお洒落な服買ってあげる」
「いいですよ、これで」
「いいから、いいから」
紳士服店には初めて来た。
「いつもはどんな服着てんの?」
「買ってもらうわけにはいきません」
「いいんだってば。どうせ、何か買わなきゃならないの。私は今はいるの無いから」
「はい?」
嫌がるヒモオに、黒いシャツを見せたら目がキラーンってなった。
「似合うと思う」
「そうかな……」
嬉しそうな顔して可愛いヤツ。
とりあえず、上下一式を着替えさせて、着たまま会計を済ませる。
持ってきた株主優待券を渡して、激安でゲット。
「ここの株主だったんですね」
「うん。乗ってきた私鉄の株も持ってる」
「これから行くホテルとカフェもそんな感じ」
「優待券を消化して歩いてるんですか?」
「ちょっと違うかな……」
これは、おばあちゃんの教えのひとつ。
「投資するに相応しい会社かチェックを怠ってはならないの」
「チェックですか」
「そう。サービスや質の低下は消費者が一番最初に気が付くもんなんだって。だから定期的にその会社のサービスに触れる必要があるんだ」
「なるほど」
かっこいい格好をしたヒモオは、それなりにかっこ良かった。
「宿泊はしないけど、月に一度、日曜のランチはここで過ごすの」
大好きなラウンジ。おばあちゃんのお気に入りの場所だった。
いつものグラタンにパフェを頼む。一週間、頑張った私にご褒美。
「好きなの頼んでいいんだよ?」
私のと同じメニューをヒモオも頼んだ。
「ビール飲んだっていいし」
「いいえ。大丈夫です」
落ち着いた店内。行き届いた掃除、品の良い接客、変わらない味。
ここんとこおひとり様だったから、今日は連れがいて浮かれてるかも。
「ヒモオはお家で待ってる人とかいないの?」
「いません」
「天涯孤独?」
「そんなとこです」
「私と一緒だね」
お父さんとは縁を切ってるからね、私も一人ぼっちだよ。
「足りた?」
「はい」
「嘘つけ。私の何倍も筋肉あるくせに、食べる量が同じじゃ変でしょ。次行こ」
今日の最終目的地のカフェ。私の大のお気に入り。
「次の店はコーヒーが美味しいんだよ。あと、チョコレートケーキも」
「さっき、パフェ食べましたよね」
「あれはデザート、次はおやつ?」
「はあ」
ホテルから歩いて10分くらいの小さなカフェ。持っている商社株の会社が卸している輸入食品の直営店。週末に株価が下がっていたのが気になるところ。
「あれ?」
いつも看板に明かりがついてるんだけど、今日は暗いな。
「閉まってる?」
ドアのガラスに手を当てて中を覗いてみる。
「ごめん、今日、やってなかったみたい。変だな。日曜なのに」
「沙耶さん、ここの株持ってるんですか?」
「うん。ここの親会社って言うの?商社株をね。おばあちゃんは大株主だったんだけど、お父さんに相続で取られて、売っちゃったんだよ。私はまだちょっとだけど、余裕資金が出来たら徐々に買い集めてんの」
「そうですか」
「残念。来週は別のルートでチェックするとこあるから、また来月、連れてきてあげるね」
ヒモオとぶらぶらと街を歩く。こうして、アンテナを張って、流行り物をキャッチする。
「あの列なんだろう。ヒモオ一緒に並んでくれる?」
「もちろん」
「台湾から来たスイーツだって。美味しそう」
「ですね」
ヒモオってば、やっぱりご飯足りなかったんだ。元気が無いから、いっぱい食べさせてあげよう。
どこもかしこも行列だらけで、私たちはさっき買った店の物を食べながら並んで、新たに買った物を食べながら、次の行列を探した。
「食べ歩きって楽しいよね」
「沙耶さん、冗談抜きで、僕もう食べられません」
「意外と少食だね」
「沙耶さんが見かけに寄らず大食いなんですよ」
「そうかなー?」
お腹がいっぱいになったはずなのに、ヒモオの元気は復活しなかった。
「疲れちゃった?連れ回してごめん」
「いえ。まさか。勉強になりました」
「勉強?ヒモオも株買うの?」
「そう言うわけじゃありませんけど……」
「どうしたの?」
元気のないヒモオの手を握る。ごっついのに柔らかい、綺麗な手。
「明日……お休みを頂戴できませんか?」
「いいよ。どこ行くの?」
「それは……」
「言わなくてもいいよ。ヒモオの好きにしなよ」
「ありがとうございます」
なんか困ったような顔してた。あんまり突っ込んだこと聞いて嫌われたくない。ヒモオが気兼ねなく、また帰って来れるように余計な事は聞かない方がいい気がした。
「すみません。それじゃ、ちょっと出掛けてきます。後場が終わる頃には帰ってきます」
「オッケー」
朝早く、ヒモオは昨日買ったシャツを着て出て行った。
私もさくっと散歩に出る。日課はサボったら日課じゃなくなる。
それにしてもヒモオは謎の男だ。借金取りからガチで逃げてる人なんて初めて見た。
生活費に170万円使ったなんて苦しい嘘ついて、名前も名乗らないし……でも、不思議と悪い人じゃないって分かる。私は男を見る目は自信無いけど、銘柄を見分ける力はちょっとはあるつもり。株が上がるか下がるかは二択のようで二択じゃない。ちゃんと見分ければ、上がりそうな株はそれなりに見えるもんなんだ。ヒモオは優良株の匂いがした。
帰宅してシャワーを浴びて、デスクにつく。
今日、売買するデイトレの銘柄を選別する。
寄り付きを確認して売りから入る。スキャルピングという手法で、売ったり買ったりを秒で繰り返していく。集中力が必要だ。
まあまあの勝率で昼休憩に入ったから、一応、ポートフォリオを確認しておこう。
こっちの銘柄はそんな短期では売らないのだけど、商社株が気になる。
「え……」
ストップ安をつけていた。
「何があったの?」




