第6話 私のボディーガード
「はあ~、お腹空いたぁ」
「僕もです」
プールでぴょんぴょんするのを運動って言っていいなら、たまに来ようかな。でも、一人じゃその場で跳ねてるだけになるから、やっぱりヒモオが一緒じゃないと来る気しないや。
「スーパー寄って帰ろう」
「そうですね。沙耶さんって、お金持ってそうな割に堅実ですね」
「投資には軍資金が必要だからね。節約生活は基本だよ」
「お祖母様は軍資金は残してくれなかったんですか?」
「うん。私には家だけ。おばあちゃんに教わって私も投資はやってたから、相続税分くらいの資産はあったんだ。でも、それ支払ったらお金なくなっちゃって。生活費稼ぐのにデイトレ頑張ってる」
「そうだったんですね。お祖母様の投資資金はどうなっちゃったんですか?」
「お父さんが持ってった。遺書にそう書かれてたの」
「お祖母様の意思ですか?」
「うん。お父さんは金にがめつい人でね。たぶん、私に現金を残したら一生付き纏ってくると思ったんじゃない?私は現物資産で、金融資産は全部お父さん。おばあちゃんの配慮だと思う」
「そう思える沙耶さんが素敵です」
「ありがとう」
本当だ。おばあちゃんは私が一人立ちできるように、投資のし方を教えてくれた。あの家を守りたければ、自分で稼ぐしかない。金融財産を相続したって、使うだけじゃ減る一方だ。『魚を与えるのじゃなくて、魚の釣り方を教えてくれた』師匠に感謝している。
「今日はハンバーグにしよう」
「いいですね!作り方教えてください」
ヒモオは飲み込みは早い方だけど、さすがにタマネギのみじん切りは早かったか。
めっちゃ泣いてる。
「はは。そっちで座って待ってていいよ」
「いいえ。ぐすん。肉の成形と焼くところは僕も、ぐすん」
「また今度教えてあげるから」
言ってから、そんな機会無いんだったと気付いた。
「そんなこと言って、ぐすん、秘伝のレシピを守ろうとしてるんですね」
「ははは。まさか」
「なんで笑うんですか!」
「だって、おっさんが泣いてるのおもろい……ははは」
「ひど、沙耶さんって、ちょいちょいひどいですよね」
「はははは」
ピンポーン
チャイムの音に固まる。
インターホンにヒモオが近付く。
私は見なくたって誰か分かってる。
「はい」ヒモオが応じた。
「え?」アイツがたじろいでる。
「なんでしょうか」
「なんなのお前?」
まさか……ヒモです。とか言わないでよぉ~!肉を捏ねる手に力が入る。
「ボディーガードです」
「は?」
まあ……間違っては無いか。ヒモよか説得力ある?
「なんでしょうか?」
「……」
アイツの返事が聞こえなかったから、ヒモオを見た。
「帰っちゃいました」
「そ」
「追い払ったことになりますか?」
「うん」
「依頼はこれで終了ですか?」
「うん」
ヒモオは私の隣に来て、ハンバーグの種に手を突っ込んだ。
「どうするんですか?」
「え?」
「これ、丸めるだけでいいんですか?」
「あ、ハンバーグね。そう。手の平サイズで、ってヒモオの手じゃなくて、私の手ぐらいにしてね。あんまり大きいと火が通らないから」
無心でハンバーグを丸めた。
フライパンを温めて焼き始める時、ヒモオが言った。
「170万円分の仕事はしてません」
「でも……他にお願いすることないし」
「アイツ、来週も来るかも知れないじゃないですか」
「そうだけど、いつまでもヒモオを拘束できないし」
ヒモオは律儀に借りた分のお金に見合う働きを返したいと思っているようだ。もしかすると孤独で男を見る目がない私みたいな女を憐れんでくれているのかも知れない。そんなヒモオの優しさに漬け込みたい。本当は一人になんてなりたくない。
「今日はお酒飲まないんですか?」
「ハンバーグだし、赤ワイン残ってるし、飲みたいけど……」
「けど?」
「今日は襲われたくないから……」
これ以上、ヒモオに深い感情を持ちたくない。居なくなるって分かってる人にのめり込んだら、痛い目見るのは自分だって分かってるから。
「絶対に襲いません」
「?」
「沙耶さんがどんなに甘えてきても、僕は絶対に沙耶さんに手を出さない自信があります」
なるほど。巨乳にしか勃たないというわけか。
「昨日、『孤独が大敵』って言ってました」
「そうだね」
「つまり、孤独を解消するまでが僕の仕事だと思うんです。170万円分の価値がある」
「でも……セックス抜きで孤独って解消できるの?」
「出来るに決まってるじゃないですか」
「出来るの?」
「出来ますよ」
「じゃ、やってみせてよ」
ヒモオの目はどこか挑戦的で私に怒ってるのかなと思うくらい、じっと見つめてくる。
「じゃ、飲もうかな」
ハンバーグと赤ワインが並んだ食卓。
「誰かと夕食を囲むなんて久しぶり」
「お祖母様が亡くなったのは?」
「去年の春先。この前、一回忌やった」
「それからずっと一人?」
「アイツが……たまに来るようになった。その頃はね、まだ仕事してて、アイツは職場の上司だったんだけど、既婚者だって知らなかったから、つい……」
くいっとワインを煽ったら、すぐさま頭がくるくるし出す。
「相続手続きが終わって、夏頃、このままじゃお金が足らないなって思ったから、専業トレーダーになろうって退職して、アイツと別れるのが寂しかったから一緒に住もうって誘ったら結婚してるって断わられて。もう、ほんと、私、馬鹿だよね」
ああ。眠い。横になりたい。
「沙耶さん、そこで寝ないで」
テーブルに突っ伏した私をお姫様抱っこでベッドに連れてってくれる。ヒモオあったかい。
「沙耶さん?」
あ。手放せって?ヒモオの匂い好き。同じ石鹸使ってるのに、なんで匂いが違うんだろう。
「失礼します」
ヒモオがそう言って、隣に寝てくれた。ぐるっと体を巻きつける。大きな大きな抱き枕。
「寒くないですか?」
ヒモオはそう聞いたんだと思う。でも、私には「寂しくないですか?」って聞こえたような気がして、答えられないから返事はしないで、ただぎゅってヒモオにしがみ付いたまま寝た。




