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投資先は、訳ありな彼?  作者: あおあん


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3/18

第3話 職業はトレーダー

 私は朝も夜も早い。日本のマーケットが開いてる時間に全力集中する為には、睡眠はなによりも大事だっておばあちゃんが言ってた。


 同じ時間に起きる事。

 同じ手順での習慣化。


 私の毎日は365日の殆どが見分けのつかない生活の繰り返しだ。

 昨日までは……


「沙耶さん、おはようございます」

「おはよ。ヒモオは早起きなんだね」

「はい。まあ」


 一言二言交わしたところで、いつものサイトで各種ニュースを確認した。


「散歩に行ってくる」


 部屋を出ようとしたら、ヒモオが付いてきた。


「お供します」

「水戸のご老公じゃあるまいし」


 一瞬、断わろうかと思ったけど、同行を許可した。

 だまって、すたすたと歩く。ヒモオが邪魔とか面倒とかは思ってない。ただ、何を話したらいいのかが分からないだけ。


「あの、今日もお部屋に籠られるのですか?」

「うん。邪魔しないでね」

「まるで『鶴の恩返し』ですね」

「恩返ししなきゃならないのは、私じゃなくてあんただけどね」

「ははは。その通りですね」


 え。笑える?おっさんの笑いのツボって謎だな。


「何してるんですか?」

「株取引」

「トレーダーなんですね」

「まあね」


 私のおばあちゃんは、その年代にしては珍しい株の個人トレーダーだった。父方の祖母で、両親が離婚した、私が中1の夏から、おばあちゃんと住むことになった。


「親権は俺が勝ち取ったけど、子供の世話するとかは無理なんだ」


 そう言ったお父さんの頬を、おばあちゃんは力いっぱい引っ叩いた。


「このろくでなしのドラ息子が!二度と顔を見せるんじゃないよ!」


 それ以降、おばあちゃんの葬式まで、お父さんとは会わずに生きてきた。

 昨年、おばあちゃんが他界し、遺産相続の遺言を弁護士が読み上げる際のお父さんの顔が忘れられない。


「所有する家屋とその権利、つまりマンションはお孫さんである沙耶さんに、それ以外の金融資産は息子の清彦さんに相続させる」


 お父さんは声を出してガッツポーズをし、にやける顔を隠しもせずにその場を去った。

 私は、おばあちゃんに教わりながらトレードしていた株式のほぼ全部を売り払った。そうでもしないと相続税が払えなかった。


 当時、働いてたアニメ制作の会社は辞めざるを得なかった。おばあちゃんはタワマンのローンは残していなかったけど、維持費はそれなりにかかってくる。手取りが20万もいかない月給では生活が出来ないから、デイトレで日々の生活費を捻出していくしかなかった。


「……沙耶さん」

「あ、ごめ。聞いてなかった」

「いえ。いいんですけど」

「なに?」

「変な人がこっち見てますけど」


 ヒモオの目線を追って、その方向を見る。


 ゾゾゾゾ……!


 久しぶりのこの感じ。


「ヒモオ、その時が来たよ」

「なんですか?」

「170万円分、私のボディーガードしなさい」

「そういうことですね。分かりました」


 ヒモオは不器用極まりないけど、話の論点を見極める能力は長けているようだ。


 前を向いたまま、ひたすらに歩く。


 そろそろ来る……


「沙耶、俺のこと無視しないでくれよ」

「……」

「お願いだよ。もう、妻とは別れるから」

「……」


 キモイ、キモイ、キモイ、キモイ、キモイ。


「沙耶さんに近付かないでください」


 ヒモオが威風堂々と私の前に立ちはだかった。


「なんだよ貴様」


 その言葉遣いとは裏腹に、眼鏡を掛けた小男は引きつった顔をしていた。


「沙耶さんの……ヒモです……」

「馬鹿!」


 ジャンプしてヒモオの頭を叩いた。


「なにそれ。あんたホントの馬鹿なんだね!」

「沙耶さん、でも、他になんて……」

「うるさい!行くよ!」


 ヒモオの腕を引っ張って帰る。


「沙耶!」

「付いて来ないで!警察呼ぶよ!」


 いつもの決め台詞を吐いて、マンションに逃げ帰る。


「あの男、なんですか?」

「元カレ」

「元カレ?奥さんって……」

「うん。結婚してること知らなくてさ、まさかの不倫相手だった。引くよね」

「いえ。付き纏われてるんですか?」

「そんなとこ。この家も知ってるから、あいつ、たまに上がってくるんだ。ヒモオ、ちゃんと追っ払ってね」

「承知しました。それが、沙耶さんのご依頼って事でいいですか?」

「そ。170万円はあいつを追っ払ったらチャラにする」

「やば。前場が始まるから、悪いけど、後よろしく」


 私は部屋に籠った。






 11:30


「今日の調子はどうですか?」

「いい感じ」


 なんか良い匂いがしてるんですけど。


「はい。お昼ご飯です」


 みそ汁と白米が並んでいる。


「おお!食べられそうじゃん」

「はい。なんとか。ご飯は炊けたんですけど、おかずは難易度が高くて……お味噌汁は、失敗し辛い料理のようです」


 豆腐とワカメしか入ってなくて、たぶん、出汁が分からなかったんだろうな。味噌しか入って無さそうなあっさりとした味だった。


「キッチンの説明してなかったね。ここに調味料が揃ってて、みそ汁にはこの出汁パックを入れると良いよ」

「この袋ごと入れちゃっていいんですか?」

「うん。そのままでも、袋破って、中身だけ鍋に入れても大丈夫」

「勉強になります」


 ヒモオは世間知らずだけど、学ぶ意欲はあるみたいだ。


「トレードは何時までですか?」

「15時」

「では、それまでに洗濯と掃除を済ませます。午後は晩御飯の作り方を教えてください」

「オッケ。じゃ、よろしく」


 なんだろう。ヒモオはおばあちゃんと居る時みたいに安心する。






 私のデイトレのメインは比較的相場の動きが激しい前場だ。後場は今日のトレードの振り返りや反省、中長期で保有している株価のチェックをして回る。最近、うなぎ上りの金価格も目が離せない。


「ん?」


 保有している銘柄の一つが下がっていた。

 おばあちゃんが好んで買っていた商社株で、あまり詳しく調べずに持っていたけど……このチャートの形は嫌な予感……会社のホームページからIR情報を確認する。決算書、四半期見通し、市場予測など、どれも異常はなさそうだ。


 15時になったので、作業を切り上げることにした。

 ヒモオがいなければ、作業は夜中まで続けていたかもしれない。

 でも、料理を教える約束をしてしまったから、守らなくちゃね。




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