第2話 名乗らないならヒモオって呼ぶ
15時。
パソコンの電源を切って部屋を出る。
「なんか焦げ臭くない?」
窓際で体育座りをしているおっさんに声を掛ける。
「クビにしてください」
「はい?」
「僕はチャーハンすらまともに作れないダメな人間なんです。こんな無能、世の中の役に立ちません。どうか、ひと思いにクビに……」
「はあ?」
この役立たずはこうやって私をキレさせて逃げ出そうという魂胆なのか?
「お腹空いてるから出して」
「え、でも……」
「いいから。あんたが作ったチャーハン出して!」
匂いがヒドイ割りには、見た目はそれ程黒くない、摩訶不思議な焦げたチャーハンは……想像以上にマズかった。
「ご主人様にこんな粗末なものをお出しして申し訳ありません」
「その、ご主人様ってやめてよ。なんか私が奴隷でも買ったみたいじゃん」
「まあ、実際そんな感じですしねぇ」
ヘラヘラ笑ってるおっさん、頭悪そう。
「沙耶って言うの。沙耶さんって呼んで」
「沙耶様」
「沙耶さんでいい」
「沙耶さん……」
「おっさんは?名前、なんて言うの?」
「……」
「言いたくないならいいけど、勝手に呼び名付けちゃうよ」
「はい。良きに図らってください」
「じゃあ、ヒモみたいな男だから、ヒモオで」
「ヒモオ……ですか……」
「嫌だったら、名乗んなよ」
「いえ。ヒモオでお願いします」
変態だな。あんまりいじめると仕返ししてくっかもしれないからこれくらいにしておこう。
「ヒモオ、お昼は?」
「食べます」
「んなこと分かってるよ。これ食べたの?たかがチャーハンで、なんでこんななっちゃったの?」
「分かりません。お米がどんどん焦げ臭くなって、煙が出るので、お水を何度も足したんですが、すぐに蒸発して、また水を足して、お米が柔らかくなるのに2時間もかかってしまって、お昼休みに間に合わず、本当にすみませんでした。明日はもっと早くから仕込みを始めます」
キッチンを見回す。炊飯器を開けてみたら、保温していた残りご飯がカピカピになりかけている。
「これ使わなかったの?」
「あ、こんなところにお米が……はい。気が付きませんでした」
「じゃ、なに使ったの?」
「この袋に入っているお米です」
「生米からチャーハン作ったの?」
「はあ……」
どうりでね。ヒモオは一般常識が無いらしい。
「他に作れる料理はある?」
「いえ。今のところは。でも、動画を見れば何かしらできると思います」
「チャーハンも動画で覚えたの?」
「はい。前回は上手くいったんですけど、あの時使った、パックに入ったご飯が見当たらなくて、今日は失敗してしまいました。へへへ」
へへへじゃないんだけど。
「じゃ、ナポリタンスパゲッティの作り方を教えてあげる」
私も料理は得意じゃないけど、自分が食べたいものは作った方が簡単で安上がりだから、いくつかレシピを覚えた。ヒモオのチャーハンじゃお腹が満たされない。
「沙耶さんはなんでも出来るんですね」
「はあ?馬鹿にしてんの?」
「まさか、どうしてそうなるんですか」
ヒモオはでっかい体をぎゅっと丸めて包丁をまな板に押し付ける。
ピーマンがグワシッと音を立てて破壊され、中の種が飛び散った。
「少しさ角度を付けて切るんだよ」
やって見せる。スパっと半分になったピーマン。
「おお。沙耶さんは器用なんですね」
「普通だよ。ヒモオってば、これまでどうやって生きて来たの?」
「えっ、普通ですけど」
「ま、普通なんて人それぞれだもんね。聞いてもしょうがないか」
ヒモオには野菜のカットはレベルが高すぎたから、ソーセージを切ってもらってナポリタンスパゲッティを仕上げた。
「お、美味しいですね!沙耶さんの手作りは最高ですね」
「褒めたってまけないからね」
「はい?」
「170万円分の働きはしてもらうから」
「それは、もちろんです」
「じゃ、食べたら買い物付き合って。荷物持ちなら出来るでしょ?」
「はい!力仕事はお任せください!」
ヒモオとスーパーに食材を買いに出た。
けど……
「ヒモオさあ、寒くないの?」
2月の下旬。春めいた陽気で昼は暖かいこともあるけどさ、さすがに半袖短パンはないだろ。
「これしか持ってなくて。情けないんですが、ずっと同じのを着続けています」
「借金は生活費だったんでしょ?洋服買えばよかったんじゃん?」
「そうなんですけど。お腹を満たすことが最優先でしたので、衣食住の全てをケアできませんでした」
「ふうん」
ここは大型のショッピングセンターではないけど、食料品売り場の他にも百均だったり衣料用品店も入っている。
「付いて来て」
ヒモオを引き連れて男性物のスエットコーナーへ。
「え。悪いですよ。これ以上、お金を借りられません」
「これは返さなくていいよ。あんまりみっともない格好で私と一緒に歩いて欲しくないから、これはあんたの為じゃなくて、私の為」
「そうですか」
「ヒモオ、何センチ?」
「185くらいあります」
「無駄にでっかいね」
「たまに言われます」
おっさんに似合いそうな、グレーか紺で迷う。
「どっちがいい?」
「黒がいいです」
「うーん。ヒモオに黒は……」
「黒がいいです」
「はいはい」
サイズ確認のために一応試着させたら、思いの外、似合っていた。あれ?ヒモオ、意外と若い?
「あ、ありがとうございます。沙耶さん」
レジでヒモオが私にお礼を言ったのを店員に聞かれて変な顔で見られた。
「やめてよね。なんか悪いことしてる気分になってくる」
「まさか!沙耶さんは命の恩人なのに」
「大袈裟だな。馬鹿にしてんの?」
「してませんよ……」
ヒモオにカートを押させて、食材を放り込んでいく。今日はどんだけ買っても荷物持ちがいるから安心だ。お米も買っておこう。さっきヒモオが無駄遣いしちゃったしね。
「あの、沙耶さん」
「なあに?」
「料理に関してはこれから頑張って覚える所存ですが、こんなに様々な食材を扱えるようになるまでには随分と時間を頂戴しないと……」
「分かってるよ。ヒモオにコックの才能は求めてない」
「じゃあ、あの、僕に頼みたい事って何でしょうか」
「そのうち分かるから、待ってて」
「はい」
夜は鍋にして、ヒモオにはいろんな野菜を切る練習をさせた。
その間に洗濯機を回して、掃除機をかけて、風呂を沸かした。
明日からは、暇な時間にヒモオにやってもらおうっと。
こうして、今朝、170万円で拾ったおっさんとの生活が始まった。




