第17話 もう一度……
会場では投票を終えた人から順に席を立って、体を動かしている。
「ヒモオ……」
私も前の方にヒモオに会いに行った。久しぶりだ。2ヵ月以上経ってる。
「沙耶さん、この度は、本当にありがとうございます」
ヒモオが深々と頭を下げた。
「株主総会の知らせにこの提案を見つけて、沙耶さんだってすぐに分かりました。とても嬉しかったです」
「なんも。3月までに出来るだけ株買い集めようって頑張ったんだけど、そんなに買えなかったよ。過半数なんていきそうにないね。ダメモトでって思ってはいたけど、なんか真っ向から否定されるとちょっと悔しいね」
「実は僕も株を持っています。創業者一族で相続したものだけど、15%ほどあります」
「そうなんだ。私は5%あるかなってところだよ」
「そんなに……沙耶さん、ありがとうございます」
「私も沙耶さんと同じくらいよ」
麗子さんが会話に入ってきた。
「これで25%は確実ね。あとは会場でどれだけの人が心を動かされたか……見ものね」
麗子さんは圧倒的なダイナマイトボディーの持ち主で、胸の谷間から目が離せなくなった。なんだか良い匂いもするし、ヒモオとはもう結婚しちゃったのかな。
「沙耶さん?」
ヒモオに呼ばれてハッとする。いけないいけない、見過ぎてしまった。麗子さんと目が合ったらにっこりと微笑んでくれた。美人だし、お金持ってるし、オッパイでかいし、なにひとつ敵わないんだなぁ。
……しょんぼりしていたら、声をかけられた。
「もしかして、あなたは桜子さんのお孫さんかな?」
あ、さっき隣に座ってたおじいさん。
「そうです。宝来沙耶と言います」
「そうかそうか。桜子さん譲りの賢そうな目をしておられるの」
「ありがとうございます」
照れてたら、ヒモオと麗子さんが直立不動で固まっていた。どうしたの?
「君たちも元気そうで何よりだ」
「「はい」」
「せ、先生もお変わりないようで。きょ、今日はなぜ総会に?」
なんの先生なんだろうな。よっぽど怖いみたいだ。ヒモオってば声がひっくり返っちゃってるじゃん。ウケる。
「ほ、本当ですね。せせせ先生とお会いするとは思っておりませんでしたので、おどおど驚きましたわ」
麗子さんも言葉がスムーズに出てきてないけど……おもろ。
「いや。実は私は昔からここの珈琲が大好きでね。こちらの沙耶さんの祖母にあたる桜子さんに相談に乗ってもらって株を持っておるんじゃよ。優待券が楽しみでな」
「そうだったんですね!ここの優待券はコーヒー豆と交換できたり、カフェで使えたりするんですよね。私も大好きなんです」
おじいちゃんとハイタッチしたら、ヒモオが目玉が飛び出そうなくらい驚いてて、麗子さんは両手で口を塞いでた。
「沙耶さん、この方は……」
「それからコツコツ買い集めた甲斐があっての、今では5%も持っておるんじゃ。なかなかのものじゃろ?」
「おじいさん!すごい!すごい!さっきの私の提案賛成してくれませんか?」
「もちろんじゃよ。最近、珈琲が飲めなくて寂しい思いをしておったんじゃ。早く復活して欲しいのお?沙耶さん」
「うん!うん!本当そうだよね!」
壇上にかしこまった人たちが戻ってきて、司会の人が「開票結果が揃いました」と言うので、おじいちゃんとまた一番上の端っこの席に移動した。
今、知る限り、私の提案には30%が入っている。過半数まであと20%ちょっと……あと何人の株主がフェアトレードに賛同してくれるか……ハードル高いな……緊張する。
ホールが暗くなり照らし出されたスクリーンには……
議案1 決算報告『株主配当金』 可決
議案2 中長期経営計画『株主還元率を高める経営指針』 否決
議案3 取締役員及び監査役の選出 可決
議案4 株主提案『フェアトレードの復活』 可決
と映し出されていた。
「やった!」
小さな声で言って、おじいさんと手を握って喜び合った。暗くてヒモオは見えなかったけど、きっと喜んでるに違いない。
「おじいさん、この場合どうなるの?」
社長は続投だけど、社長が提案した中長期経営計画は否決され、フェアトレードが復活している。
「さあな。わしも分からんが、おそらく社長が考えを直すのがよろしいんじゃないかの」
「そだね」
おばあちゃんは『会社を変えようなんて時間の無駄』って言ってたけど、ある意味、そうかも知れないけど、私は好きな人の為に頑張ったことを無駄とは思ってない。会社は変わるんだ。株主は配当金だけをみているわけじゃなかった。勇気を出して正解だった。
会場が明るくなって、お開きとなり、ばらばらと人が出て行く。
私はおじいさんにさよならを言って、一目散に会場から離れた。
ヒモオと麗子さんが親し気に話すをの見られるほど、私は大人じゃない。
「だって超お似合いなんだもん」
不貞腐れながら歩く。
「慣れないもん履くんじゃなかった」
スーツの人もいたけど、普段着の人が多くてビックリ。パンプスなんて履いたことなかったから、靴ずれが出来ちゃったじゃん。
「痛ったぁ」
家までもうちょっとだから靴は手に持って、ストッキングで草の上を歩いた。
ふさふさとした芝生がくすぐったい。
「……やさん」
呼ばれた気がして振り返ったら、ヒモオが走ってきた。
「なんで来んの?」
せっかく忘れようと思ってるのに、なんかムカついた。
「なんでって……お話がしたくて……嫌ですか?」
「うーん。ちょっと」
「えっ?僕と話すの嫌なんですか?」
「まあね」
露骨に傷ついた顔をしたヒモオに、ちょっとスカッとしてしまった。
「ちょっとだけならいいよ。なあに?」
「あの、お金貸してもらえませんか?」
「はあ?」
また借金作ったの?馬鹿じゃないの?
「生憎、今は手持ちがありませんので、お貸しできません」
「そう言わず。なんでもしますから」
「もう。今度はいくら貸して欲しいの?」
「えっと。そう簡単には返せないほど……そうだな。1億とか」
「は?あるわけないじゃん」
なに考えてんの?頭おかしいんじゃないの?
「ですよね……でもじゃあ、どうしたらまた沙耶さんのヒモになれますか?」
「はー?」
「僕、なんでもしますから、また沙耶さんのとこでお世話になったら駄目でしょうか」
「麗子さんは?」
「麗子?」
「結婚してないの?」
「しませんよ。断わりました。と言うか、断わられました」
「ウソ」
「噓じゃないです。沙耶さんがいかに素敵な人か教えてあげてたら、急に怒りだして『もう虎太郎なんて嫌い』って、いつの間にか嫌われてましたよ。ははは」
「笑えない」
「そうですか?」
麗子さんが気の毒になってくる。……いや……ってか……待てよ、もしかして私にチャンスが到来してる?これって、これって、またヒモオに全ツッパしていいってこと……なの……かな……
「ヒモオ、私と一緒に居たいの?」
「はい」
「お金貸さなくても?」
「はい」
「ひとつだけ条件がある」
「なんでしょう」
「絶対いなくならないで」
「約束します」
「もうさよならはしないよ」
「僕だってしたくありません」
「体べたべた触っていい?」
「僕も触り返していいですか?」
ヒモオの胸に飛び込んだ。タイトスカートが邪魔で足が開けない。しがみ付きたいのに、まとわり付きたいのに……ひゃっ。
ふわっと体が浮いて、お姫様抱っこってやつだ。嬉しくなってヒモオの首に抱き付く。目の前にある美味しそうな首筋に食らい付いてちゅうちゅう吸う。
「沙耶さん、家まで待ってもらえますか?」
「無理かも。今すぐ襲いたい!」




