第15話 思うようにはいかない
「言っとくけど、邪魔したら殺すから」
「分かってるよ。大人しくしてるって」
アイツをリビングに置いて、デイトレを始める。
余計な事は考えない。広尾フロンティアの株価は確認しない。とりあえず、デイトレで稼げるだけ稼がなくちゃ。
ボラの高い株をピックアップして、売りから入った。今日の相場は熱いな。クリックを秒で繰り返して、売ったり買ったりして利鞘を稼いでいく。今日は上手く波に乗れてる。おばあちゃんはデイトレはしない人だったから、これはここ数ヵ月で私が身に着けたスキルだ。結構向いてると思う。
前場が終わり、ポートフォリオを確認する。
午前中に利益確定したお金で広尾フロンティアの株を買った。
間違いなく今年度の3月末決算はボロボロだろう。6月に行われる株主総会に株主提案権を使って言いたいことがある。だから、それまでに出来るだけ多くの広尾フロンティアの株が欲しい。
「沙耶、もう昼休みだろ?」
もう……邪魔しないでって言ってあったのに。部屋から出ると、良い匂いが漂っていた。
「昼飯は食べるんだろ?」
「まあね」
卵で綺麗に包まれているオムライスとコーンスープが出ていた。
「これくらいやってもいいだろ?」
「ありがとう」
ヒモオが居なくなったら、次の紐が居着いてしまった。
いかんいかん。
アイツの偽善にほだされて、危うく良い奴だと思ってしまうところだった。感情に流されてはいけない。後場に向き合いながら、私が広尾フロンティアの株を集めることもまた、感情に流されているのでは……という思いが頭をもたげる。
「おばあちゃん……」
でも私の師匠でもあるおばあちゃんは、感情で株を買うことがあった。
『良い会社を見極めて株を買うのよ。儲けているから良いという理由は成り立つけど、その裏を読み解きなさい。どうしてその会社が儲けているのかを考えるのよ』
デイトレにはこの考え方は要らない。むしろ邪魔になる。デイトレは『いち早く儲けたい者』たちの合戦なのだから。買いたい、売りたいの裏には儲けたいしかない。
広尾フロンティアの株で儲けられるとは考えていない。
ただ、ヒモオが一生懸命守ろうとしている理念が好きだから、共感して応援したいって思ったから……おばあちゃんのような大株主にはなれなくても、私なりに精一杯貢献してみせるんだ。
後場も順調に利確が出来て、また少し広尾フロンティアの株を買い増した。
「沙耶、買い物に行くか?」
「うん」
この男は、前に勤めていた会社の上司。アニメの制作会社で、私は作画のアシスタントとして働いていた。この人、工藤さんは作画監督としてチームをまとめていた。
毎日、昼も夜も分からなくなるほどオフィスに籠って働いていた私たちに、工藤さんは差し入れや優しい言葉をかけて回ってくれていた。ある日、体調を崩した私を送り届けてくれたことをきっかけに仲良くなった。
「見かけによらず、しっかりしてるよなあ、沙耶ちゃんは」
「どんな風に見えてるんですか?私って」
「頼りないって言うか、この子ちゃんと食べてんのかなって心配になるって言うか」
「ちゃんと食べてますし、工藤さんが言うほど子どもじゃありませんよ」
「じゃあ、証明してごらんよ」
……あの時の、工藤さんの甘い声。
馬鹿だった。世間知らずの子どもだった。
過去を悔やんでも仕方がないのは分かってる。
だけど、こうして今また馬鹿を繰り返している私は、本当の馬鹿だ。
ヒモオに男を家に入れるのは危険だと、あんなに説教されたばかりなのに。
「沙耶?」
こんな人のどこがいいって思ったんだっけ?
思い出せないまま、一緒に買い物を済ませ、料理をし、食事を終えた。ヒモオといる時みたいなわくわくは無いけど、誰かと一緒にいるってだけで安心というか、幸せのようなものを感じる。
「沙耶、今夜はいい?」
「やだ」
工藤さんには別の部屋で寝てもらっている。
「どうした?」
「別に」
一緒にいるのは構わないけど、触られるのは嫌悪感を感じる。
「なに拗ねてるの?」
「そんなんじゃない。おやすみ」
ベッドに横たわって、ヒモオの感触を思い出す。むちむちの温かい湯たんぽみたいな……ガチャ……突然、ドアが開いて、跳ね起きた。
「勝手に入ってこないでよ!」
枕を投げつける。
「まあまあ」
「やだ!こっち来ないで!」
大きな声で叫ぶ。
「なんだよ、そんな騒ぐなって」
伸びてきた工藤さんの手を咄嗟にかわして、廊下に逃げる。リビングに行っても逃げ場はないか……仕方がないからドアから外に出た。
「寒い格好で出てきちゃったよ」
ずびっと鼻を啜りながら、いつもの散歩道を歩く。
「終わったな」
頼れる親戚も友達もいないんだった。私の人間関係、壊滅的だもんな。警察でも行くか。家出少女の保護……工藤さんが引き取りに来るのだろうか。いっその事、記憶喪失のふりでもしたら、しばらく置いてくれたりしないかな……あ、でも明日のデイトレ……
「沙耶さん……?」
その声!
振り返ったらヒモオがいた。
声が出ない。涙が出る。
「どうしたんですか?そんな格好で、こんな時間に一人で出歩いたら危険だって……沙耶さん?大丈夫ですか?」
ヒモオがコートを広げて、お腹に包み込んでくれた。
きっと私の前世はあんこで、ヒモオはおもちだったに違いない。
「……助けて」
「もちろんです」
おっきくてふっくらとしたヒモオの体。大好き。なかなか泣き止めなくて、ヒモオのセーターを濡らしてる間、ぎゅっとしたままゆっくり背中を摩ってくれた。
「少しは落ち着きましたか?」
「うん。ごめん」
「こんなところで何してたんですか?」
「出てきた……アイツを家に入れちゃって……」
「は?!」
「ヒモオの言いたいこと分かってる。自分でも馬鹿だって思う。でも、どうしても寂しくって、負けちゃった」
「ほんと、おバカさんだ、沙耶さんは」
そう言ってヒモオは私にコートを譲ってくれた。
「いいよ。ヒモオが風邪引いちゃうでしょ」
「鍛えてるので、大丈夫です」
腕をぐってやって、力こぶポーズを見せてくれた。ヒモオすごい……かっこいい……
「さあ。行きましょう」
「うん」
それからヒモオが工藤さんを追い払うまではあっという間だった。
工藤さんはずっと私の名前を呼び続けていたけど、その度にヒモオも私の名前を呼んで、私が間違った判断をしないように意識を連れ戻してくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ヒモオがコートを着て、行ってしまう。
「あ、待って」
充電満タンのスマホを返す。
「あ、そうだ。僕、これを返してもらおうと思って来たんでした」
「そうだったんだ」
私に会いたくて来たわけじゃないよね。
分かってるくせに期待しちゃって、こんなんで私やってけるのかな。
「沙耶さん」
「ん?」
「もうこんな危険なことしちゃだめですよ」
「……」
だったらヒモオが守ってよ。私一人じゃ自信ないから、一緒に居てよ。
「それでは。僕はこれで」
行かないでよ。なんでもするから。ヒモオがいないと私、駄目になっちゃうよ。
「ヒモオ……」
絞りだした声は、たぶんちょっと震えてた。
「がんばって……ね……」
「はい!沙耶さんも」




