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AI作家  作者: 社畜太郎
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第三話

「う、うぅ……」


鵜飼は、本を閉じた。


「……ええ話やないか」


誰に言うでもなく、呟く。


正直に言えば、悔しかった。


自分が十年間、出版社で働いてきて。


数え切れないほどの企画書を見てきて。


それでも、この作品には敵わないと思った。


『可愛すぎるの、何が悪い?』


物語自体は、決して珍しくない。


夢を追う少女。


挫折。


成長。


そして成功。


いわゆる王道だ。


だが、王道には王道になるだけの理由がある。


主人公、柏木那奈子。


彼女は、最初から特別な存在ではなかった。


容姿が飛び抜けているわけでもない。


歌が圧倒的に上手いわけでもない。


それでも、笑顔や仕草、相手を思いやる気持ちで、少しずつ周囲を惹きつけていく。


しかし。


その努力は、周囲から「媚びている」と言われた。


「あざとい」


「ぶりっこ」


そんな言葉で傷つけられ、いじめを受ける。


それでも彼女は諦めなかった。


ようやく前を向いた矢先。


今度は病気が発覚する。


さらに追い打ちをかけるように、自分の出生の秘密まで明らかになる。


父親だと思っていた人物は、本当の父親ではなかった。


母親の過去。


裏切り。


孤独。


普通なら、そこで夢を諦める。


でも那奈子は違った。


ネット配信を始め、自分の力でアイドルを目指した。


傷ついても。


何度倒れても。


周りに支えられながら。


自分の「かわいい」を信じ続けた。


「……」


鵜飼は天井を見る。


「いや、これは……」


思わず笑った。


「強いわ」


悔しい。


でも認めざるを得ない。


ただ。


だからこそ。


違和感も大きかった。


「……でもな」


鵜飼はもう一度、本を開く。


女子同士の距離感。


何気ない言葉の刺し方。


仲良しグループの中で生まれる空気。


服装。


メイク。


流行りの言葉。


細かすぎる。


リアルすぎる。


「これ、本当に六十代のおっさんが書いたのか?」


調べた。


日向海。


本名、山田健次郎。


六十代。


元地方公務員。


離婚歴あり。


現在は一人暮らし。


兄弟にも女性はいない。


アイドル関係の仕事経験もない。


当然、若い女性の知人がいるという話もない。


「……」


鵜飼は画面を見る。


「モデルでもいるのか?」


普通ならそう考える。


実在の誰か。


娘。


親戚。


友人。


しかし、周囲に聞いた限りでは。


山田健次郎という男に、そういった話はなかった。


むしろ。


昔から芸能や流行には興味が薄かったらしい。


「謎が謎を呼ぶ、か」


鵜飼が呟いた時だった。


テレビから、ある声が流れた。


『速報です。本日、話題の覆面作家・日向海先生が、初めて公の場に姿を見せました』


「……」


鵜飼は顔を上げた。


画面には、大勢の記者。


そして。


中央には、透明な仕切りに囲まれた人物。


姿は見えない。


輪郭すら、はっきりしない。


声だけが響く。


どうやらボイスチェンジャーまで使っているらしい。


『先生、年齢を教えていただけますか?』


記者の質問。


少し間。


『秘密です』


会場から笑いが起きる。


その声は若い。


いや。


加工されているから分からない。


その後、最前列。読者代表席に座る、一人の女子高校生が手を挙げた。


「先生、質問いいですか?」


『どうぞ』


「私、昔は自分のことがあまり好きじゃなかったんです」


少し震えた声。


「でも、先生の作品を読んで、かわいいって誰かに決めてもらうものじゃないんだって思えました」


会場が静かになる。


「先生の作品に出会えて、本当によかったです」


日向海は少し黙った。


『……本当ですか?』


声がわずかに揺れる。


『それは……作者として、一番嬉しい言葉です』


その瞬間。


鵜飼は思わず笑った。


「中身、おっさんなんだよな……」


そう呟いた。


しかし。


次の質問で、空気は変わった。


『先生、主人公についてお聞きします』


別の記者が手を挙げた。


『主人公のキャラクターは、先生にとってどのような存在ですか?』


日向海は答える。


『奈々未は――』


一瞬。


会場の空気が止まった。


『……若いながらも、若いからこそ自分の信念を持っている。その部分を表現したかった』


鵜飼の眉が動く。


「……奈々未?」


違う。


主人公の名前は。


柏木那奈子。


画面の向こうでも、小さなどよめきが起きた。


「あれ?」


何人かの記者が顔を見合わせる。


もちろん。


単なる言い間違いかもしれない。


しかし。


この作品の作者は。


何百ページにもわたって、その少女を描いた本人だ。


一人の記者が手を挙げた。


「あの、先生」


先ほどとは違う声。


少し慎重な口調だった。


「今、主人公のお名前を『奈々未』とおっしゃいましたが……」


間を置く。


「作品内では『那奈子』だったと思います。これは言い間違いでしょうか?」


沈黙。


日向海は答えなかった。


数秒後。


『……失礼しました』


加工された声が返る。


『少し、記憶が混ざってしまいました』


会場には、微妙な空気が残った。


そして。


別の記者が続ける。歯切れのよい、某新聞社の有名な名物記者であった。


「もう一点よろしいでしょうか」


『はい』


「以前、主人公にはモデルがいるとお答えになりましたが」


空気が変わった。


鵜飼は画面を見つめる。


「……いる」


日向海が答えた。


一瞬。


会場がざわつく。


「実在する方ですか?」


「どのような関係の方でしょうか?」


質問が重なる。


しかし。


日向海は沈黙した。


その沈黙を。


記者たちは見逃さなかった。


そして。


後方にいた記者が声を上げる。


「先生」


会場が静まり返る。


先ほどまでの柔らかな空気は、もう残っていなかった。


「これまで先生は、年齢や素性を一切明かされていません」


記者は手元の資料を見る。


「しかし、ここ最近、出版関係者の間ではある情報が広がっています」


少し間。


「日向海先生は、六十代の男性ではないか、と」


会場がざわめいた。


ファン席からも、小さな声が漏れる。


「え……?」


「男の人なの……?」


記者は続ける。


「先生」


「もしその情報が事実だとすれば、ひとつ疑問があります」


「なぜ、地方公務員として長年働いていた男性が、女子高校生の心情や、現代の若者文化をここまで正確に描けるのでしょうか」


一瞬、沈黙。


「もちろん、年齢や性別だけで作家の才能を判断するべきではありません」


記者はそう前置きした。


しかし。


「ですが、本作は先生のデビュー作です」


「これまで小説を書いてきた実績も、若者文化に関わった経歴も確認されていません」


「それでも、なぜここまで完成度の高い作品を生み出せたのでしょうか」


質問が続く。


「主人公、柏木那奈子にはモデルがいると先ほどお答えになりました」


「その人物は実在するのですか?」


「なぜ、その存在について今まで明かされなかったのでしょうか」


日向海は答えない。


透明な壁の向こう。


その姿は見えない。


ただ、沈黙だけが続く。


そして。


別の記者が手を挙げた。


「先生」


今度の声はさらに鋭かった。


「作品内の描写についても疑問の声があります」


「女子高校生同士の関係性」


「流行語」


「メイクやファッションの描写」


「どれも、実際にその年代を経験した人間が書いたようなリアリティがあります」


記者は続けた。


「先生ご自身が経験されていないことを、どのように描いたのでしょうか」


会場の空気が重くなる。


そして。


「一部では」


記者が言った。


「この作品は、AIを利用して制作されたのではないかという指摘も出ています」


その瞬間。


会場が凍った。


「先生」


「その疑惑について、明確に否定されますか?」


「それとも、一部の制作過程でAIを使用されたのでしょうか?」


質問が一気に飛ぶ。


「先生!」


「回答をお願いします!」


「読者に説明する必要があるのではありませんか!」


ファン席から声が上がった。


「……嘘」


一人の女子高校生が呟いた。


「そんなわけないよね……?」


隣の友人も答えられない。


「だって……」


震える声。


「那奈子ちゃん、あんなに頑張ってたのに……」


その言葉に、周囲のファンが黙り込む。


作品に救われた。


自分を好きになるきっかけをもらった。


そう信じていた。


だからこそ。


もし。


もし本当に。


その裏側に別の存在がいたなら。


日向海は黙っていた。


透明な壁の向こうで。


姿の見えない作家は。


ただ沈黙していた。


その沈黙が。


何よりも不自然だった。


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