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第9話:2年後の底辺

札幌の風は、2年前よりも遥かに冷たく、そして残酷に俺の体を切り裂いていた。

「……クソッ、寒い……腹減った……」

悪臭を放つ薄汚れたベンチの上で、俺は体を丸めてガタガタと震えていた。

着ている服は、いつから洗っていないか分からないほど黒ずみ、所々が破れている。靴の底はすり減り、足の指先からは感覚が消え失せていた。

あのNPO法人『レッツ』のタコ部屋から見事に脱出し、完全な自由を勝ち取ってから、ちょうど2年が経っていた。

なぜ、選ばれた人間であるはずの俺が、再びこの公園で野宿をしているのか。

答えは簡単だ。この腐りきった社会のシステム全体が、俺という規格外の才能を恐れ、結託して俺を潰しにかかったからだ。

あの日、東田から通帳を取り返した俺は、手にした11万円の生活保護費を全額握りしめ、意気揚々とスロット店へ向かった。

俺の完璧な確率論と波を読む力があれば、11万を100万に増やすことなど造作もないはずだった。

だが、店側は俺の才能を危険視していたに違いない。

顔認証システムか何かで俺をマークし、俺が座った台だけをピンポイントで遠隔操作しやがったのだ。どんなに完璧な立ち回りをしても、あり得ない確率でハマりが連続し、俺の正当な投資資金はわずか数日で電子の海へと飲み込まれていった。

「……汚い手口を使いやがって。だが、俺はまだ負けてない」

俺は新たなアパートを借りるための資金も、当面の食費も失ったが、決して自分の非は認めなかった。悪いのは不正を働く店側だ。

だが、事態はさらに悪化した。新しい住所を持たない俺の元に、役所から「居住実態がない」として生活保護の打ち切り通知が届いたのだ。

「ふざけるな! 俺の正当な権利をなんだと思ってる!」

役所の窓口で怒鳴り散らしてやったが、血の通っていないロボットのような公務員どもは、規則だのなんだのと念仏のように繰り返すだけで、俺の口座を完全に凍結しやがった。

(……あの時、気づくべきだったんだ)

今なら分かる。あれは全て、東田の仕組んだ罠だったのだ。

俺がネットで奴らの悪事(貧困ビジネス)を暴いたから、奴らは役所と裏で手を組み、俺の生活保護を意図的に打ち切らせたのだ。

「うちの施設を出るなら、役所に居住地の変更手続きをしないと保護費の支給が止まるぞ」

あの日、東田が最後に言ったあの言葉。あれは忠告などではない。俺を確実な死へと追いやるための、悪魔の「死刑宣告」だったのだ。

資金源を絶たれた俺は、一時的な措置として「ソフト闇金」と呼ばれる金融業者に手を出した。

Twitter(現X)で見つけた個人融資の連中だ。「ブラックでも即日融資」という言葉の裏にある違法性を俺の知性が気づかないはずはなかったが、俺にはスロットで負けた分を取り返すための「投資のタネ銭」がどうしても必要だった。

俺は自分の優れた事業計画(スロットの必勝法)を説明し、彼らから金を借りた。

だが、奴らもまた俺を騙した。10日ごとに法外な利息を要求し、俺が少しでも返済を待ってくれと論理的に交渉しても、聞く耳を持たずに脅迫的な取り立てを行ってきたのだ。

毎日のように鳴り響く着信。どこから調べたのか、俺の立ち寄る漫画喫茶にまで取り立てのヤクザ者が現れるようになった。

俺は命の危険を感じ、スマートフォンを川に投げ捨てて逃亡するしかなかった。

スマホを失ったことで、俺はネットの「信者」たちとの繋がりすらも絶たれてしまった。

俺の告発を称賛し、俺をヒーローとして崇めていたあの声援は、今やどこにもない。俺の真実は、闇金の取り立てという物理的な暴力によって、完全に社会の闇へと葬り去られてしまったのだ。

そして今、俺は再びこの公園に流れ着いている。

2年前と同じように、ブルーシートの連中が遠くで身を寄せ合っているのが見える。

「……一緒にすんなよ。俺はあいつらとは違う」

ひび割れた唇から、掠れた声が漏れた。

そうだ、俺はあんな底辺のゴミ屑とは違う。俺は中流階級で育った、選ばれた人間だ。今はたまたま、NPOの陰謀と、不正なパチンコ店と、違法な闇金業者のトリプルパンチを受けて、一時的に身を隠しているだけだ。

だが、現実は容赦なく俺の肉体を削り取っていく。

何日もまともな飯を食っていない。腹の虫はとうの昔に鳴き止み、今はただ、胃袋が雑巾のように捻り潰されるような鈍い痛みが続いているだけだ。

ふと、公園のゴミ箱の横に、誰かが飲み残したスポーツドリンクのペットボトルが捨てられているのが見えた。

俺はふらつく足で立ち上がり、それに這い寄った。泥まみれの手でボトルを掴み、残っていた数ミリの液体を喉に流し込む。

甘ったるい味が、乾ききった細胞に染み渡る。

「……ちくしょう。なんで俺が、こんな惨めな思いを……」

涙がボロボロとこぼれ落ちた。

俺は何も悪くないのに。俺はただ、自分の意志を貫き、俺の才能に見合った人生を送ろうとしただけなのに。

親も、世間も、そして東田も。誰も俺の本当の価値を理解しようとせず、俺から全てを搾取し、こんなゴミ溜めへと突き落とした。

特に東田だ。あいつだけは絶対に許せない。

俺に「自立」などという甘い言葉を囁き、あのウォシュレットもない豚小屋に閉じ込め、最後は役所と結託して俺を社会から完全に抹殺した。

あれが貧困ビジネスの真の恐ろしさだったのだ。逆らう者は、こうして野垂れ死ぬように仕向ける。まさに悪魔の所業だ。

「……殺してやる」

俺の口から、どす黒い呪詛が漏れた。

足元に、不法投棄された粗大ゴミの山があった。

俺はその中から、錆びついた鉄の『金属パイプ』を拾い上げた。長さは1メートルほど。手に持つと、ズシリとした冷たい重みが伝わってきた。

これだ。これこそが、俺に与えられた「正義の剣」だ。

俺の人生を狂わせた元凶。俺から全てを奪い取った張本人。

あの薄汚い偽善者の顔を思い浮かべるだけで、飢えと寒さで麻痺していたはずの体に、ドクドクと怒りのマグマが沸き上がってくる。

待っていろ、東田。

お前が俺を社会から見捨てたように、俺もお前をこの世から見捨ててやる。

俺は被害者だ。お前のような悪人を排除することは、俺自身の尊厳を取り戻すための、そしてこの腐った社会を浄化するための、崇高な義務なのだ。

俺は金属パイプを強く握りしめ、ギラギラと血走った目で、誰もいない深夜の公園を睨みつけた。

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