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第6話:発見された「真実」

東田の奴を部屋から追い出した後も、俺の怒りは一向に収まらなかった。

「……底辺だと? ふざけるな。俺を底辺に引きずり込んでいるのはお前らだろうが」

薄っぺらい万年床に仰向けに寝転がりながら、俺はギリギリと歯ぎしりをした。

窓に無理やり取り付けられたポンコツのエアコンが、今日も『ガコンッ! ブォォォ』と耳障りな騒音を立てている。冷風はカビ臭く、俺のデリケートな気管支を確実に蝕んでいた。

時計を見ると、時刻は深夜の2時を回っていた。

本来なら、明日のスロットに向けて体力を回復させるために良質な睡眠を取らなければならない時間だ。だが、東田の吐いた「お前は今、社会の底辺にいるんだぞ」という暴言が脳内で何度もリフレインし、俺の神経を逆撫でし続けている。

許せない。俺のような選ばれた才能を持つ人間が、なぜこんな屈辱を味わわなければならないのか。

俺はポケットからスマートフォンを取り出した。

画面には、ひび割れた保護フィルムが貼られている。これも、金がないせいで買い替えられないからだ。すべては、俺から正当な資金を奪い取っているあのNPO法人のせいである。

俺はブラウザを開き、とある巨大な匿名掲示板にアクセスした。

普段は底辺の連中が書き込む便所の落書きだと見下しているが、今の俺には、この理不尽な現状を世間に「告発」する拡声器が必要だった。俺の悲惨な状況を客観的に論理立てて説明すれば、必ず誰かが俺の正当性を理解し、東田たちがいかに異常であるかを証明してくれるはずだ。

俺は『生活・人生相談』の板にスレッドを立て、フリック入力で文章を打ち込み始めた。

『【悲報】NPOに保護された俺(22・大卒並みの頭脳)、タコ部屋で飼い殺される』

スレッドのタイトルは、キャッチーでなければならない。俺の文才が遺憾なく発揮された完璧なタイトルだ。本文には、俺がいかに不当な扱いを受けているかを詳細に書き連ねてやった。

家賃と光熱費のぼったくり: 築30年以上のボロアパート。窓用エアコンの騒音。ウォシュレットすらない人権無視のトイレ。これで5万円以上も天引きされている。

残飯のような食事: 一食400円も取っておきながら、出てくるのはサバの塩焼きや業務用のポテトサラダ。肉は一切出ない。食事を作るババアは刑務官のように偉そうで、残すとヒステリックに怒鳴り散らす。

小遣いの制限: 国から支給される11万円のうち、俺の手元に残るのはたったの3万円。これでは俺の才能を活かした「投資スロット」の軍資金としても少なすぎる。

不当な束縛: 月に一度、代表の男が部屋に押し入り、俺の投資活動を「ギャンブル依存症」と決めつけて就職を強要してくる。

「……よし。完璧だ」

事実をありのままに、いや、俺の怒りと絶望が伝わるように少しだけドラマチックに装飾して書き込んだ。送信ボタンを押すと、俺の書き込みが電子の海へと放たれた。

あとは待つだけだ。

俺は画面をリロードしながら、ベッドの上で寝返りを打った。

数分後、最初のリプライがついた。

『ただのナマポの甘えじゃん。文句あるなら働けよ』

『スロットやってる時点でクズ確定で草』

俺は鼻で笑った。

これだから底辺のネット民は駄目なのだ。物事の本質を全く見抜けていない。俺が働かないのは「俺に見合う仕事がないから」であり、スロットは「高度な確率論に基づいた投資」だ。それを理解できない愚民どもの嫉妬など、痛くも痒くもない。

無視して画面をリロードし続けると、ポツポツと書き込みが増え始めた。

『メシがサバとポテサラって普通に美味そうなんだが……』

『ウォシュレットないアパートなんか普通にあるだろ』

違う。そうじゃない。

俺は「普通」の人間ではないのだ。中流階級で育った俺にとって、この環境は拷問に等しいということを、なぜこいつらは理解できないのか。

苛立ちが募り、スマホを壁に投げつけようかと思ったその時。

一つのレスが、俺の目に飛び込んできた。

『>>1

それ、典型的な「貧困ビジネス」じゃん。

お前、完全にそのNPOに搾取されてるぞ。』

「……貧困ビジネス?」

俺は思わずその単語を声に出して呟いた。

聞いたことはあるが、具体的な内容はよく知らない言葉だった。俺はすぐさまブラウザの別タブを開き、『貧困ビジネス』というキーワードで検索をかけた。

検索結果には、数々のニュース記事や解説サイトがズラリと並んだ。

俺は一番上にあるサイトをタップし、その内容を貪るように読み進めた。

『貧困ビジネスとは、生活困窮者をターゲットにし、生活保護を受給させた上で、劣悪な住環境や食事を提供し、保護費の大半をピンハネして利益を得る悪質なビジネスモデルのことである』

「……!」

俺の全身に、雷に打たれたような衝撃が走った。

サイトに書かれている手口の例を読んでいく。

劣悪な住環境の提供: 相場より高い家賃を設定し、狭く古い部屋に押し込む。

食費の過剰徴収: 原価の安い粗末な食事を提供し、高額な食費を天引きする。

徹底した管理と支配: 手元に残る現金を極端に少なくし、施設から逃げ出せないようにする。自立を阻み、生活保護費を半永久的に搾取し続ける。

「これだ……!」

俺はベッドから跳ね起きた。

符合する。見事に、俺の現在の状況と完全に一致しているではないか!

ボロアパート、窓用エアコン、ウォシュレットなし。原価100円もしない残飯のようなサバ定食。そして、俺の手元に「たった3万円」しか残さないという悪辣なシステム。

東田が「就職しろ」とうるさく言ってきたのも、あれは単なるポーズだったのだ。本当は俺に自立されては困るから、あえて俺のプライドを傷つけるような説教をして、俺の精神を削り、無気力にさせようとしていたに違いない。

「そうか……そういうことだったのか!」

心の中に立ち込めていたモヤモヤとした霧が、一瞬にして晴れていくのを感じた。

俺は怠け者でもなければ、運に見放された負け犬でもなかった。

俺が今、こんなボロアパートで苦しい生活を強いられ、スロットの軍資金さえまともに用意できないのは、俺のせいではなかったのだ。

すべては、東田という悪魔が運営する『貧困ビジネス』のせいだったのだ!

俺は善良で、純粋で、類まれなる才能を持った若者だ。

そんな俺の無知と弱みにつけ込み、巧みな言葉で誘惑し、国から支給される正当な権利(生活保護費)を吸い上げる巨大な悪。それがNPO法人レッツの正体だ。

俺は完全な『被害者』だったのだ。

「あっはは……! なんだ、俺は悪くなかったんだ!」

深夜の部屋に、俺の歓喜の笑い声が響いた。

重い十字架から解放されたような気分だった。大学受験の失敗も、スロットでの借金も、親からの勘当も、すべては俺の運命を狂わせるための「社会のバグ」に過ぎなかった。そして今、俺はそのバグを利用した極悪非道な犯罪組織の餌食になっている悲劇の主人公なのだ。

俺は再び匿名掲示板に戻り、震える指で画面をタップした。

『お前らの言う通りだ! 俺は貧困ビジネスの被害者だ!

あいつら、俺の金を毎月8万円も騙し取って、俺を奴隷みたいに扱ってるんだ! これは立派な犯罪だろ!』

真実を知った俺の言葉には、圧倒的な熱量があった。

スレッドの住人たちも、俺の悲痛な叫びに呼応するように、次々と同情や義憤の声を上げ始めた。

『マジかよ、そのNPO最悪だな』

『完全に搾取じゃん。早く逃げた方がいいぞ』

『役所に通報しろよ。これは事件だろ』

ほら見ろ。

誰もが俺に同情し、俺の味方になってくれている。俺は一人じゃない。このインターネットという広大な世界には、俺の価値を理解し、俺の正当性を認めてくれる人間がこんなにもたくさんいるのだ。

俺の胸の中に、これまでにないほどの熱い感情が湧き上がってきた。

それは、巨大な悪に立ち向かうヒーローとしての「使命感」だった。

東田。あの小汚い偽善者め。

俺をただの世間知らずの若者だと思って、舐め腐りやがって。

俺は必ず、お前らの悪事を白日の下に晒してやる。

俺のような優秀な人間から搾取しようとしたことを、血の涙を流して後悔させてやる。

これは、俺の尊厳を取り戻すための「正義の戦い」なのだ。

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