第5話:刑務所の飯と説教
指定された18時ちょうど。俺は不承不承、一階の食堂と呼ばれるスペースに足を踏み入れた。
食堂といっても、パイプ椅子と長机がいくつか無造作に並べられているだけの殺風景な空間だ。壁には『食事は残さず食べましょう』『食べ終わった食器は自分で下げること』といった、小学生に向けたような注意書きがデカデカと貼られている。俺を小馬鹿にするのも大概にしろと言いたくなる。
厨房のカウンター越しに、割烹着を着たシワだらけの婆さんが立っていた。
「はい、新入りの子だね。そこにトレイがあるから持っておいで」
馴れ馴れしい口調にイラッとしたが、空腹には勝てない。俺は無言でトレイを取り、カウンターの前に立った。婆さんは俺のトレイに、ご飯が盛られた茶碗、味噌汁、そしてメインのおかずが乗った皿をドンッと置いた。
俺は自分の目を疑った。
「……おい。なんだよ、これ」
「なんだって、サバの塩焼きと、ほうれん草のお浸し、あとはポテトサラダだよ。ご飯はおかわり自由だから、たくさんお食べ」
婆さんは得意げに言ったが、俺の怒りは頂点に達しようとしていた。
薄っぺらいサバの切り身。申し訳程度に添えられた大根おろし。どう見ても業務用のパックから出しただけのポテトサラダ。
これが、俺の素晴らしい頭脳と肉体を維持するための食事だと? 冗談ではない。
「一食400円って聞いてたんだが? 400円もあれば、牛丼チェーンで特盛が食える金額だぞ。なぜステーキが出ない? なぜ寿司が出ないんだ!」
「はあ? 400円でステーキなんか出せるわけないだろう。材料費高騰してるんだから。文句言わずに温かいうちに食べな」
「うるさい! 俺は中流階級の人間なんだぞ。実家じゃこんな貧乏臭い魚なんか出たことない。肉だ、肉を出せ!」
俺の正当な要求に対し、婆さんは呆れたようにため息をつき、「嫌なら食べなくていいよ」とそっぽを向いてしまった。
信じられない。これが支援を謳うNPO法人の実態か。
一食400円分を天引きしておきながら、実際に出てくるのは原価100円にも満たないような残飯だ。残りの300円は、確実にあの東田の懐に入っているに違いない。完全な詐欺、いや、搾取だ。
俺は怒りに震えながらも、パイプ椅子に座ってサバを口に運んだ。パサパサして旨味の欠片もない。だが、背に腹は代えられない。俺はご飯だけを三杯おかわりして、おかずのほうれん草とポテトサラダは半分以上残してやった。こんな豚の餌みたいな野菜、俺のデリケートな胃袋に入れる価値もない。
トレイを下げに行くと、婆さんが三角コーナーに生ゴミを捨てながらギロリと俺を睨んできた。
「ちょっとアンタ。なんで野菜残してんのさ。好き嫌いしないで全部食べなさいって書いてあるだろう!」
「あ? 俺の勝手だろ。こんな不味いもん食えるかよ」
「作ってもらった人に失礼だと思わないのかい! いい歳して情けないねえ。ここは刑務所じゃないんだ、出されたものは感謝して綺麗に食べるのが人間としての最低限のルールだよ!」
ガミガミとヒステリックに喚き散らす婆さんの声が、食堂に響き渡る。
俺は耳を塞ぎたくなるのを堪え、舌打ちをして食堂を後にした。
なんだあのクソババアは。完全に自分を囚人を管理する刑務官か何かと勘違いしている。
俺は国から正当な金を受け取り、そこから食費を「支払ってやっている」客の立場だぞ? なぜ客である俺が、あんな底辺の飯炊きババアに説教されなきゃならないんだ。
食事のたびにあのババアの小言を聞かされるのかと思うと、本当に反吐が出そうだった。
そんな屈辱的な収容所生活が始まって、一ヶ月が経った頃。
月に一度の「面談」とやらで、東田が俺の部屋にやってきた。
相変わらずノックもそこそこにズカズカと上がり込んでくる無神経さに腹が立つ。東田は部屋を見渡し、床に散乱したコンビニ弁当のゴミやスロット雑誌を見て、大げさに顔をしかめた。
「にいちゃん。少しは部屋の掃除くらいしろよ。それに……なんだこの雑誌の山は」
「俺の自由だろ。他人のプライベート空間に口出しするな」
俺がふてぶてしく言い返すと、東田は持っていたバインダーを机に叩きつけるように置いた。
「自由じゃない。お前、先週渡した3万円、もう使い切ったらしいな」
「……」
「しかも、パチンコ屋に入り浸ってるって、近所のスタッフから報告が来てるんだぞ。生活保護費でギャンブルなんて言語道断だ。何考えてるんだ!」
東田の言葉に、俺は鼻で笑ってやった。
「アンタが言ったんだろ。『残りの3万円は完全に自由に使っていいお小遣いだ』って。俺は自分の金を、一番効率よく増やすための『投資』に使っただけだ。たまたま今月は店の遠隔操作が酷くてマイナスになったが、俺の計算に狂いはない」
「バカなこと言うな! スロットは投資じゃない、ただの浪費だ! そもそも、お前は就職活動はどうしたんだ。先週ハローワークに行くって約束したよな?」
就職、就職とうるさい男だ。
俺みたいな特別な才能を持った人間が、なぜそこらの凡人と同じようにハローワークの安月給の求人に頭を下げて応募しなければならないんだ。
「就活の準備はしている。だが、俺に見合うレベルの企業が今の市場にないんだよ。俺のポテンシャルを活かせるポストが見つかるまで、安売りはしない主義なんだ」
「お前なあ……中身のないプライドばかり高くて、行動が全く伴ってないじゃないか。飯の時もスタッフの婆さんに悪態ついてるらしいな。いい加減、自分の立場をわきまえろ。お前は今、社会の底辺にいるんだぞ!」
東田のその一言が、俺の逆鱗に触れた。
「底辺だと!? ふざけるな! 俺をこんな豚小屋に押し込めて、刑務所みたいな飯を食わせてるのはどこのどいつだ! 俺の生活保護費から不当な天引きをして、私腹を肥やしてるのはアンタらだろうが!」
俺が怒鳴りつけると、東田は心底呆れたような、あるいは哀れむような目で俺を見た。
「……天引きじゃない。家賃も食費も、お前が生きていくために必要な正当な経費だ。お前が自立するまで、うちは赤字覚悟でサポートしてるんだぞ」
「嘘をつけ! 偽善者ぶるな! アンタは俺の金に群がるハイエナだ!」
これ以上、この卑劣な詐欺師の顔を見ていると吐き気がする。
俺は東田を部屋から乱暴に追い出し、ドアを力一杯閉めた。
「クソッ……クソッ……!」
壁を殴りつけながら、俺は荒い息を吐いた。
絶対に許さない。俺のような選ばれた人間を、凡人以下のシステムに縛り付け、説教まで垂れるなんて。
俺の金だ。俺の自由だ。俺の人生だ。
東田の言う「自立」なんて、所詮は俺を一生奴隷のように飼い殺すための方便に過ぎない。
このまま黙って搾取され続ける俺ではない。
俺はベッドに放り投げていたスマートフォンを手に取った。
奴らの悪事を、社会の闇を、俺の優れた知力で暴き出してやる。この理不尽な現状を打破するための「真実」を求めて、俺はインターネットの世界へとダイブした。




