第二話 風紀委員は空中戦を認めない
レイの叫びは中庭じゅうに響いた。
だが伏せる者はほとんどいなかった。
野次馬というのは、危険を察知すると逃げるより先に首を伸ばす生き物である。進化の方向を一回疑ったほうがいい。
「……パンだ」
二階の天界科が、もう一度言う。
その声に別の生徒もむくりと起き上がった。
「ほんとだ」
「焼きそばパンだ」
「ソースの香りがする」
起床理由が終わっていた。
「見つかっちゃったねえ」
「だから言ったでしょう!」
レイは階段へ駆け出した。
飛んでいる焼きそばパンを、飛べる連中に見つけさせてはいけなかった。そんなの火事現場にガソリン持ち込むみたいな話だ。いや、パンだからまだ柔らかい表現をしているだけで、被害の質はかなり最悪寄りだった。
窓辺の天界科が身を乗り出す。
「取った者勝ちでは?」
「よくありません!」
「でも先に見つけたのは僕です」
「先に見つけたのはパンよ!」
言ってから、何を言っているのかわからなくなった。だが今は意味の整合性よりスピードが優先だった。
「レイちゃん」
「なに」
「今の、名言になりそうでならなかったねえ」
「うるさい!」
次の瞬間、天界科の生徒が窓から飛び出した。
ひらり、と白い羽が舞う。
さらにもう一人が続く。
「増えるな!」
「空の民は機動力が売りです」
「商品説明みたいに言うな!」
昼休みの中庭上空を、二人の天界科が焼きそばパンを追って旋回する。絵面だけ見れば幻想的だった。しかし現実には、昼食をめぐる低空機動戦である。ロマンが地面すれすれだった。
ベンチの上でレティシアがカップを傾ける。
「実に見事ですわね」
「どこが!」
「焼きそばパンをめぐって空の民が舞う」
レティシアは上機嫌だった。
「昼下がりにふさわしい叙情ですわ」
「叙情で胃痛が治るなら苦労しないの!」
「羽根、風、ソースの香り」
そこで目を閉じる。
「これはもう一篇の詩ですわ」
「詩人が昼食に寄りすぎてる!」
トトが小さく手を挙げた。
「あの」
「なに!」
「術式の核、包み紙の留めシールです」
「それを最初に言いなさい!」
「今、勇気を出しました」
「勇気の出しどころが非常口並みに遅い!」
上では天界科がパンに手を伸ばしていた。
「届きそう!」
「もう少し!」
「がんばれー」
誰だ応援してるのは。運動会のノリで購買違反を見るな。
「競技じゃないのよ!」
まこまこが空を見上げたまま言う。
「でも実況したくなる空気だねえ」
「やらないで」
「第一コーナー、焼きそばパン先頭」
「やめて」
「これを追う白き翼二名、そして地上から風紀委員」
「やめろって!」
「だいぶ見どころがある」
「見世物にするな!」
トトが小声で続ける。
「軽量浮遊に風の乱流が加わって、予測不能の楕円軌道に」
「急に専門家の顔をするな!」
レイは周囲を見回した。
素手では届かない。魔法で撃ち落とすわけにもいかない。風紀委員が焼きそばパンを爆散させた、という伝説は残したくなかった。そんな二つ名はいらない。「紅蓮のパン殺し」みたいな渾名がつく未来は全力で断りたい。
そこで視界に入る。清掃用具立て。長柄モップ一本。
「それ使うの」
まこまこが目を丸くする。
「ほかに何があるの」
「槍っぽい」
「モップよ」
「でも気迫は完全に騎士」
「その褒め方、社会復帰できる感じがしない!」
レイはモップを握り直した。
「まこまこ」
「はいはい」
「ちょっと風、出せる?」
「やさしめ?」
「やさしめで!」
「追い風? 向かい風? 運命の風?」
「購買に運命を持ち込むな!」
まこまこが、ぱたぱたと片手を振る。
ゆるい。だが風はきれいに流れた。焼きそばパンの軌道が、ほんの少しだけ下へ寄る。
「今!」
レイは踏み込んだ。
モップを突き出す。
先端が袋に引っかかる。
「よし」
「取られた!」
「そんな!」
天界科の悲鳴が上から落ちてくる。失恋したみたいなトーンでパンを惜しむな。
だが安心したのも一瞬だった。
パンがくるりと回る。包み紙が滑る。モップの先から離れかける。
「危な――」
レイは反射で手を伸ばした。




