第三話 風紀委員は報告書から逃げられない
落ちてくる焼きそばパンを、レイは片手でつかみ取った。
中庭が静まり返る。
一拍遅れて、わっと歓声が上がった。
「確保!」
まこまこが拍手した。
「やったねえ」
トトが胸をなで下ろす。
「よかったです」
レティシアが優雅に頷く。
「見事ですわ」
上空では、取り逃がした天界科が羽をたたんだ。
「惜しかった……」
「昼食にしては高難度でした……」
知るか。こっちは昼食なのにボス戦みたいな処理をさせられている。
レイは焼きそばパンを片手に、ぐるりと周囲を見回した。
「これより、購買における浮遊魔法の使用」
トトがぴっと背筋を伸ばす。
「飛行による割り込み取得未遂」
上空の天界科がすっと目をそらす。
「および騒ぎを面白がって状況を悪化させる行為」
レティシアが小首をかしげた。
「わたくしですの?」
「あなたです!」
「光栄ですわ」
「表彰式じゃない!」
「以上、全部まとめて厳重注意とします」
まこまこが感心する。
「まとめたねえ」
「ひとつずつ処理してたら昼休みが終わるの!」
「すでにだいぶ終わってるけどねえ」
「だから焦ってるのよ!」
そこへ購買のおばちゃんが出てきた。
腕を組み、現場をひととおり眺める。
「大騒ぎだったねえ」
「すみません……」
レイは即座に頭を下げた。
おばちゃんはレイの手の焼きそばパンを見る。
「それ」
「はい」
「一番走ったあんたが食べな」
レイは固まった。
「……え」
まこまこが笑う。
「ご褒美だ」
トトがほっとした顔で言う。
「報われましたね」
レティシアは微笑む。
「戦場の戦利品ですわね」
「だから戦場じゃない!」
でも顔が少しだけゆるんだ。
それを見逃すほど、まこまこは甘くない。
「でも食べるんでしょ」
「食べるけど」
「食べるんだ」
「食べますわね」
「食べますね」
「復唱がうるさい!」
結局、レイは購買横のベンチで焼きそばパンを食べることになった。
一口かじる。
普通にうまかった。
「どう?」
まこまこがのぞきこむ。
「……おいしい」
「よかったねえ」
「その一言のために、あんなアクションシーンを経たの?」
「映画みたいに言うな!」
トトが申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみませんでした」
「本当にそう思うなら次から飛ばさないで」
「はい」
少し間を置いて、トトが小さく言った。
「でも、きれいには飛びました」
「反省が全部そっち向いてる!」
「次はもっと安定させられるかも」
「続編を勝手に制作するな!」
レティシアがカップを置く。
「しかし、本当に見事でしたわ」
「何が」
「あなたが空飛ぶ焼きそばパンを制した瞬間です」
そこで、わずかに目を細めた。
「秩序を守る者が、一個のパンのために空へ槍を向ける」
「モップよ」
「なんと気高い」
「気高さの使い道が終わってるのよ」
「いえ」
レティシアは楽しそうに言った。
「わたくし、少し感動しましたの」
「どこに」
「昼食に命を懸ける人々の愚かしさに」
「まとめて全員刺すな!」
その日の午後、学園では妙な噂が流れた。
風紀委員が空飛ぶ焼きそばパンを制圧した、と。
翌日から購買前の整列率はほんの少しだけ上がった。
ただし同時に、別の噂も流れた。
「パンって、どこまで飛ばせるんだろう」
錬金系の一角から聞こえたその声に、レイは遠くを見た。
次の報告書が見える。しかも一枚じゃない。あの感じは最低でも三枚ある。嫌な未来だけ解像度が高い。
「レイちゃん」
まこまこがのんびり言う。
「次はコロッケパンかも」
「やめて」
「メロンパンかも」
「やめてって言ってるでしょう」
トトがそっと続ける。
「軽い生地のほうが向いてるかも……」
「研究しないで!」
レティシアは肩を揺らした。
「次回も期待しておりますわ」
「期待しないで」
レイは心の底から言った。
だがこの学園で、次回がないことなど滅多にない。
昼休みはまた来る。
購買もまた開く。
そして、ろくでもない何かもまた起こる。
風紀委員は、今日もそれを止めるしかない。




