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私の薬が夫の功績になっていたと知った日、白い結婚の終わりを選びました  作者: 秋月 もみじ
第1章

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第7話 これが、私の名前


 契約書に、私の名前が書いてあった。──たった、それだけのことが。



     ◇◇◇



 宮廷薬師ギルドの正式納入契約書。


 羊皮紙に金の縁取り。王室の紋章と、ギルド長の署名。そして──調合担当者の欄に。


 「セレスティア・ルーヴェン」


 自分の名前。自分の筆跡ではなく、書記官の整った字で。公的な書類に、公的な形で。


 「当然だ」


 クラウスが短く言った。


 当然。──そう、当然のことだ。自分の薬が自分の名前で登録されること。それは当然で、特別なことでは何もない。何もないはずなのに──


 契約書を手にしたまま、しばらく動けなかった。


 (これが──五年前に手放したものの重さだったのか)


 名前。ただの名前。二十七年間使ってきた、ルーヴェンの名前。それが契約書に刻まれている。たったそれだけのことが、こんなにも重い。



     ◇◇◇



 その週、クラウスが出張に出た。


 「地方のギルド支部に視察がある。五日ほど空ける」


 朝、研究室の入口で告げられた。いつもと同じ短い事務連絡。


 「お気をつけて」


 「ああ」


 それだけのやりとり。振り返って出ていくクラウスの背中を見送って──研究室のドアが閉まった。


 一人になった。


 調合台に向かう。道具を並べる。薬草を取り出す。いつもの手順。何も変わらない──はずだった。


 夜になって、気づいた。


 暖炉が冷たい。


 いつも、いつの間にか温まっていた暖炉。深夜になると火が足されていた暖炉。それが──今夜は冷たいまま。


 (ああ──あの火は)


 建物管理者の仕事だと思っていた。巡回で火を足しているのだと。でも──クラウスがいない夜、暖炉が冷たいのなら。


 (あの方が──足していた?)


 自分で火を入れた。マッチを擦って、薪を足して。巡回の管理者では──当然──ない。薪の足し方は分かる。でも、誰かが黙ってやってくれていた温かさとは、違う。


 (仕事仲間として慣れただけだ。研究室で一緒に遅くまで働いて──だから、いないと少し、静かに感じるだけで)


 寂しい、とは思わなかった。思わないことにした。



     ◇◇◇



 四日目の夕方、エルヴィンが報告を持ってきた。


 「ギルド長宛に、王宮から文書が届いています。──筆跡鑑定の依頼です」


 「筆跡鑑定?」


 「ヴァイス伯爵名義の処方箋について、王宮監察院が鑑定を依頼してきたようです。依頼の経緯は──我々には明かされていません」


 王宮監察院。国王直属の監査機関。行政の不正や公金の不適切な使用を調査する機関──なぜ、処方箋に目をつけたのか。


 エルヴィンが肩をすくめた。


 「ギルド長が戻り次第、対応を確認します」


 不穏な空気が、研究室に漂った。


 ──けれど私には、思い当たる節がなかった。監察院が私のために動いているわけがない。誰かが通報したとも思えない。


 ただ、処方箋の筆跡は──私のものだ。五年分の全てが。それだけは事実として残っている。



     ◇◇◇



 同じ頃。ヴァイス伯爵邸。



 レナートは書斎の机に、一通の公文書を広げていた。


 宮廷からの通知。薬品納入契約の不履行──三ヶ月以上の供給停止による契約解除の警告。


 「馬鹿な……」


 帳簿を引き出した。セレスティアが去った後の帳簿──ほとんど空白だった。雇い入れた代替の薬師は、二ヶ月持たずに逃げた。処方箋が読めなかった。配合が再現できなかった。セレスティアの調合記録は全て持ち去られ、帳簿の最後のページには「引き継ぎ事項:なし」の六文字だけが残っていた。


 帳簿を遡る。一年目、二年目、三年目──


 処方箋の数。配合の複雑さ。三つの領地への個別対応。季節ごとの微調整。


 ──こんなに。


 あの女がいなくなっただけで。いや──


 「全てが……あの女だったのか」


 帳簿を閉じた。手が震えていた。


 取り戻さなければ。何としても。──俺の名前で出していた薬が、全部あの女のものだったなんて、認めるわけにはいかない。


 リゼットへの手紙を書く手が、走った。──「もう、なりふり構っていられない」


 この男は、まだ気づいていなかった。


 取り戻す対象は、もう「あの女」ではなく──「セレスティア・ルーヴェン」という名前を持つ、一人の薬師になっていることを。

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― 新着の感想 ―
もしかして原文ハングルの日本語訳なのかな……。ここもまた、6文字。
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