#1
>>Alyssa
アイリスさんの留学が終わり、2週間が経ちました。
長期休暇明けということもあり、さぞ面倒なミッションを押しつけられるのだろうと身構えていた私達でしたが、統括局からの連絡は「任務無し」といういささか拍子抜けするものでした。
このまま休暇を続けることも考えましたが、さすがにあまりにも休みすぎるのも気が引けるため、トワ様が適当な調律任務を引き受けられ、その後私も2件ほどギルド支部と取引先の調停を行う簡単な任務をこなすことになりました。
ちなみにアイリスさんは……先週いっぱい、使い物になりませんでした。
「いや、だからごめんって……」
「お気持ちは判りますから、責めてはいませんよ。私も1ヶ月間、トワ様を占有させて頂きましたし」
ええ、再会からの1週間というもの、アイリスさんはトワ様を愛で続けて仕事どころではなかったのです。
本人曰く、3日ぐらいで済むと思っていたけど、見立てが甘かったそうで……。現に今も、私に謝りながらも隣にいるトワ様の手を握ったままですし。
なんですか、そのイチャイチャ具合。
「それで、前回と今回のミッションだけど……やっぱりあれ、デモクラスの件が影響してるよね?」
「ええ、十中八九影響しているでしょうね。問題は支部の人間が無意識下でああいう態度をとっているところでしょう」
「ほほう」
興味なさげにトワ様が相づちを打たれました。
ええ、トワ様は政治的な事柄には興味がありませんからね。
ともあれ、今私達が問題視しているのは支部におきた悪しき影響についてです。
前回と今回……共に支部と取引先の間に生じた調停にまつわるものだったのですが、通常であれば支部から支援要請のある取引調停といえば、相手先が無理な要求を行ってきて断りがたい……というケースが殆どです。
ですが今回は2件連続で「相手先が支部の要求を飲まない」という、通常とは逆の調整要請だったのです。
「支部側の要求、どうみても過剰だったよね?」
「ええ。おそらくデモクラスの件でギルドの影響力が大きくなり、その威光を笠に着て無理な要求を行っているのだと思います」
「それ、一番良くないシナリオだよね……。下手すると内政干渉に発展しかねないんじゃない?」
アイリスさんの言うとおりです。
デモクラスでギルドが力を示したことにより、各惑星政府や取引先企業は皆ギルドの暴力を恐れています。
そして相手側の萎縮を察知した支部の人間は、本来の商取引よりも自分達に有利な取引条件を持ちかけようとしていたのです。
私達が調停した2件は相手先が抵抗したことで明るみに出ましたが、おそらくは抵抗しきれずに支部の言いなりになっている案件も多数存在しているでしょう。
そして……そういった思い上がりがよからぬ行いに繋がりかねないことは、言うまでもありません。
「今回のミッションレポートに懸念と対策の要求を添付しておきました。間もなくサンディから回答があるはずですが……」
「サンディさん、か……。顔を見せるとまた不機嫌な顔されるし、私ほ席を外しておいた方が良いかな」
「サンディさん、アイリスさんのこと嫌いなんですかっ!?そんなの、許せないですっ!」
マリエッタがややピント外れな事を言っていると、通信機がコール音を鳴らしました。
サクヤに確認すると、コール元は統括局とのこと。
「……噂をすれば影、ですね」
「あはは……。じゃあ、私とトワはラウンジに降りてるよ。あとで話聞かせてね」
「賜りました。サクヤ、回線を繋いで下さい」
アイリスさんはそう言うと、トワ様と共にブリッジを降りられました。
いえ、サンディはアイリスさんを嫌っているのではなく、むしろ敬愛……たぶん、恋愛に近い感情を抱いているのですが。
ただ恋愛ベタというか、ツンデレというか、素直に好意を伝えられないようなのです。
そんな事を考えているうちにアルカンシェルのブリッジに見慣れたサンディの姿が表示されました。
『シノノメ管理官?……あ、あの、アイリス様は……?』
「所用で席を外しています。それでサンディ、件の提案はどうなりましたか?」
サンディはブリッジにアイリスさんの姿が無いことに落胆した表情を浮かべましたが、今は仕事の時間ですからね。
彼女が告げた統括局の返答は、他の支部でも問題が生じている兆候を把握しているという、憂慮すべき事態でした。
この事態に対して統括局は取引条件や商慣行の遵守と、取引先への不当な圧力の禁止について通達を行うことを検討。
また、同時に監察部にも支部が問題を起こさないよう、監視を強化させるようです。
「わかりました。監察部と言えば……頼んでいた件はどうでしたか?」
『はい、サカイ部長の事ですよね。実は少々不可解なことが――』
ショーコ・サカイ。
ベネディクト・ピアースの後任として監察部部長に就任した人物で、私の秘書官であるヒナの命を救ってくれた恩人でもあります。
ただ、彼女にはあまりにも不可解なことがありました。
「復籍前の記録が残っていない……?しかも、参事官になる前提条件である、管理官の資格も持っていない?どういうことですか?」
『どうと言われても、記録が何も残っていないんです。まるでそれまで存在しなかった人物が、急に出現したかのような感じで』
サンディが言うように、ショーコという人物の記録はほぼすべてが空白になっていました。
確かに一度ギルドを離籍した人物については、個人情報保護の観点から必要最小限のものを残してパーソナルデータの類いは削除されます。
ですがショーコについては、名前と現在の役職以外の項目が全てブランクに……つまり最低限の情報すら記載されていないという、あり得ない状況だったのです。
「任命者はメラニーで間違いありませんね?」
『はい、それは局長にも直接確認をしました』
間違いなくメラニーはショーコの事情を知っていますが、何らかの理由でそれを伏せている。そう思いました。
おそらくその理由は、ショーコがギルドの反逆者と戦っていることと関係しているのだろうと思いますが……この件はサンディには伏せておいた方が良いでしょう。
「わかりました。サンディ、調査に感謝します」
『あ、あのっ、じゃあお礼の件も……よろしくお願いできますか?』
「ええ、もちろんです。折を見てオラクルへ寄るよう手配します」
『ありがとうございます!』
サンディのお礼というのは、アルカンシェルでオラクルへ来て欲しい……要するに、アイリスさんと直接会う機会を設けて欲しい、ということでした。
彼女がオラクル勤務になってから私とアイリスさんがオラクルへ出向いたのは謹慎処分の件で取り調べを受けたときぐらいですから、サンディはアイリスさんと直接顔を合わせる機会が無かったのです。
ともあれ、当面の用件は終わりました。
「サンディ、それではまた……」
『あっ、シノノメ管理官、まだ用件が!私本来の業務が!』
……通信を切断しようとした私は、サンディに呼び止められました。
彼女本来の業務、それはすなわち統括局からの緊急ミッション依頼に他なりません。
どうやら、平穏な日常は今日で一区切りになりそうです。
本編、連載再開です。
今回から1日1回、18時の更新となりますのでご了承ください。




