#2
「ところでこちらは奨学生用の寮では?留学時に申し込んだ寮とは違うようですけど」
「えっと……ローズリュージュ寮はちょっと合わなくて……。勝手に転寮して、ゴメン」
おそらくリルカは勝手に転寮した事を不服に思うだろうと考えながら、リルカの言葉に申し訳無さそうに答えるアウレリア。
だが、リルカはこともなげに言う。
「むしろ私の方が申し訳ありませんでしたわ……。オーロラの好みが理解出来ていなかったなんて、姉失格ですもの」
「えっと……ボクの方が色々と年上なんだけど、でもありがとう」
リルカは確かに過保護ではあったが、自らの意思をアウレリアに押しつける気などなかったのだ。
――アウレリアを可愛がりたいという、姉欲を除けば、だが。
その後、アウレリアはリルカを自室へと招いた。
かつてはアイリスとマリエッタが暮らした部屋だと聞き、リルカは興味深そうな目で室内を見回す。
くっつけられたままになった2つのベッドに腰掛け、リルカは口を開いた。
「それでオーロラ?留学は楽しんでいますか?」
「うん、それなり……かな」
「……何か、悩み事でもあるのですか?」
「あはは……ボク、そんなに判りやすい?」
少し心配げな表情でそう問うリルカにアウレリアは苦笑しながら、将来の身の振り方について悩んでいる事を告白した。
おそらくリルカは、自分がセレスセラで働くという進路以外を考えていることに否定的な態度を取るか、それとも落胆するかと思いながら。
だが、リルカの答えは違った。
「オーロラはセレスセラの一族ですから、本音としてはセレスセラで一緒に働いて欲しいですし、私の側にいてほしいと思っていますわ。でもそれは私の希望であって、貴女の希望ではないでしょう?」
「でも、いいの?」
「貴女の未来は貴女のものですわ。もし貴女がギルドに入りたいというなら……アイリスさんにオーロラを取られるのはしゃくですけど、それでも私は受け入れますわよ?」
「ギルド、かぁ……」
リルカの言葉に、アウレリアはかつてママがギルドを毛嫌いしていた理由を思い出した。
エトワールであるフローラ・セレスセラは本来ギルドにとって最も重要な人材たりえる存在だったが、彼女はギルドを嫌うというよりも「組織に所属して自由が失われること」を嫌っていたのだ、と。
しかしフローラは最終的に自分で会社を立ち上げ、宗教組織を取り仕切る祭祀となり、さらには星の統治者となった。
それは組織に所属するよりもはるかに自由の少ない生き方で、幼いアウレリアはママの言動が矛盾しているように感じていたことを思い出す。
どうしてママがそんな生き方を選んだのかは、今でも理解出来ない。
そう思ったアウレリアはリルカに疑問をぶつけてみた。
「ね、リルカ。リルカはどうしてフローラ・セレスセラをやってるの?自由なんて殆ど無いよね?」
「どうして、と言われましても……。私、自分がしたいことをしているだけですわ。確かに仕事は忙しくて、自由な時間は取りづらいですけど」
アウレリアの問いに、リルカは続けて自分はアノインティングにおける伝統とビジネスのバランスを改善し、星の未来をより良いものにしたいという自らの希望を叶えるためにフローラ・セレスセラの名を継承したのだと言った。
「私、姉妹はいませんけど、継承権を持つ従姉妹なら何人かいますのよ?でも一番年上のノイシュは月見草の栽培にしか興味がありませんし、一つ下のアレーナはセレスセラとは無関係なアパレル企業に就職しましたし。他の従姉妹達もみんな好きなように生きていますわ。もちろん、私も自由に生きている1人ですし」
「……え?そんな自由でいいの?」
「もちろんですわ。私達は自由に好きなことをする権利がありますから。でもオーロラ?自由に生きるというのは無責任に生きて良いということではありませんわよ?」
リルカは極光の色を宿すアウレリアの瞳を覗き込みながら、続けた。
「自分のしたいことだからこそ、最後まで責任をとる必要がある。自分のしたいことだから、最後までやりとげることができる。そういうことですわ」
その言葉を聞いて、アウレリアはかつてママが歩んだ人生の選択が、初めて理解出来た気がした。
他者にはどれほど大変で自由が無くなるような忙しい生き方のように見えたとしても、それはママが「自分の意志で選んだ自由な行動」だったのだ、と。
記憶の中のママの面影を宿すリルカの顔を見つめながら、アウレリアは問うた。
「ね、リルカ。じゃあボクが自分の意思で未来を選んだら……それを認めてくれる?」
「当然ですわ!私に出来ることなら何でも、そして全力で協力しますわ!」
「ありがと、リルカ」
そう言って微笑んだアウレリアの表情からは、迷いが消えていた。
そして翌日。
アウレリアの元を訪れる口実であった商談をきっちりとこなしたリルカは、山のように溜まった仕事が待ち受けるアノインティングへ戻る事になった。
クレリスの軌道ステーションを離れたパルファンの艇内で、リルカは絶望した表情で言った。
「何でも協力する、とは言いましたけど……それはあんまりですわ!」
「……リルカの嘘つき」
「うう、そう言われると……。でも、これがないと、オーロラの所へ遊びに行けませんわ……」
「リルカは忙しいでしょ?だからボクがパルファンでアノインティングへ遊びに行くようにすれば、長期休暇の時はずっとリルカの側にいられるんだけどな?」
「……オーロラ、策士ですわ……」
そう、アウレリアはリルカに対して、自分の夢を叶えるためにパルファンを譲って欲しいとおねだりしたのだ。
確かにリルカの手元にパルファンを置いていても、多忙な彼女自身の体が空かない事には超光速艇を活かすことはできない。
だが身軽なアウレリアの手元にパルファンがあれば?
学生の間も、留学終了後も、パルファンをフル稼働させることが出来る。
「留学が終わったら、ボクはセレスセラの一員として働くよ。パルファンを使って販路開拓できるのはボクだけだからね」
「うう……それ、セレスセラで働いていることになりますの……?」
「商品補充のために最低でも月に一回はアノインティングへ戻るよ?それに、ボクが販路を開拓したら、ギルドに払う手数料分が浮くでしょ?」
「アイリスさんに約束させられた8%ですわね……。確かにアレは結構痛い取引でしたし、CEOとしてはその提案、飲まずにはいられませんわ……」
つまり、そういうことだ。
アウレリアは宇宙を旅したい。
そしてセレスセラ……リルカの役にも立ちたい。
この二つを同時に叶えるには、ギルドに委託している販路開拓を、パルファンを使ってセレスセラ自身で行うのが一番だ。
そして何よりもSランクシンガー能力を持つアウレリアなら、何の問題も無くパルファンを扱うことが出来るのだから。
そう、今まさにリルカをアノインティングへ送り届けるこの航行のように。
「それにしても、オーロラに航宙艇の操縦が出来るとは思いませんでしたわ」
「ボク、放蕩娘で有名だったからね。色々出来るよ?トワのアルカンシェルぐらいのクルーザーなら操船出来るし」
「ではいつかアルカンシェル2号が手に入った時は、オーロラに託しますわ」
「あはは、見つかると良いね、2号」
笑いながらそう言うアウレリアだが、実はリルカにはまだ話していないもう一つの夢があった。
それはアイリスの力になるということ。
留学中、アイリスはデモクラスの悲劇を回避するための方法をいくつも検討していた。
その中で有効だと判断しながらもアイリスが断念した防止策である、第三者がギルドの制裁対象になりうる行政府に忠告するというプラン。
外郭団体であってもギルドが関与する組織であればその行いは内政干渉としてギルド憲章に抵触する可能性があるが、立場的に無関係なセレスセラ社の一員ならば?
そして制裁の兆候がある惑星へと急行できる手段を持つ自分ならば?
アイリスが諦めた可能性を実現できるかもしれない。
その構想はアウレリアの頭の中にだけ秘められたものではあったが、いずれその計画はいくつもの星や組織を破滅の危機から救うことになる。
――そんな未来を、まだ誰も知らない。
これにてクレリスでの休暇を巡る一件は終了となります。
次章、第3部10章からは再びトワ達は宇宙へ旅立ちますが、次章連載にあたって2点、お知らせがあります。
【お知らせ その1】
次回からしばらくの間本作の更新はお休みさせて頂き、スピンオフ「監察官ヒナ」側での更新を行います。
監察官ヒナ
https://ncode.syosetu.com/n0208me/
「トリコロール・ナイト」編で言及されていたヒナの任務と、その先に待つ強敵との遭遇を描く2編の物語を続けてお届けしますので、「少女は大宇宙で虹と歌う」本編の次回更新は11月上旬となる予定です。
なお本編側は次回更新までに少し間が空きますので一時的に[完結]とさせて頂き、連載再開の作業を開始し次第[連載中]に戻す予定です。
【お知らせ その2】
連載開始から10ヶ月、毎日複数回更新で約200万文字の物語をお届けしてきた本作ですが、執筆済みストックが心許なく(残り10章+最終回近辺の話)となってまいりました。
これまではストックの放出を優先してきましたが、今後は毎日更新を維持する方針に変更させて頂き、第3部10章以降は「1日1更新」での連載とさせて頂きます。
※ストックが少ないのはスランプな訳ではなく、今年になってから書き始めた「勇者狩り」や「異世界ヤクザ」の方に執筆リソースを割かれているのが理由です
以上を踏まえまして、本作の連載再開は11月上旬、更新頻度は毎日1更新となりますので、よろしくお願いいたします。
なお本作の休載期間中は「監察官ヒナ」や「勇者狩り」等をご笑覧頂ければ幸いです!




