#17
>>Alyssa
「オンブル・プロフォンデ、ですか……」
アルカンシェルのブリッジから見慣れない色の小型艇を見下ろしながら私は思わず呟いていました。
眼下に見える「パルファン」は色と名前こそ違えど実質はギルド監察部が運用しているオンブルと同等の船です。
ですがダンディライアンでフロルデが見せてくれた「オンブル・プロフォンデ」と名付けられたオンブルの新型機は、原型機に科せられた運用上の制限を大きく緩和する能力を持つものでした。
船殻サイズの大型化によってオンブルの問題点であった積載量と航続距離を伸ばし、複座型と単座型を標準で選択可能にした上位モデルだそうですが……。
「……拾いものをそのままコピーするから、妙な制約が掛かっている事に気づけなかったんですよね……」
G17は当初、リュミエールやオンブルは搭載しているレゾナンスジャンプドライブの性能的制約から小型化されていると説明しました。
ですが実のところ、レゾナンスジャンプドライブは本当ならもう一回り大きな船体でもジャンプできるだけの性能があったそうなのです。
しかしアルカンシェルの搭載艇として開発されたリュミエールは、母艦へのドッキングを念頭にアルカンシェルの収納スペースを前提としたサイズで船殻を設計する必要がありました。
それゆえにリュミエールはジャンプ可能な上限サイズよりも小さな船体になっていたそうです。
しかしギルドが使用するオンブルは、アルカンシェルとの連携を意識する必要がありません。
ですから、その制約を外して船殻を再設計した結果、船体を一回り大きくすることが可能になり、積載できるフォトンバッテリーが大きくなったことで跳躍距離は同じままジャンプ回数が2回に増えたとフロルデは得意げに言っていましたっけ。
……まぁ、中核となる技術であるジャンプドライブ自体には手を付けられていないので自慢できるような話ではない気もしますが、往復でのジャンプが出来ることで航続距離が伸びただけでなく運用方法にも幅が出ることは間違いありません。
それにしても「影」の上位機種が「オンブル・プロフォンデ」と言う命名なのは、ギルドの暗部がより暗く、深くなっているようなおぞましい気配がするのは気のせいでしょうか。
誰がこの船を使う事になるのかは判りませんが、間もなく就航するというこの新型艇はおそらくろくでもない人間の、ろくでもない任務にかり出されるのでしょう。
「……アリサ、お風呂沸いた」
「はい。では一緒に入りましょうか。いえ、一緒に入らないという選択肢はありませんよね?」
「うん。いいけど」
私の思索は、トワ様の言葉によって遮られました。
ですがトワ様との入浴に比べれば、新型船の事などどうでも良い話でした。
なにせその新型船も、やはり私には操船出来ないオンボロなのですから。
入浴後、軽く食事を取っている間に間にアルカンシェルはジャンプドライブを起動し、アノインティングの隣接宙域まで到達していました。
軌道ステーションに入港の意思と目的を伝達しましたが、係官の反応がやや不審だったのは私達が2ヶ月ほどの間に3度も入港しているからでしょうか。
ええ、通常であれば星を離れ亜光速で恒星間航行する船が元の場所へ戻ってくるまでには短くても十数年、長ければ数十年の時間が必要ですからね。
ですがパルファンの母港となるアノインティングは、今後超光速船の出入りが頻繁に行われることになります。
おそらく、次に私達がここを訪れる頃には、短期間で出入りする船が不審に思われることもなくなっていることでしょう。
アルカンシェルが軌道ステーションに接舷し、エアロックが開きました。
まず入星手続きをしてからパルファンを切り離し、セレスセラ社が指定する場所へと回送。
その後、受領書にサインを貰えば運搬ミッションは完了……と思っていたのですが。
「お待ちしておりましたわ……まぁ、オーロラ!?お姉ちゃんですよ!!」
降機しようとしていた私達を出迎えるようにエアロック前に陣取っていた少女が、大きく目を見開くとトワ様に突進してきました。
「……フローラさん、その方はアウレリアではありませんよ?」
「えっ……あっ、トワさん?わ、私ったらつい……」
「別にかまわない」
アルカンシェルへ飛び込んできた淡い紫色を帯びた銀髪の少女は、言うまでもなくフローラ・リルカ・セレスセラです。
どうやら寝癖隠しのために帽子をかぶっていたトワ様をアウレリアと見間違え、「姉欲」が暴走したのでしょう。
なにせ、トワ様とアウレリアは髪の長さを除けばとてもよく似ていますからね。
人違いで暴走してしまったことを恥ずかしそうに詫びるフローラを促し、私達はアルカンシェルのブリッジへと向かいました。
フローラが来ているのであれば、入星手続きをせずともこのまま引き渡してしまえば仕事は早く済みますからね。
「アイリスさんは……?」
「アイリスは留学中。私が代わりに持ってきた」
「まぁ、そうだったのですね。では、あの船首に収納されていたのが……」
「ええ、ご所望の超光速艇。ギルドではオンブルと呼ばれている船です」
「まぁ……!」
船窓から銀色の小型艇に目をやったフローラは両手を胸元で組んで感極まったような声を上げました。
発注から納品まで300年以上掛かると言われていたものが2ヶ月程度で手に入ったのですから、喜びもひとしおなのでしょう。
「ここからオンブル……いえパルファンの船内に移動できますよ。このまま乗り出されますか?」
「まぁ、直接移乗できるのですね!では早速、中を拝見させて頂きますわ!」
まるで新しい玩具を与えられた子供のように、フローラはいそいそとパルファンへと移乗してゆきました。
……先に受領書にサインを貰っておけばこのままドッキングアウトして納品完了にできたことに気付きましたが、まぁ急ぐ訳でもないので良しとしましょう。
しばらく待ちましたが、パルファンへ降りていったフローラが戻ってきません。
私はトワ様にブリッジを任せてフローラの様子を見に行くことにしました。
リフトを使って階下へ降り、パルファンのコクピット内を覗き込みます。
パルファンは前後に並んだ復座式シートが備え付けられていますが、それでもオンブルやリュミエールに比べると艇内の空間はかなり余裕があります。
恒星間通信ユニットやグラビティスリングがいかに場所を取る装置なのかが良くわかりますね。
そしてフローラは……操縦席に座ったまま、固まっていました。
「フローラさん?何か問題でも?」
「……あの、アリサさん。これ……どうやって動かすのですか?」
私の方を振り返り、少し泣きそうな顔でそういうフローラ。
もしかして、この子は……。
「航宙艇のライセンス、持っていますか?」
「もちろん……持っていませんわ」
「ですよね。そんな気がしました」
毎日忙しくしている恒星間企業のCEOであり、星の統治者でもある彼女が航宙船の操縦ライセンスを持っているとは到底思えませんし、操船方法を知っているとも思えません。
なにせ、必要なら社員なり使用人なりに操船させれば良いのですから。
ですがこのパルファンは人任せにすることはできません。
なぜなら超光速航行を行うためにはシンガー能力が必要なのですから。
「あの、これどうすれば……」
「ライセンスコースで操船方法を習得されるしかないかと」
「うう、統治者権限として特権ライセンスを発行すれば……」
「ライセンスがあっても操船出来なければ意味がありませんよ?」
「……ですよね」
がっくりと肩を落とすフローラ。
この子はアイリスさんと互角にやり合えるやり手のはずなのですが、アウレリアとパルファンの件に関してはどうもポンコツになるようです。
そんなことを思った私は、ある事に思い当たりました。
「フローラさん。アイリスさんは2日で航宙艇のライセンスを取られましたよ?」
「えっ……?」
「もっとも、2日というのはエアロプレーンと航宙艇をダブル取得するのに掛かった時間だと聞いていますが」
「……なら、私は1日で取得してみせますわっ!」
ええ、アイリスさんへの対抗心を煽れば、フローラのことですからおそらく短期間で……1日は無理だとしても、2・3日で航宙艇を乗りこなせるようになるでしょう。
なにせアイリスさんとフローラ……リルカは強敵と書いて友と呼ぶような関係ですからね。
私は内心ほくそ笑みながらも、表面上は穏やかに微笑んでみせました。




