#12
夜会の翌日は私達が留学して初めての週末だ。
アカデミーの講義は休みだし、教授達も基本的にはアカデミーに出校していない。
マリエッタは仲良くなったアウレリアと一緒に街へ遊びに行くと言ってたけど、私には行くべき所があった。
ビークルを借りて早朝から向かった先は工学系の学部が集約されている、郊外のカルティアンアカデミーの第二キャンパスだ。
校門で守衛さんに用向きを伝えると目的の建物を教えてくれた。校内へのビークル乗り入れは禁止されているらしいのでそこから先は徒歩で指定された場所へと向かう。
と、建物の前に1人の壮年男性が待っていた。
「レイソール教授、はじめまして。アイリス・ブースタリアです」
「ようこそ、管理官殿。お会いできて光栄です。さぁ立ち話もなんですから、中へ」
私が面会予約を取り付けていたのはレイソール教授。私の「ペンパル」の1人で亜空間研究の第一人者だ。
謹慎期間中、レイソール教授をはじめとした何人かの専門家とオンラインで情報交換をしていたんだけど、今回レイソール教授がクレリス在住だということで会いに来たんだ。
なにせ、これまではあくまでもペンパルとして通信回線越しのやりとりだったからね。
監視があるから、あまり核心的な話はできなかったこともあって、教授の側も対面で話ができると聞いて躊躇わずに休日出勤してくれたんだよ。
で、レイソール教授は私がギルドの管理官であることを知ってるから、ここでは偽名を名乗る必要も、変装する必要も無いってわけだ。
「しかし管理官殿が我がアカデミーに留学されるとは……どういう風の吹き回しですかな?」
「自分の至らなさを痛感する出来事がありまして。少し学び直しを」
「そうでしたか。カルティアンアカデミーは学びの場としては最高の環境です。是非多くのことを学んでください」
「ええ。そうさせて頂いています。それで教授、例の亜空間の件ですが――」
挨拶もそこそこに私は本題を切り出した。
これまでレイソール教授とやり取りをしていたのは、重力場が亜空間への入口を形成するという仮説についての話題が主だった。
それはつまり、スターゲートの動作原理を確認するという意味合いであると同時に、私達が破壊したスターゲートから放浪機が飛び出してくる兆候を掴むために重力波を観測するという、私の方法が正しいかどうかという検証の意味があった。
けど、今日の話題はトワが迷い込んだという、ローヴと言う青年と出会った謎の惑星についてだ。
私はトワから聞いた話とアルカンシェルで観測できた事象、そしてカルティアから教えられたローヴの神話について語った。
カルティアから神話を聞いたと話すと、さすがに教授も驚いていたけど……いや、普通は亜空間へ迷い込んだ方を驚くべきじゃないかな?
「なるほど……実に興味深いですね。お話しにあった惑星については亜空間内とは思えない程、環境が安定しているように思えます。もしかすると時空間が歪んでこの宇宙の外……いわゆる異世界や平行世界と呼ばれるような所へと繋がった可能性すら指摘できますよ」
「ローヴの神話が残っていることを考えると、過去の世界である可能性はありませんか?」
「亜空間内では時間の流れすら一定でないということは管理官の観測データからも明白です。この場合、件の惑星が過去にあるのか、未来にあるのかという点はあまり意味がないのかもしれません」
異世界、か……確かにトワが語った巨神なる存在は、私達の知る歴史には存在しないものだった。
フィクションなら異世界と言われても納得は出来るけど、実際にトワはローヴから託された出所不明の「悖理の剣」なる物体をその惑星から持ち帰っている。
つまり、トワの遭遇した出来事はおとぎ話じゃないってことだ。
「教授、ヒヒイロカネと言う金属はご存じですか?」
「メテオライトの事ですね。ええ、もちろん。惑星ベイカーのドレッパー教授が学会に発表されたことで知られるようになったものです。もっともドレッパー教授は……」
「他人から研究成果を盗み、その因果で命を落とした」
「……お詳しいですね?」
「義妹が現場にいましたので」
うん、ドレッパー教授殺害の一件は現場に居合わせたアリサから原因や真相を一通り聞いているからね。
だけど今はヒヒイロカネの件だ。アリサはドレッパー教授にヒヒイロカネの話を聞きに行ったのに、結局は何も聞けないまま教授が命を落とすことになったらしいからね。
けどレイソール教授はヒヒイロカネの名前は知っていたけど、詳細については良くわからないと言った。
それもそうか。
あれは来歴こそ亜空間に由来する可能性があるけど、本体はあくまでも単なる――にしては常識外れな謎の性質を持ってるけど――鉱物素材の一種で、普通なら亜空間研究を行う学者の専門外だからね。
むしろこの件は直接的にヒヒイロカネを入手し、そこから神剣を打ったナミの方が詳しいかも知れない。
「――いや、実に有意義な時間でした。管理官、もしよろしければ我々の空間物理学会に加入されませんか?」
「あはは、お誘いは光栄ですが、ギルドの業務と妹の面倒を見るので忙しくて」
「それは残念です。超光速航行時のデータを公開頂ければ、亜空間研究や超光速船の開発にも役立つのですが……」
「すみません、そのあたりはギルド秘ということで」
そんな事を言いながら、名残惜しそうなレイソール教授に別れを告げた。
随分と話し込んでしまったのでもう陽が落ちてしまっている。
私はビークルを駆ってブランシェリリへの帰路を急いだ。
ビークルを返却し、寮へ戻ると既に夕食の時間は終わっていた。
まぁ仕方ないか……今夜はトワに習って荷物に忍ばせていたグリットで済ませることにしよう。
そんなことを思いながら部屋へ戻ると、扉の前でマリエッタが仁王立ちしていた。
「アイリスさんっ、遅いですっ!」
「ごめん、ちょっと話し込みすぎて……」
「話し込み……って、もしかしてデートですかっ!?」
「いやいや、前に話したレイソール教授に会いに行ってきたんだよ」
「え?……それって、お仕事、ですよねっ?」
「仕事というか、まぁ勉強の一環だね」
「アイリスさん、ワーカーホリック過ぎですっ!お休みの日はちゃんと休んでくださいっ!というか、今そもそも休暇中ですよねっ!?」
まぁ、確かに表向きは1ヶ月の長期休暇ということになってるけど、私が想定しているスケジュールだと基本的に毎日何らかの予定が入ってるのは事実だ。
でもこういう機会でもないと学び直しは出来ないから、と私が言うとマリエッタは心底呆れた顔をして言った。
「アイリスさん、休暇中はちゃんと休んでくださいっ!管理官の体調管理は秘書官の仕事ですから、明日はお仕事も勉強も禁止ですっ!」
「え、困るんだけど……明日はユーディさん達とのミーティングが……」
「秘書官権限で、キャンセルですっ!」
いやいや、秘書官権限って何?管理官権限よりも強いんだっけ、それ?
私がそんな事を抗弁している間にマリエッタはユーディさんに連絡をいれて、明日の予定をキャンセルしてしまった。こういうときの行動力は侮れないよね、マリエッタ……。
「アイリスさんっ、明日はわたしとアウレリアとで見つけたカフェに行きますっ!その後は植物園で散策ですっ!」
「それ、本気の休日モードだよね?」
「本気の休日ですからっ!」
どうやら明日は強制的に休まされる事になるようだ。
まぁここ数日で色々と知識を蓄積したし、その分析と評価に時間を使えると思えば良いか。
「アイリスさんっ、仕事の事を考えるのも禁止ですからねっ!?」
「ええぇ……」




