#10
そして夜……ついに夜会の時間がやってきた。
私とマリエッタは贈り物のドレスを身に纏い、ローズリュージュ寮の建物を訪れた。
「ここ、アカデミーの中にある寮だよね?」
「まるでセヴランス王国の王宮ですっ!」
「あそこまで本格的じゃないけど、でも学生寮には見えないよね……これ、カルティアの趣味なのかな?」
ニーアの星であるセヴランスは王制国家だったから本物の王宮があったけど、ここクレリスは民主主義国家で大統領が統治しているから王族などというものは存在していない。
そして星のオリジネーターであるカルティアは、知識には興味はあっても権力や虚飾の類いに興味を示すとは思えない。
つまり、私達の目の前にあるこのローズリュージュ寮という名の無駄に豪華な建物は、クレリスの富裕層達が作った「上流階級ごっこ」のための場ということだろうか。
まぁ、そもそも茶会に夜会なんていうイベント自体が王制国家由来の催しだからね。
きっと上流ぶりたいエセ貴族の集まりなんだろう。
私はそんな醒めた目でローズリュージュ寮の建物を見つめていたけど、隣にいるマリエッタは豪華絢爛な建物に目を輝かせている。
今日の夜会はマリエッタのための家族サービスだから、この子の憧れに水を差さないように気を付けないと。
「マリエッタ、建物を眺めてても仕方ないから行くよ?」
「はっ、はいっ!ちょっと緊張してきましたっ!」
「大丈夫、本物の王宮で王侯貴族のパーティにも参加したじゃない」
「あれはニーアさんがいたからで……」
マリエッタ的には数日生活を共にして、一緒にご飯食べたり、アニメ見たり、お風呂入ったりしたニーアは友達感覚なんだろうけど、それでもニーアはセヴランス王国の国母たる王妃様だからね。
まぁ、王妃とお友達になれるなら、上流階級ごっこをしてる連中に臆することはないだろう。
通常、この手の夜会に参加する女性は男性からエスコートを受けるのが一般的だ。
セヴランスのパーティでは私達も年若い貴族や同年代の騎士にエスコートして貰ったけど……今回は飛び入り参加なのでエスコートは無し。
なので、私がマリエッタの手を引いてナイト役を務めることにした。
まぁ、私もドレスだから、姉が妹の手を引いてるようにしか見えないだろうけどね。
夜会に参加している女性はみな色とりどりのドレスを身に纏っている。
正直、私のワインレッドとマリエッタのサニーイエローは少々派手すぎると思っていたんだけど、この夜会参加者の中では比較的地味な部類だったようだ。
鮮やかな色彩に金糸や銀糸を使った刺繍。
そして虹色に輝く最新素材を使ったドレス……。
セレスティエルの鋭敏な視覚だと、目がクラクラするぐらいの色の奔流だ。
一方男性参加者は比較的落ち着いたブラックフォーマル主体の装いだけど、中には白いスーツに金の刺繍を入れた勘違い王子様みたいな服装をしている者も混じっている。
当人に興味は無いけど、彼がどういうバックボーンの人間なのか、何故あんな格好をしているのかというメタ的な情報には少し興味が湧いた。
参加者達は三々五々パーティ会場へ入り、それぞれ顔見知りを見つけては挨拶したり談笑したりしている。
私達は特に知り合いもいないので……と思ったけど、よく見ると初日に話を聞いたキルケー教授や先日お世話になったユーディさんの姿があった。
そうか、この夜会は学生寮の入寮者だけじゃなくて、教職員や大学院生にも招待状が出されてるんだね。
私は顔見知りの2人に挨拶を行い、マリエッタの事を妹だと紹介した。
2人とも私がブランシェリリに入寮している事は知っているはずだけど、同時に私が「理事長案件」である事も把握している。
だから私達の姿を見かけても特に気にした様子もなく、普通に接してくれた。
料理を取りに行くというマリエッタを送り出し、パーティ会場を見るともなしに見ていた私は、壁際に1人の少女が佇んでいることに気が付いた。
白に近い淡い紫色のシンプルなドレス。
無駄に思えるほど華美な周囲の雰囲気とは違う、透明感を持つその子の横顔は……。
「……トワ?」
思わず、私は妹の名を口にしていた。
でも、トワがここにいるはずはない。あの子は100パーセク近く離れたダンディライアンへ向かっているから。
でも、その子の横顔と綺麗な銀髪は、どうしてもトワを思い起こさせるものだ。
うん、それもそうだろう。
だってあの子は、トワの姉妹であるエトワールの血を引く女の子だからね。
「アウレリア」
「え?……あれ?アイリスさん?どうしてここに?」
そう、壁際で所在なげに立っていたのは、私達の旧知であるアウレリア・ローラ・セレスセラだったんだ。
そう言えばこの子はクレリスへ留学するって言ってたけど、カルティアンアカデミーに留学してたんだね。
アウレリアをこれまで見かけなかったのは、ブランシェリリではなくてローズリュージュに入寮してるから、かな?
まあそれもそうか。アウレリアのスポンサーというか保護者であるリルカは超の付く過保護だし、留学するなら最高学府、最高の環境って言うのは目に見えてるからね。
私がそんな事を思っていると、料理を持った皿を両手に持ったマリエッタが戻ってきた。
「わぁ、アウレリアさんですっ!」
「マリエッタも?あれ?じゃあトワ達もいるの?」
「ううん。あの子とアリサは別行動」
私がそう告げると、アウレリアは興味津々といった表情で私に近づくと、耳打ちしてきた。
「ね、ギルドの秘密ミッションか何か?ボクも手伝おうか?」
「いやいや、ここへは純粋に勉強しに来ただけだよ。色んな先生に話を聞いて回ってるんだ」
「色んな先生って……あれ?もしかして、今話題の辻斬りってアイリスさんのこと?」
「辻斬り!?」
「……ちがったっけ?……あ、道場破りだ」
辻斬りと道場破りじゃ随分違うでしょ。
というか、私別に辻斬りも道場破りもしてないし。
そう思ってアウレリアになんのことか確認すると、彼女は今学内で話題になっているという噂を聞かせてくれた。
なんでも、未成年に見える小さな女の子が研究室へ殴り込みを掛けて、教授を論破して回っているんだとか。
「……えっと、それもしかして私のこと?」
「色んな先生のところを回ってるんでしょ?アイリスさん、年より若く見えるし」
余計なお世話だ。というか、23歳なのに10代前半に見えるアウレリアには言われたくない。
しかし道場破りってどういうことなんだろう。私、純粋に教授達に話を聞きに行ってるだけなのに。
「政治学系の先生が手強い学生が来たって言ったし、経済政策と政治史の教授はぐうの音も出ないぐらい論破されて、情けない教授を見限って院生が講座を辞めたって聞いたけど?」
「それ、さすがに尾ひれが付きすぎじゃないかな……」
「でもその話ってアイリスさんの事なんだよね?なら、なんで英雄が来てるって噂になってないの?」
「……アウレリア、それどこで聞いたの?」
「色んなとこだよ。英雄愛好会とかあるらしいよ?ご本尊様が登場したら大歓迎されるんじゃないかな」
「私、今アイリス・プランタジネットって事になってるから内緒にしてね?」
「……ああ、なるほど」
外見は幼く見えるけどアウレリアは頭の回転が速い。
なので、私が偽名を名乗っている理由を直ぐに理解してくれたけど……でも、その代わりと言わんばかりに何かを企んでるような笑顔になった。
「ね、じゃあ留学中はボクも一緒に行動していい?ボクも政治経済専攻だし」
「寮が違うけどいいの?」
「いいよ。ここの寮生って見た目ばっかり派手だけど、中身はみんなお子様だから正直つまらないんだよね」
外見がお子様なアウレリアにそう言われてると知ったら、ローズリュージュ寮の学生達がどう思うやら。
それにしてもアウレリアは政治経済を勉強してるのか……この感じだときっと留学が終わったらアノインティングでセレスセラの仕事でも手伝うつもりなんだろうね。




