#9
私は友人の配慮に感謝して、明日の夜会に参加することにした。
しかし、夜会かぁ……壁の花でいたかったんだけど、このドレスをみるとそういうわけにもいかないかな……。
「アイリスさんっ、これ、どうやって紐を結ぶんですかっ!?」
「ああ、そこはコルセットになってるから先にホックをはめないと駄目だよ……っていうか、もう着るの!?」
「だって、こんなドレス初めてですからっ!すぐに着たいじゃないですかっ!」
どうやら今夜の「勉強」はドレスの着付け講座になりそうだ。
でも、ドレスに目を輝かせたマリエッタを見ているとそれも悪くないかなと思った。
なにせこれがトワなら、ドレスを見た時点でどんよりした瞳になるだろうし、着替えと言ったら逃げ出してただろうからね。
翌朝。私達はエミールに今日の夕食が要らないことを告げた。
夜会、一応食事が出るからね。でも私の言葉にエミールは不思議そうな顔をして言った。
「夜会……って、ローズリュージュの?」
「うん、そうだよ」
「あれって招待状が必要だよ?それにドレスコードもあるし、いきなりは参加出来ないんじゃないかな?」
「招待状もドレスもあるよ?」
「え……?どうやって手に入れたのか、聞いてもいいかな?」
エミールはどことなく不安そうな顔でそう言った。
うん、彼が考えていることは判るよ。
なにせ私もマリエッタもブランシェリリに入寮している身。普通に考えればそれはあまり裕福ではないというのと同義だから、ドレスを持ってるはずがないし、招待状が送られてくるはずもない。
なので、何か不正な手段で参加権を手に入れたのではないか、もしくは詐欺にでもあってるのではないか……と思っているんだろう。
まぁ、カルティアが手配してくれたというのは完全に合法だけど、正当な方法かというとそう言い切れない部分もあるけど。
「謎のパトロンがドレスと招待状を送ってくれた……っていう説明で納得してくれる?」
「それ、無理があるって自分でも思ってるでしょ?」
「うん。でも事実だから」
まぁ謎じゃないけど、パトロンが送ってくれたのは事実だしね。
私はエミールを誤魔化すために、あえて無垢で魅力的な少女を装った笑みを浮かべてみた。
視界の端でマリエッタも同じような表情を浮かべている。
いや、真似しなくてもいいんだけど。
「……まあ、招待状とドレスがあるなら問題ないと思うけど……でも、そんなパトロンがいるならどうしてローズリュージュに入寮しなかったんだい?ブランシェリリ寮長の僕が言うのもなんだけど、あっちの方が生活は快適だと思うけど」
「夜会とかお茶会とかが面倒だったから」
「……面倒なのに行くんだ?」
「まぁ、今回はそんな気分ってことで」
うん、自分でも支離滅裂だと思う。
謎のパトロンがいるのに、あえてセルフサービスの寄宿舎を選ぶ。
その理由が社交は面倒、と言いながらも夜会へ出る準備を進めている。
エミールが黙って肩をすくめる程度で済ませてくれているのは、彼が細かいことを気にしない性格なのか、それとも私達が非常識な存在だと思われているのか……。
後者のような気がしてならない。
きっとトワならこんな時「解せぬ」って言うんだろうな。ふとそんな事を思った。
夜会と言うからには当然開催は夜からなので、私はその日もアカデミーの研究室を回って学者や学者の卵と交流を行うことにした。
今日の訪問先は情報の拡散についての知見を得るために選んだ、マスメディアの記者出身でメディア理論を研究するロンド准教授。
しばらく当たり障りのない話をしているうちに本命の話題、インフラの崩壊した社会でのメディア戦略についての話になった。
デモクラスを想定した、「インフラが崩壊した社会」でどのようにしてメディアは情報を届けうるのかと問うた私に対して、ロンド准教授は言った。
「メディアの神髄は真実を掘り起こし、それを社会に循環させること。私は現場でそう教わりました。ただしメディアとは本来情報を媒介する器にすぎない。通信網のようなインフラが機能を停止してしまえば、器は沈黙せざるを得ません。情報は真実であっても、届かなければ存在しないに等しいのです」
彼の見解はもっともだった。
もし真実を知り得たとしても、それを伝える術が無ければ皆に真実を共有することはできない。
おそらくデモクラスで唯一、星が破滅する未来を確信していたセノンさんが陥っていた状況はまさにロンド准教授が言う通りのものだったから。
私がそんな事を考えていると、何かを思い出したのか少し笑ってロンド准教授は付け加えた。
「私の教え子の1人がまさにそのような環境へと飛び込んでいきましたよ。本人は『英雄的な行い』だと言っていましたが、器としてのメディアが存在しない惑星で、彼がどうメディア理論を実践するのか……。私が生きている間に結果が聞ければ良いのですが」
「英雄的な……?」
「ええ。6年……いえ、もう7年も前になりますか。長らく鎖国していた星が若手研究者をアドバイザーとして募集したことがありまして。彼はそれに応募したのです」
「……もしかして、その惑星はタカマガハラですか?」
「おや、お若いのにご存じでしたか。ええ、そのタカマガハラです」
タカマガハラというのはかつて宗教統治が行われていたロストプラネットで、私達が関わったC3奪回ミッションの舞台となった星だ。
騒動の結果として宗教統治は崩壊し、今はギルドの直轄地としてゆるやかな制度改革が進んでいる最中で……というか、私自身が名目上はギルドの直轄地になったタカマガハラの管理を担当しているんだけどね。
そしてこの星出身で「英雄的」な事を好む「メディアを学ぶ学生」と言うと……もしかしなくても。
「ロンド先生、もしかするとその学生さんの名前は、ライアン・ハルフォードですか?」
「おや、ライアン君の知り合いでしたか。なるほど、それでタカマガハラの事も知っているのですね」
ロンド准教授が都合良く誤解してくれたせいで余計な嘘をつかずに済んだけど、やっぱりか。
エミールがジェイコブ達は留学していると言っていたことと合わせて考えると、おそらくジェイコブとクロエ、そしてライアンの3人はタカマガハラの手助けに参加してくれているということなんだろう。
私自身は3人と軽い顔見知り程度だけど、トワとアリサはジェイコブとクロエの事を戦友だと言っていたし、とても頼りになるとも言っていた。
そんな人達がタカマガハラの……アキラの助けになってくれるのなら心強い。
そんな事を考えながら、私はロンド准教授の研究室を辞去した。
それにしてもタカマガハラのアドバイザー派遣事業か……確かアリサの知己であるヨーコというテロマーも参加しているんだっけ。
ヨーコという人物は優秀だけど謎めいていてつかみ所がないとアリサは言っていた。
そんな扱いづらそうな人材に加えて英雄マニアのライアン……アリサが負傷して入院している病室で、私の顔を見るなり「英雄アイリスだ!」と大騒ぎしたので速攻で出禁にしたイメージしかない、あのライアンか……。
物静かで思慮深いアキラが2人に振り回されそうな気がして、少しだけ申し訳ない気がした。
いや、ジェイコブは礼儀正しく理知的だったし、クロエは見た目と言動こそ軽薄な印象だけど中身はハルフォード組の3人の中では一番しっかりしてたから、あの2人が頑張ってくれればなんとかなるかな?
ともあれ、アドバイザー達がタカマガハラに到着するタイミングで1度アキラに連絡してみようと、私は思った。




