#8
>>Iris
次の日の研究室訪問は割と空振りだった。
政治史と経済政策の教授はいずれも年かさの大御所だったこともあって、私が提示したケーススタディを「そんな事はありえない」と取り合ってもくれなかったんだ。
それはつまり、学術的な観点からみればデモクラスの事態は極めてレアなケースで、今後同じような事が発生する可能性は低いことの証左でもあったけど……。
正直、頭が固い先生と話すのは時間の無駄になるってことは、理解できた。
でも、良い出会いもあった。
経済政策の研究室で同席していたユーディさんっていう大学院生の人が、研究室を出た私を追いかけてきてくれたんだ。
なんでも彼女は教授と違って経済的な要因が政治的破局をもたらす可能性は十分に考え得る、むしろこれまでそんな考えに思い至らなかったと言ってくれた。
そして彼女は若手の研究者が集まって自発的に研究を行っている共同研究室へ案内してくれた。
そこは様々な研究室に所属している大学院生が集まっていて、私が提示した仮説について多彩な学問領域から意見を述べてくれたんだ。
うん、これこそ私が求めてた学際的な視点ってやつだ。
確かに教授達と比べると院生さんの知識はやや浅いし、理論構築も甘い部分が目立つ。でもそれゆえに議論や検討の余地は大きかった。
「ユーディさん、ありがとうございました。とても有益な議論ができました」
「こちらこそ……アイリスさん、お若いのにすごいですね。まるで『英雄アイリス』みたい」
「あはは……英雄、ですか……?」
「そう!実はこの星に伝わる伝説的な英雄がいてね、その人の名前もアイリスって言うんだけど――」
そう前置きするとユーディさんは「英雄」への憧れを語ってくれた。
彼女はとても勉強熱心で親切な人だから、私がその本人ですと名乗り出られないのは心苦しかったけど……まぁ、最終日に挨拶がてら名乗っても良いかな、と思ったりもした。
思わぬ出会いに満足して寮へ戻った私を驚きが待ち受けていた。
なにやら大荷物が届いていたのだ。
この星で私がここにいる事を知っていて、かつ荷物を送りつけてきそうな相手と言えば……もちろんカルティアしかいない。あの子、何を送ってきたんだろう。
宛先は私とマリエッタの連名になっていたのでマリエッタが戻ってくるまで開封はおあずけにして、先に今日の内容をレポート化することにした。
草稿を書き上げて若手研究者のネットワークにアップすると、既に何人かが今日のまとめと検討すべき課題を挙げてくれていた。
うん、やっぱり若手の人達は動きが速い。……まぁ、若手と言っても、私よりは何歳も年上の人ばかりなんだけどね。
夢中になって投稿されたテキストを読んでいた私は、肩を叩かれて我に返った。
「アイリスさん?」
「マリエッタ?いつ帰ってきたの?」
「えっと、10分ぐらい前ですっ。アイリスさんに声を掛けてもお返事なかったので、とりあえず着替えて夕食を食べに行く準備してたんですけどっ」
「ええ……私、そんなに集中してた?」
「はいっ、管理官のお仕事中よりも集中してましたっ!」
いや、それはちょっと困るかな。
私、一応管理官の仕事も集中してるつもりだから。
「ところでこの荷物、何ですかっ?」
「たぶんカルティアからだと思うけど……マリエッタが帰ってくるまで開けるの待っとこうと思って。まだ開けてないんだよ」
「うへぇ、先に開けてくれてて良かったのにっ!」
「まぁ、何にせよ先にご飯食べてからにしようか」
「はーいっ」
マリエッタは素直にそう言って部屋を出て行った。私も後を追いながら、ふと振り返って大きな箱を見つめる。
大昔の寓話に登場する大きな箱には、ろくでもないモノが入ってるのが相場だった気がする。
この中身が何かはわからないけど、楽しみにしているマリエッタのためにも……願わくば幸せが入っていますように。
そんな事を思いながら私は食堂へと向かった。
「今日もお腹いっぱいですっ!」
「うん、マリエッタはちょっと食べ過ぎてるんじゃないかな……?」
「でもアリサさんもトワさんも、普段もっと食べてますよぉ!」
「いや、アリサは燃費最悪なテロマーだし、トワもそれなりに燃費が悪いからね?あの2人並に食べてたらお腹周りがすごいことになるよ?」
「で、でもマリエッタも成長期ですからっ!」
確かにマリエッタは出会ってからの数ヶ月で背も伸びたし、痩せぎすだった体にも随分と肉が付いて女の子らしい体型になってきている。
まぁ、これまで極貧生活だった分を取り戻していると考えれば良いのかもしれないけど……。
「それよりアイリスさんっ、箱開けましょうよっ!」
「そうだね。さて何が出てくることやら……」
もちろん部屋の中央に鎮座している箱の存在を忘れていた訳じゃないけど、なんとなく開けるのを躊躇ってたんだよね。
でも夕食も終わったし、未開封のまま寝るというのもちょっと違う気がするし。ここは意を決して開けるしかないか……。
私は正面が観音開きになった軽量樹脂製の箱を開封する。
と、中に入っていたのは……。
「これ、ドレス?」
「わぁ!綺麗ですっ!アイリスさんのドレスですかっ!?」
「……でも2着入ってるよね?」
そう、箱はまるでクローゼットのような構造になっていて、中にはワインレッドとサニーイエローの2着のドレスが入ってたんだ。
この色合い、もしかして……。
私はワインレッドのドレスを手に取り、自分の体にあててみる。
うん、これは私の体型に合わせたサイズになっている。
ということはサニーイエローの方は……思った通り、私には小さい。主にバスト回りとヒップ回りが。
つまりこれは……。
「こっちのはマリエッタのドレスみたいだよ?」
「はへ?わ、わたしのドレス……ってどういうことですかっ!?」
「ちょっと合わせてみて?……うん、やっぱりそうだ」
「も、もしかしてこれ代引き詐欺ってやつですかっ!?送りつけられた荷物を開封したら代金払わないといけないやつですかっ!?」
「いや、代引きじゃないし、そもそも送り主はカルティアだろうし」
「き、機姫さんがどうしてドレス詐欺をっ……!?」
マリエッタは目を白黒させてるけど、私はおおよそ想像が付いた。
けど、念のためカルティアに確認しておいた方がいいかな。お礼も言わないといけないしね。
そう思った私はフォトンタブでカルティアをコールした。ほどなく、ホロディスプレイに見慣れた機族の姫の顔が映し出された。
『こんばんは、アイリス』
「こんばんは。荷物、届いたよ」
『あら、早かったですね。気に入って頂けましたか?』
「うん、ありがとうカルティア。これ、夜会用のドレスだよね?」
『はい。ローズリュージュの夜会はドレスコードが指定されておりますから』
「私達、ブランシェリリへ入寮したんだけど?」
『それでも夜会に出席されるでしょう?』
うん、つまりそういうことだ。たぶん、留学初日にやり取りをした職員さんから理事長に報告が行ってたんだろうね。
私……というより、マリエッタが夜会に参加したがってるって。
私は一応管理官として社交を行う必要があるからイブニングドレスなら持ってるけど、もちろんそんなかさばるものはアルカンシェルに積んだままで、寮に持ち込んではいない。
それにマリエッタに至ってはそもそもドレスなんか持ってないだろうしね。
なので夜会に参加するとしても、ドレスコードに引っかからない程度のよそ行きの服で適当におめかしして、目立たないように会場の端で会を眺めておこうと思ってたんだけど。
『折角のキャンパスライフですから、楽しんでいただければと思いまして。余計でしたか?』
「ううん。嬉しいよ。ね、マリエッタ?」
「は、はいっ!機姫さん、ありがとうございましたっ!」
『私が把握しているスケジュール通りなら、明日に夜会が開催される予定です。お二人に招待状を出すよう指示をしていますので、明日朝には届くはずです』
「なんか至れり尽くせりだね?」
『お友達のためですから』
そう言うとカルティアは片目のカメラアイを一瞬消灯してから通信を終了した。
エイギスがやっていた機族版ウィンクをいつの間にかカルティアも身につけたらしい。




