#6
寮に住んでいるのは男子学生が25名、女子学生が18名……だったけど、私達が加わって20名らしい。
通いの学生が多いこともあるけど、寮生活を選ぶ学生の大半はローズリュージュへ入寮することもあって、ブランシェリリは人が少ないとエミールは説明してくれた。
ちなみに夕食を共同食堂で食べない寮生もいるらしくて、結局作った料理は30人前ぐらいだった。
つまり、この後食堂で自己紹介すれば30人弱の学生に顔と名前が知れ渡る訳だけど……その中に「英雄アイリス」に詳しい学生がいないことを祈るばかりだ。
食事の前に簡単な自己紹介をしたけど、特に寮生の間からは目立った反応は無かった……と、思う。
いや、この所政争だとか陰謀だとか、面倒な交渉事だとか、そういう殺伐とした人間関係ばかりだったから、気楽な学生生活を送っている若者相手だとどうも勝手が違うんだよ。
こちらに向けられる感情に鋭さがないというか、何というか……。
私も年齢的にはここの寮生と同じ年代なんだけど、どうも旅に出てから精神的にスレてしまった気がする。
でもまあここにいる間、私はギルドの幹部ではなく一介の学生だし、気楽な空気に浸りながら勉強をさせてもらってもバチは当たらないだろう。
翌朝。昨晩作った食事の余りを軽めの朝食にして、私はキャンパスへ向かった。
目的地はあたりを付けていた政治学を専門とする幾人かの教授がいる研究棟だ。
ギルドネットを注意深くチェックしていたけど、今のところまだギルドがデモクラスへ全力制裁を行ったという情報は公開されていない。
おそらく職員の死亡確認を行ったナイチンゲールをヒナが統括局に届けるまで、手続き的に公開できないのだと私は考えている。
なら、今のうちに……政治学の研究者に崩壊前のデモクラスが置かれていた状況を架空のケーススタディとして提示して、どのタイミングでならギルドの制裁を回避しうるシナリオが描けたか議論しておきたい。
ギルドが制裁を行ったことが公開されてしまえばこの話は架空のケーススタディではなくなってしまうし、その場合は議論の内容が制裁実施の是非にシフトしかねないからね。
だけど私が欲しい知見は制裁の是非ではない。
次にああいう状況に直面する事があったとしても、1人でも多くの命を救う方法を考える手がかりが欲しいんだ。
だから制裁の事実が公開されるまでに……1人でも多くの専門家に話を聞く必要がある。
もちろん、「理事長案件」の留学生が妙にリアルなケーススタディを持ち込んだ数日後に、ほぼケーススタディ通りの制裁実施が公開されたりすれば、私の正体に感づく教授もいるだろう。
でも私の正体を秘匿するのはあくまでも学びの効率を上げるための手段でしかない。
仮に身バレしてしまえば……その時はその時だ。私は別に後ろ暗い事をしてる訳じゃないし、多少注目を集めて動きにくくなる程度は甘受すべきリスクだろう。
そんな事を考えているうちに、朝一番でアポイントを取っている研究室にたどり着いた。
「失礼します、お話を伺いたいとアポイントを取らせて頂いている、アイリス・プランタジネットと申します」
「ああ、話は聞いているよ。珍しく機姫カルティア様が推薦した学生さんだそうだね。で、何やらケーススタディについて意見が欲しいそうだが?」
「キルケー教授、お忙しいところお時間頂いて感謝いたします。実は……」
寮へ戻った私はベッドに寝転びながら、今日の対話について思い返した。
午前中に話を聞いたキルケー教授は政治理論の専門家。午後からは公共政策と外交政策の専門家にそれぞれ話を聞いた。
細部は違ったけど、3人の教授は概ねデモクラスの問題は埋蔵資源を財源とした公共政策の行き過ぎに起因すること、そして民衆が真摯に政治に向き合わなかった事が原因だと結論づけていた。
つまり、デモクラスが破滅する予兆は、C3が産出された時点から始まっていたということだ。
さらに私が続けて問うたC3の買い取り価格が相場よりも高値であった事は影響するか、という視点についても程度の差はあれ影響があると全員が回答した。
つまり、ギルド支部が買い取り価格を相場通りに抑えていれば、デモクラスの破滅は回避出来た可能性があるということになる。
「高額買い取りは経済的視点から見ればデモクラスに利のあることだったはず。だけどその判断が数百年後の破滅を招く引き金になるなんて……想像できないよね、普通は」
明日は政治史の専門家に、政治犯が集められた星という特殊性が衆愚政治を招く要因になりうるか話を聞いてみよう。
あと時間が取れれば経済学者にも経済的な利益が社会秩序の崩壊を招くケースがあり得るかを確認してみよう。
そう決めた私は、まず手始めに今日聞いた話を元にしたレポートを作成することにした。
私の理解が正しいか、そして問題提起のポイントがずれていないか。教授達に確認して貰うためには言語化して評価して貰うのが一番だからね。
私がベッドから起き上がってレポートに取りかかろうとした時、マリエッタが戻ってきた。
「ただ今戻りましたっ!」
「おかえり。遅かったけど、何か面白いものでもあった?」
「はいっ!エミールさんに案内してもらって学内を見てきましたっ!そしたら、なんとですねっ、このキャンパスにドローン部があったんですっ!」
「ドローン部……?」
「えっと、正式にはドローン格闘研究会っていうそうなんですけど、エミールさんがそこの副代表らしくてっ!」
マリエッタが嬉々として語ったところによると、クレリスでは数年前からドローンバトルに注目が集まっているらしくて、このアカデミー内でも独自開発したドローンを使ってドローンバトルを行うためのサークルがあるらしい。
「で、ブランシェリリとローズリュージュがそれぞれドローンバトルの為のサークルを持ってる、と」
「はいっ!マリエッタは当然ブランシェリリの方へ入部しましたっ!」
「え?即日入部?」
「はいっ!」
……まぁ、マリエッタは政治や経済にはあまり興味が無いだろうし、工学部へ行けないフラストレーションをサークル活動で発散できるならこの子の時間も無駄にならないだろう。
なら、私が口出しをする必要はないけど……。
でも、少し気になる事があった。
「ところでマリエッタ。数年前からドローンバトルに注目が集まったって言ったよね?それ、何かきっかけがあったの?」
「えっと、聞いた話だと大図書館をドローンの集団が襲撃するテロ事件があって、その時にある機族の人が全部ババーン!ってやっつけたらしいですっ!クレリスの人達、その戦いをホロビジョンで見て大興奮したらしくて、ドローンを作りたいって声が広がって……そうしたら、その機族の人が『我が前に立ちたければより強くあれ』とか言ってその人への挑戦権を賭けたトーナメントが行われるらしいですっ!」
マリエッタの語った話は思い当たることだらけだった。
大図書館をドローンが襲撃する切っ掛けになったのは、アリサがARゲームで無双してシステムが暴走した事が遠因だし。
無数のドローンを単騎で打ち破った機族の人っていうのは、言うまでもなく私の友人でもある守護騎士エイギスだし。
彼はカルティアを守る事以外に関しては割と無頓着な上に襲撃なんて滅多にないから、少しストレス発散したがってる気配があったし。
どうやら野良でドローンバトルが流行ってるのを知って、自分も飛び入り参加したくなったんだろう。
つまり、ドローンバトルとやらが誕生した経緯は私……というよりもトワとアリサに遠因があって、エイギスが腕試しをする相手を作るためにコンテストを開催しているってことだ。
なんてことだ。内政干渉じゃないけど、思いっきりクレリスに文化的な影響を与えてるじゃない、アリサ……。
まぁエイギスが強くなればカルティアの身は安全になるわけだし、この星のオリジネーターであるカルティアが反対してないなら問題にはならないとは思うけど。




