#5
>>Iris
寄宿舎の建物は思っていたものとは違って、落ち着いた上品な白壁の外観を持つ建物だった。
石造りの3階建ての建物がコの字型に配置されていて、中央部には中庭が設けられている。
無料の寄宿舎だと聞いていたから、てっきり質素で粗末な雰囲気でブランシェリリの名前には似ても似つかない所だろうと想像していたんだけど、意外と名前に似合ってる感じだね。
まぁ、ここはカルティアの名を冠するクレリス最高の学園だから、その寮が貧相な訳はないんだけど。
今はまだ講義時間中らしく、寮内には人影はなかった。
アルカンシェルから降ろした身の回りの手荷物を持って、私達に割り当てられた部屋へと向かう。
職員さんが教えてくれたC棟の301号室という部屋番号を頼りにたどり着いたのは、3階の角部屋だった。
こういう建物で最上階の角部屋って一番競争率の高い良物件だと思うんだけど……そんな所を使ってもいいんだろうか。
「わぁ、綺麗なベッドに机も付いてますっ!」
「逆に言えばベッドと机ぐらいしか無い部屋だけどね……」
はしゃいだ様子で言うマリエッタの事を微笑ましく思いながらも、私は思わずそう口に出していた。
うん、そう広くない2人部屋には本当にベッドと机、そして作り付けの衣装棚ぐらいしか家具らしいものは何もなかったからね。
もっともここは快適な滞在を約束するホテルじゃないし、勉強するための場所だと考えれば最低限の家具でも十分だ。
「マリエッタ、荷ほどきしたら寮内と周辺を見に行こうか」
「はいっ!楽しみですっ!」
「でも本当に良かったの?ドローンの勉強するなら、今からでも別キャンパスに……」
「わたしっ、アイリスさんの専属秘書官ですからっ!」
「いや、休暇中だから別に秘書の仕事は無いよ?」
「うう、アイリスさん酷いですっ!そんなにマリエッタと別行動したいんですかっ!?」
「いや、そうじゃないけど……」
私は善意のつもりで別行動を提案したんだけど、どうやらマリエッタにとっては私と一緒にいることの方が勉強よりも優先順位が高いらしい。
まぁ、今はあくまでも休暇中だ。この子の好きにさせてあげればいいか。
「私は特定の時間割で講義を受ける訳じゃないから、キャンパス内を色々と回ってるけど……マリエッタはどうするの?」
「この寮を拠点にしてキャンパス内を色々見て回りますっ!何か面白いことがあるかもしれませんしっ!」
「わかった、じゃあ昼間は別行動、それ以外の生活は一緒……でいいかな?」
「はいっ」
その後、私達はまず寮の中を見て回った。
私達の部屋がある3階は2人部屋だけど、2階と1階の一部は4人部屋になっていた。
勉強に専念すること、そして身バレを防ぐ意味では2人部屋を割り当てて貰えたのは幸運だけど……。
これは運の良し悪しというより、おそらくカルティアが配慮してくれたんだろうね。
コの字型になった寮の両ウィング棟は男女別に別れた寄宿部屋。
私達の部屋がある左ウイングはC棟と呼ばれる建屋で、女性棟になっている。
男女棟は物理的に接続してるけど、中央部分の共有部のA棟には自習部屋や水回りがあって、そこが境界線のような扱いになっているみたいだった。
中央部分の1階には共同キッチンと広めの食堂、そして談話スペースがあるから、普通に親睦を図るならここを利用すれば十分だろう。
これが未成年者が学ぶスクールの寮だと男女別が徹底されるんだろうけど、ここはあくまでも成人した年齢層を対象としたアカデミーの寮だからね。
異性の部屋を訪問するのは「当人から招かれている」上で「良識的な範囲内」であればOK。
ただしお泊まりはNGという規則になっているみたいだ。
もっとも今の私には異性の訪問やら、お泊まりやらは無縁な話だけどね。
「アイリスさんっ、ここのキッチンは当番制みたいですっ!」
「ホントだね……でもこれ、1ヶ月ぐらい先まで当番決まってるよね?」
「……ですねっ」
「と言うことは私達には当番が回ってこないってことかな?」
「うう、ちょっと寂しいですっ!」
短期留学だし、今日ここへ来てからブランシェリリへ入寮することを決めたから、当番表にはもちろん私達の名前は入っていない。
けど、未成年に見える――マリエッタは実際未成年だ――小娘が、当番に参加せずに食事を食べるのは気が引けるし、ここは自主的に手伝いに参加すべきだろうね。
見たところ今日の当番は名前からみて男子学生らしいし、初日の挨拶も兼ねて今日はキッチンに立つことにしよう。
寮を一通り見て回った後、キャンパスも見学しているとあっという間に夕方になった。
私とマリエッタは寮へ戻り、キッチンへと向かう。
外から覗き込むと、どうやら今日の当番学生は既に集まっていて料理の準備を始めているようだった。
私はキッチンの扉を叩き、最寄りの男子学生の注意を惹いてから声を掛けた。
「すみません、今日からしばらく短期留学するアイリス・プランタジネットって言います。こちらは妹のマリエッタ。なにかお手伝いさせて頂けることが無いかと思ってきたんですけど」
「ああ、職員さんから聞いてるよ。丁度人手が足りなくて困ってたところだったんだ。入寮したところなですまないけど手伝って貰えるかい?」
細身の、たぶん二十歳ぐらいの男子学生が愛想良くそう言ってくれた。
キッチンの中に目をやると男子学生が彼を含めて3人……確か当番表には4人の名前が書いてあったはずだから、どうやら人手が足りないというのは本当のことのようだ。
「判りました。何をお手伝いすれば……えっと?」
「そう言えばまだ名乗ってなかったね。僕の名前はエミール・ハルフォード、一応ブランシェリリの寮長を任されてるんだ。まあ寮長と言っても奨学金の足しになるように雑用を引き受けているだけなんだけどね」
「寮長さんだったんですね。1ヶ月の短期留学ですがよろしくお願いします」
「お願いしますっ!」
積極的に学生生活をエンジョイするつもりは無かったけど、寮生とは良好な関係を築いた方がよいとは思っていたし、初手から寮長と知り合えるのは幸運だったかもしれない。
講義時間中、マリエッタは1人で行動することになるだろうから、何かあったときはエミールという寮長に窓口になって貰えるのは心強い。
……と思ったんだけど、少し引っかかることがあった。
ハルフォードという名前……珍しい姓ではないけど、クレリスのアカデミーで奨学生……?
「ジェイコブ……ハルフォード……?」
「おや?君はジェイキー兄さんを知ってるのかい?」
「お兄さん?」
「ああ、血縁じゃないけどね。僕もジェイキー……ジェイコブ兄さんも同じハルフォード孤児院の出なんだよ」
なんてことだ!
「英雄アイリス」信奉者であるジェイコブの「弟」と出くわすとは……。
しかも迂闊にも私がジェイコブと知り合いであることをバラしてしまった。
そして、どう言いつくろうかと思案した一瞬の沈黙が命取りになった。
「わぁ、マリエッタも孤児院出身なんですっ!」
「おや、そうなのかい?じゃあキミ達も……」
マリエッタと姉妹ということは、自動的に私も孤児院出身ということになってしまう。
ここで孤児院出身なのはマリエッタだけだと言うと姉妹設定が崩れるし、さりとて嘘の経歴を語るのも心苦しい。
どうして初日からこんなピンチに陥ってるのよ、私。
「ええ、まぁ……同じ組織の所属です」
「……なるほど」
所属、という微妙な表現にエミールは一瞬首をかしげたけど、それ以上の詮索はしてこなかった。
この小さな違和感があとあと面倒な事にならなければいいんだけど。
そんな事を考えながら私達はエミールの指示に従い、その日の夕食の準備を手伝った。




