#14
「それにしてもギルドが超光速船を保有しておるとは。そんな技術格差も知らずに儂らの政府はギルドに敵対しておるのか……。蟷螂の斧とはまさにこのことじゃ。ギルドはデモクラスという星すら容易に砕くやもしれんな……」
「星を、砕く……?」
セノンの言葉を聞いてヒナがそう呟きました。
おそらくギルド艦隊の攻撃で星が破壊されることを想像しているのでしょうが、いくら艦隊の攻撃でも星そのものを破壊することはできません。
もっとも惑星上は火の海になるでしょうけど。
その後、私達はセノンとマナに脱出時の荷物をまとめるよう指示を行いました。
彼らをどこの星へ送り届けるにしても生活必需品は現地で調達可能ですから、持ち出すものは個人的に大切なものだけで良いと伝えました。
結果としてセノンはこの星の歴史を記した書物を、マナは小さい頃からの愛読書らしい絵本を選んだようです。
さすが図書館で生活していただけあって、2人とも大事なものは本なのですね。
セノンは学者らしい選択ですが、マナも本を選ぶのは意外でした。
トワ様もマナの選択が気になったのか、彼女が持つ絵本を興味深く見ておられます。
「マナ、それ何の本?」
「さんどりよん」
「さんどり……?」
「トワ様、それは一般的に『シンデレラ』と呼ばれている物語の原作にあたるものです」
「ほほう」
サンドリヨンは確かに童話ですが、古語で書かれていたはず。マナは古語が読めるのでしょうか?
これまで接したデモクラスの住民達から受けた印象では、この星の教育水準は正直なところ一般的な惑星よりもかなり低いと感じました。
論理的に考える力や一般常識、基礎的な科学知識。そして倫理観……そういった文明社会を構成するために必要な資質が欠けているとしか思えませんでした。
もちろん、状況的に惑星の教育体制は既に崩壊しているでしょうから、その影響もあるとは思いますが……。
この星が辿った命運を考えれば、おそらく教育の軽視は埋蔵資源が豊富に産出されていた黄金期から始まっていたはず。
……そもそも、民主主義というシステムは民衆の知的な成熟度に依存した政治形態です。
民衆の政治意識の高さや政治に対する健全な批判、公平な意見表明といったものが実現できていない稚拙な環境で、教養とは無縁の民が多数政治に関われば。
民主主義が我欲に捕らわれた衆愚政治へと転落するのはある意味当然の結果だと言えるでしょう。
一方でマナはサンドリヨンの件を見ても判るように、おそらく学者である祖父による個別教育を受けているはずです。
この壊れかけた星にあっても優れた知性や倫理観を維持している彼らの姿は、個人の資質というよりも教育というものの重要性を示しているように思えました。
ですが今はマナの知性よりも大事な話が2つあります。
「セノンさん、あなた方以外にも星外へ脱出すべき人物はいますか?あまり多くは救えませんが、数人程度なら私達で星外へお運びすることも可能ですが」
「ご厚意には感謝いたすが、既にこの星はもう手遅れですじゃ。もう何十年もまともな教育は行われておりませぬ。民は皆、与えられる事を当然と思い、与えられない事に怒りを感じる者ばかり。余所の星へ行っても迷惑を掛けるだけじゃろうて」
セノンはやはり賢明な人物です。
感情的に助命を願い出るのではなく、移住先の星に対する影響までも考慮しています。
小さな子供には罪はないのかもしれませんが、親から引き離された子供は1人では生きてゆけない。そして親を伴って移住させればその親が問題を引き起こす。
ならばデモクラスの澱みはこの星と共に……と考えているのかもしれません。
既に退避勧告が出されている訳ですから、後に残っている者はみなデモクラスの価値観に染まっている者。
セノンが自身と同じような立場の人間を挙げないということは、おそらく彼らのような人間はもうこの星には残っていないのでしょう。
それに、どちらにせよ私達がこの星へ来た目的は救うべきデモクラスの民を探すというものではありません。
消息不明のギルド職員に対する「安否確認」が与えられたミッションなのですから。
「ではセノンさん。私達はデモクラス政府によって人質にされているギルド支部職員の救出……安否確認に来たのですが。彼らがどこに捕らわれているかご存じではありませんか?」
「人質……。評議員、誠に申し訳ない話なのじゃが」
「ええ、概ね状況は理解しております。監禁場所だけお教え頂ければ、安否確認へ向かいますので」
「……彼らは、ギルド支部の地下室に幽閉されておりました」
ギルド支部の……地下室?
ですが、あそこは完全に倒壊した瓦礫の山になって……。
まさか!?
「セノンさん、それは……まさか!」
「誠に申し訳ない。詫びても許されぬ事じゃと判っておる。じゃが、それでも詫びさせて頂けぬか」
「アリサ、どういうこと?あそこ、廃墟だよね?」
トワ様が不思議そうにそう言われますが、私はその問いに答えることができませんでした。
廃墟の地下室に監禁されたギルド職員。
それが意味するのは……デモクラスの住民は、ギルド職員を生き埋めにして殺したと言うことなのですから。
もし統括局がその事実を把握していたのだとしたら、星を滅ぼす全力制裁を決定するのも当然だと私は思いました。
「トワ様、申し訳ありません。いまセノンさんが言われた通りの状況だとしか」
「……わかった」
トワ様も頭の回転は速い方ですから、私があえて回答しなかったことで、職員達が生き埋めにされた事を理解されたのでしょう。
瞳の色が一瞬だけ朱く煌めき、そのあとは深い蒼へと変化したのが薄暗い灯りの中でもわかりました。
間もなく陽が暮れます。
辺りが闇に包まれ次第、私達は支部の跡地へ向かうことにしました。




