#13
>>Alyssa
迂闊でした。
これまでに接触したデモクラスの住民達があまりにも暗愚だったので、この星には私のことを知る者などいないと高を括っていたのですが……この老人は私の正体を見抜いていました。
温厚で品のある物腰や、図書館という場所を拠点にしているところから、他の住民とは異なるレイヤーの人間であることは察していましたが、もう少し警戒しておくべきでした。
幸いにも彼は私達に敵対する意図はないようです。
いえ、この星全体がギルドの敵なのですから、明確に敵対はしていますが……ヘイトは向けてこない。
全力制裁の発動を知ってなおこの落ち着き様、もしかすると政府の要人なのでしょうか?
私は慎重に彼とのコンタクトを試みます。
「どういった経緯で私のことを?」
「ほっほっほ……これでも現役時代はアカデミアに籍を置いておりましてな」
「ではご専攻は……」
「経済学を囓っておりましての。もっとも経済と政治は切っても切れぬ間柄。それ故に評議員のことも存じておりますぞ」
政治家ではなく学者、それも経済学者ですか……。
本人は囓った程度といいますが、他の惑星の指導者、それもデモクラスから遠く離れたペレジスの評議員であった私のことまで知っているとなると、かなりの博識。
おそらく一介の研究者というよりも、アカデミーの教授クラスなのだと感じました。
そんな人物が拾い集めた本で図書館を維持しているという状況は、このデモクラスが知的な意味でも滅亡の危機に瀕していたことを示しているようにも思えました。
それ故に私には理解出来ないことがありました。
その事を確認するためには、私達の立ち位置をこの老人に明かす必要がある。そう考えた私はアイリスさんに視線を向けました。
どうやら彼女も同じ事を考えていたようで、小さく頷くと口を開きました。
「ご老人。私の名前はアイリス・ブースタリア。ギルドの二等管理官です。そして彼女はご存じのようにアリサ。あとの2人もギルドの人間です」
「ブースタリア管理官……おお、かの英雄殿ですな。お目にかかれて光栄ですぞ。儂はセノン・クロキ。星の滅びを止められなんだ愚かな老人ですじゃ」
セノンと名乗った老人は自身が星の破滅……つまりギルドの全力制裁を止められなかったと自嘲してみせました。
彼が政治家であればその言葉はまさにその通りなのですが、セノンの語った過去の経歴が事実なら、彼には直接責任のないことではないでしょうか?
それに……彼がギルドの全力制裁が実際に行われると知っているのなら、どうして退避勧告に従わなかったのでしょうか。
「セノンさん。どうして貴方が星の選択に責任を感じておられるのですか?それに、全力制裁が現実のものと判っているのなら、どうして退避されなかったのですか?」
私の言葉にセノンは傍らで食事をしているマナに目をやってから、静かに口を開きました。
「この星が衆愚政治の果てに滅びようとしていることは評議員もご存じじゃと思う。だが、民衆は己の程度に応じた政府しか持ち得ぬもの。デモクラスが民主主義国家である以上、政府の選択とは儂ら民衆の選択に他ならぬ」
「それは……確かにそういう一面があることは否定しませんが……。ですが退避することはできるでしょう?」
「評議員、見ての通り儂はもう老いぼれじゃ。冷凍睡眠で星を離れれば、おそらく目覚めることは叶わぬ。どうせ死ぬのであれば、愚かな政府を選んだ責任と共に。そう、儂にはこの星の行く末を見届ける義務があるのじゃ」
セノンの言葉には、第三者である私には口出しできない重みと覚悟がありました。
彼は愚かな政府の選択を最期まで見届ける……それが有権者であり、事態を招いた1人としての責任なのだと言っているのです。
私か彼にどう声を掛けるか思案している間に、トワ様が口を開かれました。
「マナは?マナはどうなるの?」
「退避するよう説得したんじゃが、儂と一緒がいいと言っての……」
トワ様の言葉にセノンは苦悩の表情を浮かべてマナを見やります。
確かにマナは独り立ちするにはまだ幼いですし、仮にセノンが付き添って星を出たとしても……おそらくは到着した星で祖父の死を目の当たりにする結果になるでしょう。
あるいは、決して健康状態が良くない彼女自身も、祖父とともに冷凍睡眠によって命を落とす可能性もありえます。
私はセノンが祖父と孫の2人でこの星に留まり、最後を迎えるという選択を行った心情を理解しました。
ですが……。
「ダメ。ここにいたら死ぬ。脱出しよう」
「じゃがな、儂は冷凍睡眠には耐えられるのじゃ」
「大丈夫。アルカンシェルなら冷凍睡眠はいらない」
トワ様の言葉にセノンは怪訝げな表情を浮かべています。
どうやらこの星にはギルドが超光速艇を開発運用しているという情報までは届いていなかったようですね。
正直な所、私は今回のミッションにあまり乗り気ではありませんでした。
ですから、住民全てを抹殺する全力制裁という冷徹なギルドの決定に……反発してもいいような気がしました。
「……アイリスさん」
「うん。私も同意見。ヒナは?」
「ワタシの乗艦はオンブルですから、トワの私船であるアルカンシェルに誰が乗ってるかまで把握出来ません!」
そう言ってウィンクするヒナに微笑みかけてから、私はセノンに告げました。
「セノンさん。トワ様が言ってることは事実です。私達の乗艦であるアルカンシェルは超光速船ですから、冷凍睡眠無しにあなた方を余所の惑星へ送り届けることが可能です。それでもこの星に留まりますか?」
「おお……なんということじゃ……」
「おじいちゃんといっしょにいけるの?」
「ええ、そうよ。マナちゃん、セノンさんと一緒になら他の星へ逃げたい?」
「うん」
「そうか……なら、恥を忍んでお願いしますじゃ。儂と、マナを……この星から連れ出してくだされ」
孫の返事を聞いたセノンは、私達に頭を下げてそう言いました。
ええ、これはギルドへの……メラニーへのちょっとした反抗です。
現地住民を脱出させてはならないというミッション条件はついていませんでしたからね。




