#9
>>Iris
軌道エレベータの稼働を示すインジゲーターが到着便の存在を告げている。
私達は搭乗口近くの、かつては売店だったであろう、今は商品が1つも残っていないスペースのカウンター裏に身を隠した。
私達の到着を察知して徴税官が上がってきた?
いや、それにしてはタイミングが早すぎる。なら、何者が……?
思考がまとまるより早く、軌道エレベータは到着した。
開いた扉から現れたのは数名の男達。みな、仕立ては良いけど薄汚れた服を着ている。
武器を持っている様子は無いけど……。
「ちっ、だりーなぁ」
「そういうなって。フォトンが尽きたら不便だろ?」
「誰かに取りにこさせりゃ良かったのによ」
「誰かって誰だよ。労働力はみんな逃げちまったし、くじ引きで負けたんだからしかたねぇだろ」
今の言葉……フォトンセルを回収しに来たということだろうか?
地上で使うフォトンエネルギーの大半は軌道ステーションで生成され、フォトンセルやフォトンバッテリーとして地上へ降ろされる。
運搬が少々面倒であるにも関わらず衛星軌道上で充填が行われるのは、単純に充填効率の問題で、大気圏を通さない方がフォトンを集めやすいからだ。
働かない自由を謳歌しているデモクラスの住民といえどもエネルギーが尽きれば各種の生産プラントも停止してしまうから、こうやって仕方なしにフォトンセルを回収しに来ているんだろう。
だが、これは少し困ったことになった。軌道ステーションの奥へ向かった男達の姿が消えたあと、私は残りのメンバーに声を掛けた。
「未管理のステーションにああいう連中が上がってくるとなると、ブリーズの安全が確保できないかもしれないね」
「ロックは掛けていますが……無理矢理内部に侵入される可能性も否定できませんね。自動操縦でアルカンシェルへ帰投させますか?」
「うん、その方が安全だね」
そう、ここが管理された軌道ステーションなら停泊した船に不法侵入されることはまずありえない。
だけど私達が今、身を潜めている売店の様子をみても判るように、ここは既に使えるものは根こそぎ奪い去られた状態になっている。
こんな場所に稼働する無人の航宙艇が残っていれば、掠奪に遭うのは火を見るよりも明らかだ。
いや、ブリーズが被害に遭うだけならまだマシだ。
もしブリーズを乗っ取った賊がアルカンシェルにまで手を伸ばせば……独り残してきたマリエッタの身が危うい。
そんなリスクを犯すわけにはいかない。
「ブリーズ、戻すの?帰れる?」
「大丈夫だよ。脱出時にはアルカンシェルを軌道ステーションに横付けすればいいし、いざとなればアルカンシェルを地表に緊急降下させることもできるから」
心配そうな様子のトワを安心させるように私はそう口にした。
確かに、理屈ではそうだ。
だけど……乗ってきた航宙艇が軌道ステーションに停泊していないというのは、脱出経路を失ったような得も言われぬ不安を感じるのも事実だ。
ただそうは言っても現実的なリスクを軽視することは出来ない。
私達はフォトンセルを運ぶ男達がエレベータで降下するのを待ち、一旦ドッキングポートへ戻ってブリーズを自動帰還させた。
待ち時間とブリーズの送還で結果的に1時間半ほど時間を無駄にしてしまった。
軌道エレベータで地表へ降下するにはおそらく2時間半近く掛かるだろう。
つまり、地上で私達が探索に割ける時間は、アルカンシェルによる緊急離脱を行ったとしても、最大20時間しか残っていない。
時間にせかされるように私達は軌道エレベータに乗り、地上を目指す。
トワ達は緊張を紛らわせるかのようにおしゃべりをしているけど、私はそれに参加する気にはなれず、ただ天窓から宇宙を見上げていた。
あの星空のどこかにギルドの艦隊がいて、デモクラスを滅亡させようとしている。
惑星上の人々は頭上の脅威を知ってなお、愚行に走るのだろうか。
私には宇宙へと続く軌道エレベータのワイヤーが、ダモクレスの剣を吊している細い糸であるように思えて仕方がなかった。
軌道エレベーターの地上駅舎は、ステーション内部と同様に上質な機材が使われてはいた。
が、手入れはまったくという程行われておらず、無造作に捨てられたゴミがそこかしこに転がっていた。
こう言った場所につきものの商店や飲食店らしき看板は見えるけど、皆シャッターが降りていて営業している形跡は見られない。
それもそうだろう。この星では……少なくとも住民の間では、長らく労働という行為が行われていないのだから。
商店の代わりに自動販売機がいくつか設置されているけど、その大半は無残に破壊され内部構造を晒している。
もっとも原形を留めているものについても商品は全て売り切れのサインを示していて、その機能を果たしていない。
そう、誰も商品を補充しないのだから、販売だけが自動化されていても意味がないんだ。
「これ、どうやって生活してるんでしょうね……」
ヒナがそう漏らすのも当然だろう。
社会インフラを維持するための労働すら行われていないように見えるこの星で、一体誰が働いているというのか。
そんな事を考えながら、まずはギルド支部のある場所へと向かった私達は、大通りに面した広場に人々が集まっていることに気が付いた。
「あれは……配給ですね」
「見たところドローンが稼働してるみたいだけど……そうか、人が働かない分、ドローンが代わりに労働してるんだね」
「でもアイリス様、あのドローン……少し挙動が変ですよ」
ヒナの言葉に視線をドローンへ向ける。
四角い箱形のボディに3本のアームが取り付けられたドローンは、運んでいたコンテナから食料のパックのようなものを取り出し、人々に配布している。
しばらく観察していると、確かにドローンの動きに異常があることに気が付いた。
時折アームの動きが止まったり、何も掴んでいないアームを配給待ちの人に差し出したりしている。
その挙動から、アームやセンサーが故障しているように思えた。
おそらくこの星にはドローンを修理する技術者もいないのだろう。
半ば壊れたドローンは誰に労られる事もなく、ただ人々に奉仕を続けている。
「……かわいそう」
トワがぽつりとこぼした言葉は、私達全員の気持ちを代弁していた。
だけど、私達にはあのドローンに関わっている時間はない。
後ろ髪を引かれる思いをしながら、私達は先を急いだ。




