#8
軌道ステーションの機材自体はそれなりに良いものですが、清掃というものがまったく行われていません。
至る所にゴミが散乱していますし、汚れも埃も酷い状態です。
見たところ動く者の気配はありませんが……。
「どことなく昔見たヴェリザンのステーションを思い出すよ」
「確か長年放置されていたんでしたっけ」
「放置というか、地上から上がって来れなくなってたんだけどね。軌道エレベータの扉にカートが挟まっててさ……」
アイリスさんが語ったヴェリザン、かつてパンデミックで滅亡寸前の状態に陥った惑星での少し滑稽な思い出に私は思わず苦笑してしまいました。
ですがデモクラスでは数日前にギルドの脱出船が寄港していますから、宇宙港としての機能には問題無さそうです。
もし問題があるとすれば……ドッキングポートの先に見えるゲートですね。
「ねぇアリサ。あれ『徴税ゲート』って書いてるよね?」
「ええ、そう書いてありますね」
「私達、まだ入星手続きもしてないよね?」
「入星ゲート、まだありませんからね」
「手続きより先に徴税かぁ……」
アイリスさんはそう言って呆れたような表情をします。
見たところゲートは自動チェックイン形式のようですが……税額を表示するようなパネルがありません。
いえ、よく見ると何かボードのようなものが、低重力に引かれて床に落ちてはいるのですが。
「見たところここまでは問題は無さそうだし、トワとヒナを呼んでくるよ」
「わかりました。ではここで待機しておきます」
ブリーズへ戻るアイリスさんを見送り、私は落ちていたボードを拾い上げました。
そこに書かれていた文字は……。
『重量税……船体サイズによる。下記表を参照
入星税……乗客1名につきXXX
空気税……乗客1名につきXXX
手荷物税……1平方メートルあたりXXX
環境保全税……滞在1日あたりXXX
移民税……所有財の45%
特別税……納税毎に手数料としてXXX』
金額の部分は雑に塗りつぶされていて、手書きで数字が書き換えられていました。
修正後の数字は……個人に課せられる金額だけで標準的なギルド職員の年収に相当する額になりそうです。
しかもなんですか、この納税のために必要な手数料として徴収される特別税というのは。
私が呆れている間に、トワ様達が来られました。
「アリサ、それなに?」
「ぼったくりのお品書きです。さぁ、先へ進みましょうか」
「税金、払わないの?」
「払う必要ないと思いますが」
私の言葉にトワ様不思議そうに小首をかしげたあと、ポケットからCGのトークンを取り出して言いました。
「払っておく」
トワ様の手に握られていたのは50GC分のトークン。換金レートにもよりますが、ギルド内だと小さな子供のお小遣いぐらいの価値しかありません。先ほど私がボードで確認した額とはまるで違いますが……。
「だって納税額、書いてない。だから1人10GC。マリエッタの分も合わせて50GC」
「たしかに、徴税メニューの看板は落ちてたしね。私達は徴税額を見てないから、気持ちだけお布施しておけば大義名分も立つ、か。冴えてるね、トワ?」
「……?」
アイリスさんは納得した様子でそう言われますが、たぶんトワ様はそんなとんちを効かせた訳ではなく、純粋に1人頭10GCで良いと考えておられるのでしょう。
ええ、むしろデモクラスの方がトワ様降臨税を支払うべきなので、50GCでも払いすぎなぐらいです。
私がそう呟くと、ヒナが大きく頷きながら言いました。
「あと、追加でアリサ様降臨税も取るべきです!」
いえ、そちらは不要です。
ともあれ徴税ゲートに設けられたスリットに50GCのトークンを放り込み、壊れたゲートを手動で押し上げた私達は奥へと進みます。
角を曲がった所に簡単なゲートとブースが設けられていました。
「今度は……移民手続き?」
「入星手続きの窓口ではなさそうですね」
通常、入星手続きのカウンターには到着口を示すArrivalsのサインが掲示されています。
ですがここのゲートには、入星手続き後に移民申請を行う窓口に掲げられているはずのImmigrationのサインが点灯していました。
「この星では入星手続きをイミグレーションって呼ぶのかな?」
「……アイリス様、ブースに掲示されているポスター、移民誘致のものばかりです!」
ヒナが言うようにゲート周辺に表示されている、少しチラついたホロディスプレイに表示されているのは移民を歓迎する文言ばかりです。
先ほどの徴税ゲートと違い、この移民ブースは一応迂回できるようにはなっていますが……。
ポスターを見ていた私はふと妙な既視感に捕らわれました。
「レッツパラダイス」というチープな煽り文句と、虚像に満ち溢れたイメージビジュアルはどこかで見た覚えが……?
しばらく記憶を辿った私は、かつて故郷のペレジスでこのポスターを見たことがある事に気付きました。
なるほど、あのとき胡散臭いと思った移民勧誘はデモクラスの事だったのですね。
「アリサ、どうかした?」
「いえ。このポスター、妙に見覚えがあると思っていたのですが……昔これを見たことがあったことを思い出しました」
「ほほう」
トワ様のほほうは基本的にもう興味は無いというサインですが、今回は瞳の色が金色になっていますのでどうやら違うようです。
その色を見て取った私は、50年近く前にネットで出回ったこの移民勧誘について説明を行います。
それは……これまで全く情報を発信していなかった惑星が突如方針転換して移民を募集し始めたという、少し奇妙な噂でした。
ポスターを配信している惑星はC3の産出惑星で住民はみな豊かな生活をしている、銀河のパラダイスだと謳いながら、移民を募集していました。
通常、そのような豊かな惑星は富を独占するために移民の受け入れは行わないものです。
実際その星は移民募集を行うまで星の情報すら開示していなかったのですから。
なのに移民勧誘が行われると言うことは……十中八九資源が枯渇し、崩壊しかけた経済を立て直すために安価な労働力を求めているだけだろうと当時の私は呆れ半分に思ったものです。
一目見て、鼻で笑ってすぐにその話は忘れ去りましたが、ここに掲げられていたのは確かにあの時に見た陳腐な移民勧誘ポスターそのものでした。
つまりデモクラスは私が当時想像した通り、崩壊した財政を移民からの搾取で補おうとしていたのでしょう。
入星手続きよりも先に移民を促すブースの存在は、デモクラス政府のなりふり構わない姿勢を示しているように思いました。
私の説明に、トワ様の瞳の色は金色から虹色へ。
そして退屈を示す黄土色へと変わってゆきました。
ええ、知っています。トワ様はこういう政治的なお話を好まれないないことを。
「すみません、面白くない話で」
「ううん。聞いたのは私」
「いや、でも私は面白かったよ?さっきの徴税カウンターの件と合わせると、50年近く前からデモクラスはおかしくなってたことが判ったからね」
まるで慰めるようにそう言ってくれたアイリスさんに感謝しながら、私達はイミグレーションを通り過ぎ……ようやく入星手続きのカウンターにたどり着きました。
ですがそこも無人で、ただゴミが散乱している荒れた場所でしかありません。
「誰も働かないってことは、掃除する人も、受付する人もいないってことなんですね」
「軌道ステーションの管理はギルドの業務ですからね。星外から来ていた労働者が去り、ギルド職員も捕らわれたとなるとこうなるのは自明の理でしょう」
行うべき手続きも特にないため、私達はそのまま軌道エレベーター乗り場へと向かいました。
と、そのとき。アイリスさんが鋭く声を上げました。
「エレベータが上がって来てる!皆、隠れて!」




