#7
>>Alyssa
実のところ、アイリスさんがトワ様に話しておられたナイチンゲールの説明には続きがありました。
たしかにナイチンゲールは遺体の身元特定に用いられるデバイスである事は事実なのですが、問題はナイチンゲールを要する遺体の状態です。
バイタルデータを照合しないと本人が確認出来ないということは、すなわち……遺体が激しく損壊しているということなのです。
白骨化しているのならまだマシなほうで、年齢も性別もわからないレベルの遺体は……正直想像もしたくありません。
統括局、つまりメラニーは現在人質になっている職員達がそのような状態にある可能性を視野に入れているということなのです。
ですがそれはあくまでも可能性。
ならばトワ様に今あえて残酷な予想を告げる必要はないでしょう。
現地でも……先行探索は私が引き受ければ、トワ様が凄惨な状況を目撃することを回避出来るでしょうし。
ともあれ準備が整いましたので、私達は保安部側へ作戦の開始を伝達しました。
通信画面に映し出されたのは頬に傷のある厳つい老人……何度かやり取りしたことのある知己の顔でした。
「ダグラス・マクドウェル!?どうして貴方が?」
『アリサ嬢か、久しいな。今回はすまんがよろしく頼むぞ』
「それは構いませんが、将軍直々に来てるのですか?」
ダグラス・マクドウェル、通称「将軍」。
彼はギルド統括局に所属する参事官の1人で、保安部部長を長く務めている人物です。
その責任者がわざわざ現場に出向いている?
私の疑問に将軍は平然と答えました。
『事が事だからな。儂が出向く必要がある』
「それも、そうですね……。ところでセンサーにギルド艦隊が映っていないのですが?」
『案ずるな。準備は整っておる』
盗聴を警戒しているのか、それとも私達が捕らわれた際に情報が流出する事を懸念しているのか。
将軍はギルド艦隊の配置については何も語りませんでしたが……彼がそういうのであれば、準備は整っているのでしょうか?
他惑星に拠点を置く恒星間企業がデモクラスから撤退を完了したのは十数年前の事だったはず。
ギルド支部の窮状はその後に起きた話で、それからおっとり刀でギルド艦隊が招集、派遣されたにしても亜光速で航行する艦隊が到着するタイミングが少し早すぎるような気もします。
偶然近くの宙域に艦隊が駐留していた?
それとも十数年前から統括局は全力制裁が必要になると読んで、早くから艦隊を動かしていた?
いえ、それならさすがに支部の職員を脱出させていたでしょうし……。私が艦隊派遣について考えていると、トワ様がアイリスさんと話している声が聞こえました。
「アイリス。あれ、誰?」
「マクドウェル将軍。聞いたことない?ギルド艦隊の指揮を執ってる保安部部長だよ」
「将軍、格好いい」
『そちらは噂のアイリス嬢か?それに……伝説のシンガー殿だな。お初にお目に掛かる。保安部部長のダグラス・マクドウェルだ』
「アイリス・ブースタリア二等管理官です」
「トワ」
トワ様の挨拶は相変わらずシンプルです。
ヒナとマリエッタはカメラの画角から外れた所にいるので、将軍からは見えていないようですね。
『今回は大変な任務を押しつける事になって心苦しいが……うちのスタッフで現地対応できそうなものが出払っておるのでな。礼はいつかさせて貰う』
「いえ。でも将軍、私達がデモクラスにいる間は攻撃しないでくださいね?」
『善処しよう』
そこはちゃんと保証しなさいよ。
そう思いながら私はホロディスプレイに映し出された将軍を睨み付けますが、彼は悪びれた様子を見せませんでした。
つまり作戦開始後のタイムスケジュールは動かすことが出来ないということなのでしょう。
「ところで将軍、退避勧告はもう?」
『うむ。3週間前に1度、5日前の避難船出発前にも1度行った』
「退避船……。それはどれぐらいの人が退去したんですか?」
『3名だ』
「えっ?」
『既に逃げる意思のあるものは逃げた後だったのだろう。逃げ遅れた星外からの移住者らしき1家族だけだった』
「そう、ですか……」
アイリスさんの問いに答えた将軍の顔には何の揺らぎも見えません。
彼は私情を交えず、ただ事実だけを述べているのでしょう。絶句した後黙り込んだアイリスさんの肩に手を置き、私は宣言しました。
「ではこの通信の切断を持ってゼロアワーとします」
『承知した。無事の帰還を祈っている』
将軍がそう言うと通信は切れました。
彼が私達の無事を祈り、職員の救助については言及しなかった時点で、彼もまた生存者がいないと判断していることが伝わります。
つまり、ナイチンゲールの配備と合わせて考えると……私達の任務は「職員の救助」と銘打たれた「生存者がいないことの確認」ということなのでしょう。
ともあれ作戦は始まりました。アイリスさん、トワ様、ヒナ、そして私の4名は、ブリーズでデモクラスの軌道ステーションへ向けて出発します。
デモクラスには10年以上前から既に立ち寄る船もいないと聞きます。
偶然、事情を知らずに遠方から立ち寄った航宙船が避難船としてチャーターされたのが、久しぶりの来訪者だったそうですが……そのような状況では軌道ステーションがまともに稼働しているかどうかすら微妙です。
ですが万が一機能していたとしたら不正入星扱いされる可能性がありますから、私達は念のため入港通知を行いました。ですが……。
「……自動応答の音声しか返ってこないね」
「ギルドがチャーターした避難船以外は10年以上航宙船が訪れていないそうですし、要員が配置されていないのでしょうね」
「まぁ、軌道ステーションの管理を担当するギルドの人員も人質になってるそうだからね……」
そんなことを言いながらブリーズをデモクラスの軌道ステーションへと接舷させます。
普通なら係官が誘導してくれるのですが、今回は誘導もありません。
ドッキングポート自体は正常に動作しており、応答こそありませんがブリーズから確認した限りではステーション内には動力や空気が普通に供給されているようです。
「とりあえず、私が先発隊として様子見てくるよ」
「では私も」
「ありがと、アリサ。じゃあトワとヒナは荷物を下ろせるように準備しておいてくれる?」
「わかった」
「了解しました」
トワ様とヒナに後を任せ、私とアイリスさんが軌道ステーションへと降り立ちました。




