#2
フェリシアの問いに答えず、バートはパイロットシートのコンソールを操作し続ける。
だがコンソールに点灯した赤いサインが、ブルーエンジェルが予定していた軌道から外れていることを示していた。
「バート?どうかしたの?」
「……フェリシア、すまない」
「なにがすまないなの?」
「船の制御をしくじったかも……。減速するとこなのに、加速しちまってる。それに追加で制御するだけのフォトンエネルギーが残ってない……。このままだと、外宇宙へ流されちまう」
「え!?……で、でも、助けを呼べばいいんでしょ?驚かさないでよ」
バートの言葉に一瞬焦った表情を浮かべたフェリシアだが、いかに宇宙とはいえ現在位置はまだリンデールが目視出来る場所だ。
多少時間が掛かるかもしれないが、それでも外宇宙へ漂流する前には救出されるだろうと思っていたのだが。
「……ヤバい、フォトン残量が……軌道制御どころか、通信装置も起動できない……。なんだ、これ……!」
「嘘……」
バートは現状があり得ない事態だと思っていたが、それは大きな誤りだった。
老朽化したブルーエンジェルに搭載されたフォトンバッテリーは充填可能容量が大幅に低下しており、月航路を飛ぶ際は毎回フォトンを満充填してもなお法定容量――航路で消費するエネルギーの1.3倍――をギリギリクリアする程度でしかなかったのだから。
そんな船を無補給で稼働させればどうなるか。
今まさに尽きようとしているフォトンエネルギーだけでなく、ついには酸素残量の警告灯までもが無情に点灯する。
「ねぇバート、このランプは……何?」
「……船に積んであった酸素触媒が、尽きかけているんだ……」
「……そう、なんだ」
泣き笑いのような表情でそう呟くフェリシアの姿に、バートは己の愚かさを深く後悔した。
ブルーエンジェルは残存フォトンを使い切り、やがて照明すら維持出来なくなってしまった。
灯りが落ちた艇内に、美しくも冷酷な月明かりが射し込む。
「ごめん。……俺、こんなつもりじゃなくて……」
「わかってる。私を喜ばせてくれようとしたんでしょう?」
優しくそう言うと、フェリシアはバートの手を取った。
「ねぇ。……キス、して」
「え……」
「ここなら、月しか見てないわ」
「……あ、ああ……」
艇内に衣擦れの音だけが響く。
「フェリシア、俺……お前のこと」
「バート。私も貴方のこと」
「「愛してる」」
声を揃えて互いの想いを確認し合った二人の心中は、絶望的な状況ながら暖かいものが満ちていた。
「じゃあ、私達。これで恋人同士だね」
「ああ、そうだ」
曖昧な関係は終わりを告げたが、二人が恋人同士でいられる時間はあと僅かだ。
既に酸素触媒は尽きており、艇内の空気は徐々に二酸化炭素濃度が高まりつつある。
そんな中、フェリシアはバートの腕の中で静かに歌を口ずさむ。
何よりも好きだった、星の世界への憧れを歌った歌を。
「フェリシア……?」
「歌ったら、酸素……減っちゃうかな?」
「……そんなことは、ないさ」
平凡でありふれた歌だけど、自分の全てだった歌。
宇宙を漂うブルーエンジェルの艇内に、フェリシアの歌が静かに流れる。
「……そっか。私が……本当に望んでいたのは……」
ああ、そういうことか。
自分は星空に憧れていた訳じゃない。
本当はあの歌のように、つまるところバートの側にいたかっただけなんだ。
既に意識を失っているバートを抱きしめ、そんな事にようやく気付いたフェリシアは……ゆっくりと瞼を閉じる。
世界が闇に包まれる寸前、涙で滲む視界の中で……月光を浴びて白く輝く何かを見たような気がした。
「――では、管理官殿のご裁定のままに」
「ええ、統括局の方には私達のほうで報告を入れておきますので」
「かしこまりました。では、私はここで……」
声が、聞こえる。
もしかして天国にも統括局があって、管理官がいるんだろうか。
そんな事を考えながら、フェリシアは目を開いた。
明るい光と白い天井。
直前まで自分は照明の落ちた航宙艇の中で、月光に照らされていたはずなのに。
「……!バート!」
「目、醒めたかな?」
「え……?」
少し呆れたような声を掛けてきたのは、ライトブラウンの髪と赤い瞳の活発そうな少女。
利発そうな彼女には見覚えがある……。
まだ少しぼんやりしていたフェリシアは、ふとその少女が誰であるのかに気付いて息をのむ。
「ブ、ブースタリア管理官……!?」
「うん。一応初めましてだから自己紹介しとくね。アイリス・ブースタリア。ギルドの二等管理官だよ」
「あ、あの、私……シンガーの、Cランクの……」
「知ってるよ。フェリシア・ハワードさんでしょ?」
「は、はい」
どうして二等管理官のような天上人がここに?
それ以前に、ここはどこなのだろう。
それよりももっと気がかりなのは……バートはどこなんだろう。
混乱したフェリシアは何を口にすべきか判らず、つい口ごもってしまう。
そんなフェリシアの様子を見たアイリスは、優しく微笑むと言った。
「ここはリンデール支部と提携してる公立病院。補給もろくに出来てない航宙艇が無断発進したって聞いてね、私達が回収に向かったんだよ」
「管理官が……私達を……?」
「ああ、そうだ。一緒にいたバートさん、だっけ。彼も無事だよ。ただ二人とも低酸素症の影響がまだ残ってるからね。再会はもう少ししてから」
「……よかった……バート、無事だったんですね……」
フェリシアの言葉に、アイリスは先に意識を取り戻したバートも同じ事を言っていたと笑う。
だがひとしきり状況を説明した後、アイリスは表情を引き締めて言った。
「それで、今回の件なんだけどね。他の会社の航宙艇を無断使用する形で、ポートコントロールの制止を振り切って発進した件がギルドで問題になってるんだ」
「あ……はい」
「今回は偶然、すぐに動ける位置に私達がいたから助かったけど。一歩間違うとギルド外の人を死なせる結果になっていたかもしれない。その意味は分かる?」
「……はい」
実態としてはバートが自社の航宙艇を無断使用しただけではあるが、ギルド側からみればフェリシアも機体の無断使用、制止を振り切っての無断発進の共犯者という認識になる。
リンデール政府や船会社に対する立場上、フェリシアを無罪放免にすることは出来ないのだ。
……0号処分……はないにしても、懲役刑や冷凍睡眠刑は免れないかもしれない。
フェリシアは覚悟を決めてアイリスの告げる処分を待つ。
「リンデール支部所属Cランクシンガー、フェリシア・ハワード」
「……はい」
「モーリオンギルド二等管理官、アイリス・ブースタリアの名において……貴女にギルドからの追放処分を言い渡します」
「……つい……ほう?」
茫然としたフェリシアに向かって、それまで威厳のある表情を浮かべていたアイリスは悪戯でも企むかのような笑顔を浮かべると、ウィンクした。
「バートさんがギルド外の人だって聞いて、リンデールの支部長に確認したんだけど……ここの支部、ギルドを抜ける選択肢を職員に周知してないらしいね?だから思ったんだよ。あれ、駆け落ちみたいなものだったんじゃないかって」
「え?ええ?」
「私ね、一応高位幹部だけど……ギルドの繁栄よりも、ギルドの同胞が幸せになることを優先したいんだ。血統管理の縛りだってギルドから追放されたら関係なくなるでしょ?」
アイリスの言葉に、フェリシアはただ目を瞬かせることしか出来なかった。
そして話が終わった頃、病室の扉が開き……バートと、Sランクシンガーの少女が入ってきた。
「フェリシア!」
「バート!」
「……アイリス、私も抱きついたほうがいい?」
「いやいや、恋人同士の再会を邪魔しないであげてね?」
表情らしきものを浮かべず、真顔で冗談とも付かないことを言うSランクシンガーに、フェリシア達は戸惑いを隠せない。
しかしそんな二人をよそに、Sランクシンガー……トワは、小さな紙片を差し出した。
「……これは?」
「追放先選択券。私を星へ連れて行って」
「トワ?星へ連れて行くのは私達でしょ?」
航宙艇の無断使用と遭難は二人が思っているよりも大きな事故で、このままフェリシア達がリンデールに留まると二人の将来に好ましくない影響が出るかもしれない。
それ故にトワは、二人が自分達の暮らす新天地を選ぶ手助けをしたいと言っているのだ。
「それで、どこ行く?」
トワの言葉に、フェリシアとバートは顔を見合わせる。
そして……フェリシアは満面の笑顔で言った。
「バートとなら、どこでも」
変則的ですが、インターミッションを2本続けてお贈りしました。
本編の連載再開は予定通り本日18時からとなります!




