インターミッション「Fly Me To The Moon」リンデール-月恋の惑星 #1
リンデールという星は特徴のない星だ。
惑星環境は平均的で安定しているが、代わり映えのしないどこにでもありそうな星。
そんな星のギルド支部もまた特徴がなく、そこで働く彼女、フェリシア・ハワードもまた特徴のないクリスタルシンガーだった。
特殊素材であるC3の調律には天賦の才であるシンガー能力が必要となり、ギルドに所属するものは能力の差こそあれ例外なくシンガー能力を持つ。
専門職であるクリスタルシンガーとして認定されるためには最低でもCランクの能力が必要であるが、Cランクであるフェリシアが任されるのは細々とした日用品に用いられる低品質なC3ばかり。
週に5日、朝から夕方まで割り当てられたC3を歌い、調律することがフェリシアの日常だった。
仕事は単調だが、ギルドの給与や福利厚生は一般の恒星間企業よりも遙かに充実しており、15歳で成人してからの2年間、フェリシアは特に不満も疑問も抱かず、平凡なシンガーとして生活していた。
そんなフェリシアに転機が訪れたのは、恒星間任務に出ていた支部の先輩が、予定されていた半分の年数で帰還したことが切っ掛けだった。
リンデールのような平凡な惑星のギルド支部に対して恒星間任務が発令されることは希で、件の任務についても実に数十年ぶりのことだ。
恒星間任務は亜光速での航行中にも給与が支払われる上、一般人が生涯体験することのない星々を旅することも出来る。
当然ながらギルド職員達はこぞって任務を志願したが、幸運にもその任務を引き当てたのは平凡な支部にはあまり似つかわしくない、騒々しいことで知られるとある受付嬢だった。
当時、フェリシアはまだスクールの学生で、恒星間任務に立候補することすらできず、ただ幸運な先輩が星々の世界へ旅立つことを見送ることしかできなかった。
そしてその受付嬢、エメリッヒは予定されていた13年間という任務帰還の半ばでリンデールに帰還した。
それも、フェリシア達一般職員から見れば天上人にも等しい、ギルドの高位幹部である二等管理官の座乗艦に乗って。
「いや、ホントたすかりましたよ……神様仏様アリサ様!」
「エメ、何度も言いますがアルカンシェルは私の船ではなく、トワ様の船ですよ?」
「そうですけど……」
「エメ、運賃払って?」
「ちょ、トワさん!?う、運賃は支部の経費からでお願いできますか!?」
姦しく騒ぐエメリッヒに支部の面々が苦言を呈さないのは、彼女をリンデールへ連れ戻したのが2名の二等管理官と、ギルド最高位であるSランクシンガーの少女だったからに他ならない。
Sランクシンガー!
銀河に10人といない、ギルドの至宝とも呼べる存在。
日常生活に使われる品をなんとか調律できるだけのCランクに対して、Sランクのシンガーは星々を繋ぐ恒星間通信装置や航宙船の推進装置を生み出す奇跡としかいいようのない調律を行うと聞く。
同じように歌を生業としているからこそ。
歌う事が好きだったからこそ。
Cランクであるフェリシアからすれば、そんなSランクシンガーだという銀髪の少女は、二等管理官達よりもさらに遠い存在だった。
「で、このあとはトーエイへ向かうんだっけ?」
「ええ。ニアレイス殿下の護衛にケンを宛がう必要がありますので」
「でも本当にアポなしで行っていいの?」
「ケンは暇を持て余しているでしょうから、大丈夫です。それに今日連絡しても、明日直接訪問してもそう違いはないでしょうし」
「アリサさんっ、補給!補給しないとですっ!」
「だってさ。じゃあアルカンシェルを軌道ステーションまで寄せて、今日は補給のためにリンデールで一泊。明日の昼ぐらいまでには出航しようか?」
「よしなに」
「それにしても、半月の惑星滞在の次はまた星々を飛び回ることになるのか……。航法はサクヤ任せとはいえ、少々面倒だよね」
笑いながら恒星間任務を面倒という二等管理官達。
調律済みのC3が入ったコンテナを運んでいたフェリシアは、偶然彼女達の会話を聞き、一瞬だけ足を止めた。
平凡な惑星で、平凡な仕事を一生続けることになるであろう自分。
星々を飛び回ることが出来る同年代とおぼしき輝く少女達。
自分と彼女達の差は一体なんなのだろうと思いながら、それでもフェリシアはコンテナの乗ったカートを無言で押した。
その日は高位幹部の訪問による形式的な臨時監察が行われることもあり、ギルド支部の業務は午前中で終了した。
午後からの予定がなくなったフェリシアは、ふと思い立つと軌道エレベータに乗り、衛星軌道上の軌道ステーションへ向かう。
そこは宇宙でありながら、地上と地続きになった不思議な場所で、一生を平凡な惑星で過ごすことになるであろうフェリシアにとっては、唯一星の外を体感できる場所でもあった。
お気に入りの場所である、控えめな照明に照らされた低重力展望デッキへ向かったフェリシアは、窓の外へと視線を向ける。
真っ先に見えるのはリンデールの月。そしてその先には、無限に広がる大宇宙。
「私を月まで連れてって……なんてね」
無意識のうちに、フェリシアの口からそんな言葉がこぼれる。
……と。
「フェリシア?こっちに上がって来てたのか?」
「……バート?ええ、急にお昼からの仕事がなくなったから」
展望デッキに姿を現したのは、フェリシアの幼なじみである3つ年上の青年、バート・サンダースだった。
彼はギルドの一員ではなく、リンデールの船会社に所属する航宙船乗りだ。
といっても彼が乗っている船は月とリンデールの間を往復する小型の資源運搬船だし、彼自身もまだ見習いと呼べる立場だったのだけど。
幼いころからの知り合いである二人は宇宙への憧れという共通の話題を通じて親しくなり、成人してからは友人以上、恋人未満の関係となっていた。
だが10年以上も側にいながら二人が恋人関係に発展しないのには理由があった。
ギルドの血統管理。
シンガーの血は遺伝によって獲得されるものであり、貴重なシンガーの資質を少しでも保護するため、ギルドは構成員同士の婚姻を強く推奨している。
なぜならシンガー因子を持たない外部の人間との間に生まれる子供は、親であるシンガーよりも確実にシンガー能力が衰えるからだ。
そしてCランクとはいえクリスタルシンガーであるフェリシアもまた、ギルドによる血統管理の対象であった。
つまるところ、フェリシアはいくら願ってもバートと結ばれることは叶わないと諦めており、それ故に関係性を深めることなくただ歳月が経過していたわけだ。
無論バートの側もフェリシアの事情は知っていたが、二十歳になって未だ見習いの身である自分では仮にフェリシアがギルドを離れることが出来たとしても、彼女を幸せにすることはできないと半ば諦めていたのだが。
だがそれでも……展望デッキで寂しげに月を眺め、「私を月に連れて行って」と呟く彼女を見てしまえば。
「フェリシア、来てくれ!」
「え?何?」
「いいから!お前の願い、叶えてやるから!」
そう言うとバートは航宙船の停泊するドッキングポートへと向かう。
「たく、まだ補修部品が回ってこないのか?予備のフォトンバッテリーに頼るのもそろそろ限界だぞ?……っておい、バート!どこ行くつもりだ!」
「すんません、社長!ちょっと所用で!」
「おい、補給作業はどうした!……ったく、近頃の若いモンは……」
軌道ステーションのスタッフ相手にメンテナンスの手配が遅いと愚痴っていた船会社の社長に対し、バートは適当なことを言ってその場をやり過ごす。
「ちょっとバート、仕事中だったんじゃないの?」
「なに、上陸仕事は社長や先輩があらかた片付けてくれるさ」
「もう。それで、どこへ……」
「あそこだ。ほら!」
フェリシアの手を引いたバートが向かったのは彼の職場である小型航宙船。
ブルーエンジェルなどという小洒落た名が付けられているが、実体は放射線焼けした塗装が半ば剥げた、老朽艇だ。
しかしそれでも航宙船であることには違いない。
この船であれば、フェリシアを月へ……もしかしたらその先の、星の世界へでも連れて行ける。
そう考えたバートは、フェリシアをブルーエンジェルへと誘う。
そして拒むことが出来たはずのフェリシアもまた、バートの手をとり、憧れていた宇宙の旅へと一歩を踏み出した。
『おい、ブルーエンジェル!出港許可は出してないぞ!まだ補給もしてないだろうが!』
「すみません、ちょっとそこまで出るだけなんで!」
『待て、今ギルドのお偉いさんの船が……』
「あとで詫びに行きますんで!」
ポートコントロールの制止を振り切り、バートはブルーエンジェルを無断で出航させる。
常識人であるフェリシアはバートの行いに呆れるが……それでも船窓に広がる光景に心奪われていた。
「こいつじゃ遠くまでは行けないけどさ、とりあえず月ぐらいなら俺が連れて行ってやる」
「はぁ……。後で絶対怒られるわよ?」
「お前のために怒られるなら、男の勲章ってやつさ」
「バートったら……」
地上ではギルド支部の目があるため、二人は公然と親しくすることは難しい。
けど二人きりの航宙船ならば。
宇宙空間を進むブルーエンジェルのブリッジに漂いながら、二人は身を寄せ合って星々の世界を見つめ続けた。
遠くに見つめていた月が、手の届きそうな場所にある。
そしてそんな場所に、好意を寄せているバートが連れてきてくれた。
数十分の宇宙旅行はフェリシアにとって夢のような時間だった。
だが、夢はいつか覚めるものだ。
「……さて、そろそろ帰らないと社長に怒られちまう」
「ありがとう、バート。私を月まで連れて来てくれて」
「ま、いつか俺が自分の船を持てるようになったら、その時は毎週末にでも連れてきてやるよ」
自分がギルドの定めた相手と結婚するまでに、実現すれば良いのだけど。
内心でそんなことを思いながらも、フェリシアはバートの言葉に笑顔を抑えることが出来なかった。
だが。
「思ってたよりフォトン残量、少ないけど……月を回って自由帰還軌道に乗せれば……。あれ?」
「……どうしたの?」
「軌道が……変わらない……」
「どういうこと?」
※時系列的には前後しますが、「HappyEndのその後で」と「王者の鎧」の間、エメをリンデールへ送り届けた際の物語になります




