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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部6章「スリーピング・ビューティ」ブライアローズ-凍宝の星船
549/580

#13

>>Iris


 乗客の蘇生に失敗した。


 そのこと自体は確率論的に見れば容認すべき範疇の結果だ。

 けど、私は一つ大きな見落としをしていた。


 それはつまり……トワのことだ。


 私が冷凍睡眠事故で命を落としたとき、トワは私の死を目にしていた。

 なら、心優しい私の妹が、見知らぬ相手とはいえ、同じような状況で命を落とした人々を見てどう思うか……。

 そんな簡単な事に思い当たらなかったんだ、私は。


 今回は戦闘が発生する可能性が高かったから、マリエッタはアルカンシェルに残してきた。

 なら、ブライアローズ内で心に傷を負う可能性が高いトワもまた、アルカンシェルへ残してくるべきだったのに。


 実際、大丈夫だと口にするトワの瞳の色は、漆黒とまではいかないまでも、ずいぶんと暗い色味になっている。

 それはこの子が絶望の一歩手前にいるということで……。

 でも、それでもトワは蘇生に立ち会うと言う。


 私はトワを引きずってでもブリーズへ待避させるべきか迷ったけど、無理をしていることを自覚した上で大丈夫だと言うトワの言葉を信じることにした。

 ただ、次の部屋では蘇生プロセス自体は私が担当しようと心に決めながら。



 Ⅶの部屋はⅤの部屋よりも状態が悪かった。かろうじて動力は残っているけど、環境系が修復不能なレベルであることは一目見て判った。

 なにせ、船尾部分にあたるこの部屋の壁――つまり船殻からは岩石の先端が露出していたから。


 8つあるポッドのうちの2つは岩石の衝突によって物理的に破壊されていた。

 幸い破損したポッドの中に人がいた形跡はなかったけど、もしこれが連結式の冷凍睡眠ポッドならコントロール装置が破損して全滅していた可能性もある。

 そういう意味ではこの部屋のポッドに眠っている乗客達は幸運の持ち主だと言えるだろう。


 あとは幸運の女神が蘇生時にも微笑んでくれるか、だけど……。



 この部屋のポッドに眠っているのは男性2名と女性2名。

 そして子供が1名。いや、その表現は少し正しくないかな。


 ポッドの配置的に、ここで眠っているのは「2組の男女と1人の子供」だ。


 通常、緊急時でも夫婦や家族が共に行動する可能性は高いから、隣り合ってポッドに入っている男女は夫婦か恋人同士なんだと思う。

 実際にこの部屋のポッドに入っているのは、30代ぐらいの男女と、2つの破損ポッドを挟んだ場所に老齢の男女が眠っている。

 だけど……最後の子供が眠っているのは老夫婦のポッドと1つ間を開けた一番端のポッドだ。


 子供がもし老夫婦の孫だとしたら、わざわざ1つ間を開ける必要も理由もないはずだけど……。

 この小さな謎が解けるかどうかは、蘇生が成功するかどうかに掛かっている。


 もっとも、私達が目的としている「スリーピング・ビューティ」とは関係のない謎だとは思うけどね。



 しかし私の期待とは裏腹に、この謎が解けることは無さそうだった。

 なぜなら、この部屋の冷凍睡眠ポッドもまた、無情に解凍失敗を告げるレッドサインを点灯させたから。


『やっぱり……刻の流れの前には幸運も通じない、か』

『アイリス。緊急プロトコル』

『そうだね。ダメ元だけどやってみよう』


 青白い顔をした2組の男女と、性別も判らない子供。私は内心で彼らの冥福を祈りながらも……機械的に、緊急プロトコルの指示をポッドに出してゆく。


 操作を行った順番に緊急プロトコルの結果がサインとして示されてゆく。


 赤、赤。

 2つ飛ばして赤……そして、赤。


 1つ飛ばして……黄色。


 ―ー黄色?


『アイリス、反応があった』

『トワ、緊急プロトコルをもう1回!ボブさん、子供用のコスモスーツ探してきて!』

『わかったぜ!』


 黄色サインが意味するのは蘇生そのものには失敗したけど、蘇生措置に反応があったということだ。

 つまり、再度緊急プロトコルを実施すれば蘇生できる可能性が少しだけ……ほんの少しだけだけど、残っている。


 だけどポッドに表示された一瞬の反応時に観測されたバイタルサインでは脳活動の反応がほとんど出ていない。

 これは仮に肉体が蘇生したとしても、この子供が健康を取り戻せる可能性が低いことを示している。


 でも、それでも!


『一瞬心臓が動いた!緊急プロトコルをBパターンの通常蘇生へ変更!ガンガン運送の人、強心剤のアンプルってある?』

『1本だけあるぞい。Ⅶ番室じゃな?もっていくぞ』


 オープンチャンネルに流した通信に反応があった。少しのんびりとした声で応えたのは……確か船医のマードックと名乗っていた老齢の人だ。

 ちなみに赤ら顔で、どうみてもお酒を飲みながら乗船している藪医者っぽかったけど。


 強心アンプルがあるなら、少しでも心臓が動き始めれば命を繋ぐことが出来るかもしれない。

 ただ問題もある。

 アンプルを打つにはフロントパネルを開く必要があるけど、酸素も無く極低温なこの場所でポッドを解放すると、この子は確実に死んでしまう。なら……。


『手の空いてる人、Ⅴの部屋に保温措置と酸素充填願います!!マードックさん、アプルはⅤへ!』

『わかったぞい』

『お、おう!でもどうする気だ?』

『ポッドごとⅤの部屋へ運び込みます!』


 冷凍睡眠ポッドを動かすというのはかなり無茶だけど、そうしないと繋がり掛けたこの子の命の糸を守ることが出来ない。

 その細い糸のような生存の可能性は、この子の命だけでなくトワの心を支えるものでもある。

 なら、無茶を承知でもやらないと。


 女性客が全員蘇生に失敗したことで私達の「スリーピング・ビューティ」保護というミッションも既に失敗が確定しているけど、それでも……名も知らぬこの子だけは助けたいと思ったんだ。


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― 新着の感想 ―
Xで作者様の貴族ネタへの返信周りでSFをやられているのいうのを見かけて気になり読みはじめて先ほど読破いたしました。 一日中ずっと読んでいたくなる素晴らしい作品です。 これからは更新を日々お待ちさせてい…
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