#6
ロック解除されたミッションデータの中には就航当時のブライアローズ船内構造図も添付されていましたが、それによると冷凍睡眠用のポッドが設置されているのは5階層になった船体のうち下から2番目の4階層です。
軍警とガンガン運送がドッキングしているポートはいずれも第2階層にあたる部分。
2隻が共闘状態なのか、それとも敵対関係にあるのかは判りませんが、先行されていることは間違いありません。
なので私達は少しでも冷凍睡眠ポッドに近い船底の貨物搬入口から船内へ侵入することにしました。
ブリーズをブライアローズに横付けし、ハッチを外部から強制開放。船倉へと侵入します。
隊列は私、アイリスさん、トワ様、ヒナの順番です。
船殻に突き刺さった無数の岩塊を目にした時から予想できていましたが、搬入口の開閉機構は動作しませんでした。やむを得ずレゾナンスブレードで開閉部を破壊し、侵入します。
ブライアローズの船内は照明も疑似重力も動作しておらず、それどころか空気すら存在していませんでした。
発振したブレードの光である程度周囲を照らすことはできますが、決して十分な光量ではありません。
かつては船倉に整然と積まれていたであろう貨物コンテナは荷崩れを起こし、一部のコンテナは無重力状態の船倉を漂っていることもあって光が照らせるのはかなり限定的な空間だけです。
普通に考えれば好ましくない状況ですが、今回に限ればそれはむしろ私達にとっては有利な状況と言えます。
なにせ私も、トワ様も。そしてアイリスさんも、ヒナも。今回ブライアローズへ侵入したメンバーはいずれも常人以上の感覚を持つ者ばかりですから、目立つ光源がなくても活動できるのです。
対する軍警やガンガン運送は常人ですから、真っ暗な船内で活動するためにはそれなりの光量を持つ照明が必要になります。
そう、丁度今……私達が侵入した船倉に向かって差し込んでいる、ああいうライトが。
『敵、発見しました。ライトの光条から最低でも2名はいますね。軍警ならスリーマンセルだと思いますが……どうしますか?』
『宙域的に考えればTfTのこともあるからね。オープンチャンネルで呼びかけてみようか』
『承知しました』
TfTというのは、深宇宙における法律……いえ、掟のようなものです。
ブライアローズの現在位置から最寄りの惑星はスピンドルで間違いありませんが、現宙域から惑星までの距離は約4光日ほど。
惑星政府の持つ主権、すなわちスピンドルの法律が効力を発揮する範囲を外れています。
つまりこの宙域はどこの惑星の管理下にもない深宇宙であり、その状況下で適用されるルールこそがTfT……「Tit for Tat(しっぺ返し)」。
航宙船乗り達が、過酷な環境で生き抜くために重んじている掟です。
『ブライアローズ最下層を探索中の勢力に通告。こちらモーリオンギルド。人命救助のために行動中』
私は相手の出方をうかがうために、ブレードの発振を一旦キャンセルし、発光させたケミカルライトを3本ほどまとめてコンテナの間から押し出しながらオープンチャンネルで短距離通信を行いました。
はたしてそれに対する返答は……。
無言でのブラスター一斉射撃。朱と碧のエネルギー弾がケミカルライトと、その周辺に浮遊していたコンテナに着弾します。
『こちらに攻撃意思はありません。繰り返します。こちらはモーリオンギルドです。射撃を停止しなさい』
私の再通告に対する回答はまたしてもエネルギー弾でした。
コンテナの影に身を隠していた私達は、秘匿回線で最終的な意思確認を行います。
『アイリスさん、交戦規定は満たされたと判断して問題ありませんね?』
『仕方ないよ。こちらはギルドと名乗ったし、戦闘意思がないことも伝えたんだからね』
『ではここは私が。アイリスさん、ヒナ、不測の事態に備えてトワ様のカバーを任せます』
私はそう言い残すと、床を蹴ってコンテナの影から飛び出しました。
地上と違い、無重力では自在に回避することはできませんが……逆に浮遊するコンテナという足場を使えば立体的な機動が可能です。
そして何よりも。たかだか3名程度の雑兵相手に、私が後れを取るはずがありません。
――戦闘は、一瞬で終了しました。
敵は3名。いずれも同じデザインで階級章らしきものが付けられたコスモスーツにを身につけ、同じタイプのブラスターを持っていましたから、スピンドルの軍警と見て間違いないでしょう。
軍警がギルドの人間相手に無警告で射撃を加えてくると言うことは、船内の生存者だけでなく不都合な目撃者の口封じを命じられているとみて間違いないでしょう。
『アリサ、大丈夫?』
『ええ、もちろんです。ですがトワ様、後続がいるかもしれませんから気を付けてくださいね』
『その人達、死んでるの?』
『はい』
あっさりと返した私の言葉に、トワ様は絶句されました。
……おそらく、トワ様はTfTのことをご存じないのでしょうね。
『……どうして?』
『トワ、アリサの行いは深宇宙の掟に従ったものだよ』
私に代わり、アイリスさんがトワ様にTfTの説明をしてくださりました。
「しっぺ返し」。
それは惑星法の及ばない深宇宙での、ただひとつの掟。
航宙船乗り達は過酷な環境で生き抜くため、所属する勢力の垣根を越えて無条件で協力し合うことを誓っています。
ですが、同時に攻撃を仕掛けてくる者に対しては必ず同等の報いを与えることを躊躇いません。
そして相手が攻撃を断念すれば、恨みを忘れて再び協力し合う。それこそが法治の及ばぬ深宇宙における最適戦略なのです。
『――だからね、反撃しないと私達はこの後もずっと標的にされ続けるし、この連中は他の人達にも同じような攻撃をする。だから、私達は反撃する「義務」があるんだよ』
『わかった』
そう、アイリスさんが言われたように、TfTによる反撃は「権利」ではありません。
深宇宙という過酷な環境で、他者との協力を拒み、自他の命を軽んじる愚者をのさばらせないために、愚者と遭遇した者が負うべき「義務」なのです。
私はトワ様と同じように、浮かない顔をしていたヒナに声を掛けました。
『ヒナ、あなたにも伝えておくことがあります』
『……はい』
『あなたが力による正義を良しとしないことは知っています。ですが深宇宙では惑星法も、ギルド憲章すらもその効力が及びません。この場所における唯一の掟が「Tit for Tat」。つまりここであなたが守るべき法です』
『はい』
『ここでは法の秩序を守るために力が必要なのです。あなたに、できますか?』
『アリサ様がお望みであれば』
ヒナの瞳に浮かんでいた迷いが消えました。
ですが……その返事は、彼女の自由意思での選択というよりも、私の言葉に盲信しているだけのようにも聞こえます。
いずれ機を見て、ヒナとはゆっくりと話をした方が良いかもしれませんね。




