#1
>>Iris
疲れた。たたひたすらに、疲れた。
ヒトと話をするのがこんなに疲労することだとは思ってもみなかったよ……。
エイギスに見送られながら大図書館を後にした私は、喉に痛みを感じながら宿――予約だけして、未だ一度も足を踏み入れてない――への帰路についた。
ここは惑星クレリス。
私的には2度目、実際には3度目の訪問となる、学術と知識の集積で有名な惑星だ。
惑星ヘカテーでボースンさんとの別れを経た私達がこの星を訪れたのは、クレリスの実質的な支配者である機姫カルティアの熱烈なお誘いに応えるためだった。
友人である彼女に何度か無理を言って頼み事をした手前、彼女からの「そろそろ遊びに来て下さい」は断れなかったんだよ……。
大図書館から動けない彼女に会いに行ったのが一昨日の昼過ぎで、それ以降私はカルティアに質問攻めにされて図書館から一歩も出ることが出来なかったんだ。
G17のこと。
亜空間のこと。
スターゲートのこと。
オリオン腕のこと。
放浪機のこと。
ナミのこと。
タケハヤとサクヤのこと。
セレスセラとエトワールのこと。
それに、マリナのこと。
話すことはいくらでもあった。
そして私の話した内容にカルティアが質問と分析、評価を加え、それに対して私がさらに意見を述べる。
その意見に対してカルティアが質問や反論、賛同を述べて……そんなやり取りをしている間に気付くと2日が過ぎていた。
いや、もちろん食事や仮眠はとったし、お手洗いへ行ったりもしたよ?
全部図書館の中で、だけど。
しかしさすがカルティアは知識の番人だけあって知識欲が旺盛だ。
既に蓄えた膨大な知識と照らし合わせながら、私が抱いていた疑問に直接的・間接的な答えを与えてくれる。
彼女との2日間はとても有意義だった。
ただ、話すのは疲れたけど……。
「あっ、アイリス様っ!」
カルティアとのやり取りを思い出しながら、ホテルのロビーに入った私は、聞き覚えのある声に呼び止められた。
目線をやるとそこにいたのは、軽やかな民族衣装に身を包んだ褐色の肌のエキゾチック美人……ヒナだった。
どうやら私がカルティアと話し込んでいる間に合流してきたんだね。
私が軽く手を上げて挨拶すると、ヒナが駆け寄ってきた。
「お久しぶりです!」
「ヒナ、体調はどう?」
「はいっ、おかげさまで前よりもずいぶん元気です!」
そう言えば前回ヒナに会った時、彼女はずっと意識を失ってたんだっけ。
アリサ達は病院で何度か言葉を交わしたらしいけど、私がお見舞いに行った時はずっヒナは眠っていた。
だから私にとっては半月ぶりぐらいの再会だけど、ヒナにとっては4ヶ月ぶりぐらいになるのかな?
そんなことを考えていると間に、トワ達もロビーに降りてきた。
トワの格好はいつも通りだけど、マリエッタがよそ行きの服装をしているということは、これから出かけるのかな?
「アイリス。久しぶり」
「うん、2日ぶりだけどね。で、どこか行くの?」
「ローヒーの後継ゲームをクリアしてくる」
「初見攻略は無理ですよっ!」
「前はした」
どうやら3人で遊びに行くみたいだね。
ヒナが私も一緒にどうかと誘ってくれたけど、さすがに少し休みたいから今回はパスさせてもらった。
トワはヒナと仲良くなりたいと言ってたし、丁度良いんじゃないかな。
「アリサは?」
「前大統領の弔問へ行くって言ってましたっ!」
「そっか……じゃあ宿に残るのは私だけだね。晩ご飯までにはみんな帰ってくる?」
「うん。アリサも夕方には戻る」
「わかった。じゃあ私は部屋でゆっくりしてるから、楽しんできて」
「はいっ!」
今回クレリスでの逗留にはヒナも合流してくるって聞いてたから、皆で泊まれるようにコンドミニアムタイプの部屋にしたんだ。
でも今はみんな出かけているから部屋には私独り。
妹も義娘もいないし、ちょっとだけ羽目を外しても許されるかな?
とりあえず、シャワーを浴びて、寝不足解消のために昼寝をして……。
そんなことを考えながら、客室に備え付けられていたホロビジョンを操作する。
ニュースチャンネルを選択し、報じられる最新ニュースを聞き流しながら、私は服を雑に脱ぎ捨てた。
……うん、もちろん皆が帰ってくるまでには片付けるけどね。
『――続いて惑星スピンドルから、894年前に消息を絶った豪華客船「ブライアローズ」号のものと思われる救難信号が受信された件の続報です。スピンドル政府は信号発信源をブライアローズと特定、信号が発信された座標を公開しました。スピンドルの軍警察および同惑星所属の航宙船が救助へ向かうとのことで――』
ふと耳に入ったのは、確かクレリスに到着した時に報じられてた、約900年前に遭難した豪華客船ブライアローズ号について報じるニュースの続報だった。
豪華絢爛な装飾が施されたその客船には金持ちや王侯貴族が乗船しており、贅を尽くした船旅を楽しんでいたのだとか。
だけど、ある時ブライアローズは47人の乗客と150人の船員を乗せたまま、消息を絶った。
そして約900年後。プライアローズが航行していたと思われるルートの延長線にほど近い、辺境の惑星スピンドルの軌道ステーションがブライアローズのものと思われる微弱な救難信号を捉えた。
……と言うところまでは私も知っていたけど、どうやらその信号は本当にブライアローズのものだったようだ。
たぶん、スピンドル中の航宙船がこぞってプライアローズの「救助」へ向かうんだろうな……。
そんなことを思いながら、私はシャワールームへと足を踏み入れた。
熱いシャワーで疲れを洗い流し、リビングへ戻るとホロビジョンはクレリスのローカルニュースを報じていた。
大昔の豪華客船に関するニュースは話のネタとしては面白いけど、クレリスから50パーセク近く離れているスピンドルでの出来事だから、特集を組んでまで報じるようなものじゃないんだろうね。
まぁ、現地は間違いなくこのニュースで持ちきりなんだろうけど。
そんなことを思いながら、私は髪を乾かし……そしてベッドへ潜り込んだ。
『――よ!起きろ、起きろ!さっさと起きろよ、ちんちくりん!』
微睡みの時間は罵声によって妨げられた。
枕元に置いていたフォトンタブから聞こえるこの声と物言いは……考えるまでもない、サクヤだ。
「……なに?私、疲れてるんだけど」
『やっと起きた!通信入ってるって言ってるっしょ!もう5分ぐらい相手待たせてるんだけど!?』
「……どこから?」
『アンタに用事があるのはギルドぐらいっしょ!繋ぐよ!!』
「ちょ、私、今服着てない……!」
フォトンタブから投影される横向きの映像に映し出されたのは見知った顔、ギルドのミッション管理センターオペレーター、サンディだ。
……まぁ相手が同年代の女子なら、多少乱れた服装でもかまわないか……。
そう思いながら私はシーツを体に巻き付けて、身を起こした。
『ありがとうございます!!』
「……えっと、なんでいきなりお礼言われてるのかな、私?」
『……はっ!?み、ミッション依頼です!緊急の!』
何故か顔を赤らめたサンディは良くわからないテンションで一方的にミッション内容の説明を行い、そして挨拶もなしに通信を切ってしまった。
「……今の、何?」
『アタシに聞かれてもしらねーし!ミッションデータ来てるから送っとくよ。適当にヨロ!』
「ちょ、私ミッション受けるともなんとも言ってないよね!?」
『は?受諾済みになってるケド』
「いやいや、サクヤも今のやり取り……っていうか、サンディが一方的に喋ってただけなの聞いてたよね!?」
『マスターが暇を持て余してたから、いいんじゃね?』
そう言うとサクヤも一方的に通信を切ってしまった。
後に残されたのは半裸でベッドに座り込んだ私と、受けた覚えの無いミッションの詳細データだけだった。
いや、これどうするのよ。
寝起きでまだ頭が動いていない私はしばらくぼーっとしていたけど、そのまま二度寝する気にもなれなかった。
ミッション管理センターにクレームを入れるにしても、内容ぐらいは確認しておいた方がいいか……。
そう思って一方的に送りつけられた情報を展開し、表示されたミッションデータの冒頭に記載された「ブライアローズ」の文字を見て、私は心底げんなりした。




