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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部5章『終の海』ヘカテー-星海の惑星
523/534

#17

 問題はマリナのケースだ。

 マリナは実質的にこの星を管理している統治者だけど、彼女がオリジネーターだとは認められていない。

 統治を放棄した場合でもその旨の記録は残るはずなのに、マリナについてはその記録すら存在しない。


 とすれば……おそらく理由は「宣言」がなされていないからだろう。


 新規開拓惑星に到着した組織や人は、その星の発見を「宣言」することでオリジネーターとしての権利を得る。

 通常、その宣言は自分の出身惑星や、周囲の惑星に対して行われるものだけど……。

 このあたりはマリナに事情を聞かないとどうなっているのかは判らない。だから私はマリナを探して話を聞くために、パブを出た。


 たしかマリナは一昨日、この時間帯に魚を入手して朝食の仕込みをしていたはず。そう思って港へ向かった私だけど、そこには昨日と同じように早朝の釣りを楽しむ老船乗りの姿しかなかった。

 まだ漁から戻っていないのかと思って、手近な老人に声を掛けると……。


「マリナ?今日は海には出てないと思うぜ。昨日はエイハブの奴が旅立ったからな」

「エイハブ船長と……何か関係が?」

「ああ。マリナはな、誰かが旅立った次の日は漁に出ないのさ。だから次の日の朝食は菜食中心って訳だ。なんて言ったか……ショージ?ジョージ?」

「おいおい、耄碌してるんじゃねぇか?ショーシン料理だろ?」

「……もしかして、精進料理、ですか?」

「んー、そうだっけか?まぁそんな感じだ。だからマリナなら畑の筈だ」

「ん?マリナを探してるのか?ずいぶん前に戻ってきたところを見たぞ?」


 船乗り達が言う精進料理というのは、太古の宗教儀式に関連する「不殺生の料理」だったはず。

 動物性のものを食べないことで、故人の冥福を祈るという話をどこかで見た記憶がある。マリナがそんな失われた宗教儀式を?


 いや、違うな。マリナは太古から存在している機族だ。

 つまり彼女にとっては精進料理というのは失われた太古の儀式ではなく、死者を弔うための常識なんだろう。


 そう言えば昨日の朝食は確かに菜食中心のものだった。そして……一昨日の夜にも、私の知らない誰かが海へと旅立って行った。

 なら一昨日、マリナが朝から漁に出ていたのはその前日に誰も旅立たなかったから……そういうことか。

 マリナの行動パターンは理解出来たけど、どうやら入れ違いになったようだ。


 私は港からパブへと戻る事にした。



 結局、私がマリナを見つけたのは私達が借りている客室の隣の部屋……つまり、私はマリナの横を素通りして港まで無駄足を運んでいたということになる。

 隣室にはマリナと、そして何故かトワがいた。

 そして……深く暗い青色の瞳をしたトワの目には涙が浮かんでいた。


 そうか、この部屋は確かエイハブ船長が使っていた部屋。この表情はおそらくトワも気付いたんだろう。

 この宿が、終の海へ旅立つ老人達が最後に立ち寄る止まり木であることに。


 そして……ボースンさんがその最後の一時を過ごす1人であることに。


 私は昨日、一部屋が空き部屋になった事を聞いてたのでこの宿がもつ意味についておおよそ理解していた。

 けど、ボースンさんが滞在していることを考えて、聞かれない限りはあえてトワに説明する必要は無いと思って黙っていたんだけど……どうやらトワもその真実にたどり着いてしまったようだ。


「アイリス。ボースンが……」

「わかってる」

「知ってたの?」

「なんとなくだけどね、察してたよ」


 私の言葉に、トワは黙って私に抱きついてきた。一昨日は見知らぬ誰かを見送り、昨日は一時行動を共にしたエイハブ船長を見送った。

 昨夜の別れを受け入れるためにトワが流していた涙のことはもちろん気付いていたけど……さすがに旧知の仲であるボースンさんの死を受け入れるのはトワには辛かったんだろうね。


 もちろん私だって冷静じゃない。この宿の事を理解した瞬間、心が掻き乱された。

 でも、これは……彼らが選んだ、自らの尊厳を守るための旅立ちなんだ。

 だから外部の人間である私達が口出しすべきじゃないと、自分に言い聞かせたんだ。


「トワ。これは彼らの選んだことだから……受け入れてあげようよ」

「いや」


 私の胸の中でトワは頭を振る。

 でも、この子は道理を理解しない子供ではない。


「……でも、わかった」


 しばらくして静かにそう言ったトワの頭を、私はそっと撫でた。マリナは黙ったまま、じっと私とトワのやり取りを見つめていた。


「ごめんね、へんなとこ見せて」

「いえ。人の心について学ばせて頂きました」

「トワを参考にすると、とんでもない学習になるよ?」

「アイリス、酷い」


 拗ねた口調でそういうトワの瞳の色はまだ青みがかっていて、この子が完全に悲しみから解放された訳ではないことを示していた。

 でも、それでも……。

 トワの理性はボースンさん達の選択を尊重しようとしている。それで十分だと私は思った。


 しばらくトワの柔らかい銀髪を撫でていた私だったけど、ふとここへ来た理由はトワではなくマリナに話を聞くためだったことを思い出した。

 危うく本題を忘れようになった私は、掃除道具を手に部屋を出ようとしていたマリナを呼び止めた。


「マリナ、ちょっと聞かせて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい。なんでしょうか?」

「あなたがオリジネーターとして『宣言』をしていない理由。差し支えなければ聞かせて?」

「『宣言』……ああ、1372年前に始まった制度のことですね」


 その数字は初耳だけど……そうか、制度である以上その始まりというのがどこかにあっても不思議ではない、か。

 あれ?じゃあもしかしてマリナが「宣言」をしていない理由って……


「マリナ、もしかしてその制度が出来る前から、ここにいたの?」

「はい。私がこの星に到着したのは今から1554年前です」

「ヘリオスの資料にはマリナが1200年ぐらい前から滞在しているって書いてあったけど……」

「ヘリオスに人類が入植したのが1198年前です。私の存在を認識したがその時点なのでしょう」


 なんてことだ。マリナはヘリオスの人達よりも先に……そしてオリジネーターという制度が成立するよりも前にヘカテーへ到着していた……。

 それもそうか、過去のデータにもヘリオスへ到着した人類がヘカテーに滞在するマリナと接触したと記されていたぐらいだ。


 なら、制度の出来る180年前からここにいるなら、新しい制度が出来たからといってわざわざ申告することもないだろう。

 だって今さらだし、そもそもその当時はこの周辺宙域にまだ人類は到達していなかったはずだし。


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