#15
>>Towa
エイハブ船長は行ってしまった。
穏やかな夜の海の向こう側。
船長が一生を捧げた、遠い海へ。
エイバブ船長は航宙船乗りじゃなかったけど、それでも……ううん、航宙船乗り達以上に、あの人にとって海は還るべきところだったんだ。
だから、私は悲しいとは思わない。だって、いつか還るべき所へ還ることが出来たんだから。
そして、最後にエイハブ船長の望みを叶える手伝いができたんだから。
夜が明けて瞼が重いのは、きっと飲み慣れないお酒を沢山飲んだせいだ。
私はそう思うことにした。
セレスティエルはアルコールの影響は受けないはずなんだけどね。
目覚めた私が狭い室内を見渡すと、着替えを済ませたアイリスがベッドに腰掛けてフォトンタブを操作していた。
「アイリス」
「ん……おはよう、トワ。眠れた?」
「まあまあ」
「そう」
アイリスはそう言うけど、たぶん私が一晩中泣いていたことに気付いてるんだろうな。
エイハブ船長と知り合ったのは昨日のことで、その日のうちに彼と別れることになった。
つまり、言うならば私達とエイハブ船長は行きずりの関係にすぎない。
でも、私は……船長に色んなことを教えて貰った。
海のこと。
魚のこと。
生きるということ。
そして……死ぬということ。
もちろん、一撃必殺の技も教えて貰ったけど。
だから私は願う。船長の魂が安らぎに満ちていることを。
だけど、そんな私の願いは轟音によってかき消された。
開けっぱなしになっていた窓から外を見ると、衛星軌道上からHLVが降りてきているのが見えた。
「……また、HLVが降りてきてるね。出張所建造が加速してるのかな」
アイリスの言葉は、このヘカテーの海が今まさに汚されつつあることを示していた。
窓から見えるHLVの軌跡を目で追いながら、私は無意識のうちに口にしていた。
「ここは、マリナの星なのに」
そう。ここはギルドの星じゃない。
マリナと、年老いた船乗り達の星なのに。どうしてギルドはあんなに無神経な音を立てて降りてくるんだろう。
憤りとやるせなさに胸の奥が熱くなる。
なんとかしたい。
でも、私には何もできない。でも、お姉ちゃんなら……。そう思ってアイリスに視線を戻すと、アイリスが私の方をじっと見つめていた。
「マリナの……星」
「うん。マリナと、船乗りの星」
「そうか、そういうことか!」
私の言葉に、それまで少し沈んでいたアイリスの表情が一気に明るくなる。
あれ、もしかしてアイリス……何か良いこと思いついた?
「アイリス?」
「うん、そうだよ、そうだったんだよ!ありがとう、トワ!私ちょっと確認してくるね!」
説明を求めたつもりだったんだけど、アイリスは1人で納得するとそのまま部屋を出て行った。
えっと……何がそうなのか、教えて欲しいんだけど……。
部屋を出て廊下に出た私は、マリナが隣室から出てくるところに出くわした。
どうやら部屋の清掃をしていたみたいだけど……確かこの宿、私達が借りた部屋以外は満室だって言ってなかったっけ。
「マリナ。おはよう」
「おはようございます、トワさん。今日も良い朝ですね」
「うん。ね、この部屋は?」
「はい。空き室になりましたので清掃を」
「空き室、あるの?」
「はい。ここと合わせて2部屋空いています」
「ほほう」
マリナの答えを一瞬聞き流した私だけど、ふとある事に気が付いた。
昨夜のエイハブ船長。
一昨日の名前も知らない誰か。
私達がヘカテーに来てから2人の船乗りが海へと還っていった。
そして、満室だったはずの部屋が2部屋空いているそれって……。
「マリナ。この宿って」
「ええ。ここは最後の憩いの宿です」
マリナの答えは私の想像した通りだった。
つまり、終の海へ旅立つ老人達は最後の一時をこの宿で過ごす。
つまり……この宿に泊まっているボースンさんの旅立ちも近いということだ。
そう遠くない日にボースンさんも海へと還っていく。
それは……エイハブ船長の死はなんとか受け入れることができた私にとって、受け入れがたいことだった。




