#13
>>Iris
私は……史上最年少の二等管理官だ、英雄だと他人からもてはやされることが多い。
だけど実際のところ自分がそんな大層な存在ではないことは、自分が一番良く判っている。
現に今日だってそうだ。マリナとシーラ。どちらもが正しいと思ってしまった私は、決断すべきところで決断することが出来ず、妹を失望させた。
そして途方に暮れた私はアリサを頼った。弱音を吐く私の話をアリサは優しく聞いてくれて、そして……道しるべを示してくれた。
そうだ、私は……トワにちゃんと話をしないといけなかったんだ。
パブへ戻った私はトワを探したけど、パブの中にあの子の姿は無かった。
ボートは私が乗って行っていたし、ボースンさんが言うにはトワがパブを出て行ったのは陽が落ちてからだったらしいから海へは出てないと思うんだけど。
土地勘の無い島の中でどうやって妹を探そうかと迷いながら夜道を歩いていると、遠くから微かに歌声が聞こえてきた。
歌声に誘われるように小高い丘の上へ向かうと、歌の内容がはっきり聞き取れるようになった。
これは……鎮魂歌だ。
年老いた船乗りと、最後の旅立ち。そして魂が巡る海の平穏を願うトワの歌がヘカテーの夜空に響いている。
トワの歌が語る想いは私の想いと同じだ。
だから……気付くと私もトワの歌に合わせて鎮魂歌を口ずさんでいた。
私が丘の頂へたどり着いたタイミングで二重唱の最後のフレーズが終わった。
歌声は夜空に溶け、星明かりに照らされたトワが私の方を見つめている。
「……トワ」
「アイリス」
「ごめん。ちゃんと話をさせてくれる?」
「いらない」
……やっぱり、トワに嫌われてしまったんだろうか。
仕方ないか。止めに行こうと言い出したのに、何も言わずに戻ってきたのは私なんだから。
でも、実際いらないと口に出して言われるとちょっときついかな……。
私はトワを見つめるのが辛くなって、つい視線を外してしまった。……と。
トワが一歩、二歩と私の方に歩み出した。
「アイリスの気持ち、わかったから。話さなくても、いい」
「トワ?」
「アイリスはこの海を大事に思ってくれてる。歌で判った」
ああ、そうか……私の妹は歌のエレメントの化身、エトワールだ。
私が二重唱に込めた想いを、トワは言葉で語る以上に汲み取ってくれていたんだ。
トワの隣に立ち、ふと海を見やると灯台が照らす薄ぼんやりとした海の向こうに小さな灯りが沖へ向かってゆっくりと遠ざかっていくのが見えた。
誰かが……トワの鎮魂歌に送られて、旅立っていったんだろう。
私は顔も名も知らぬその年老いた船員の魂が、終の海を経ていつか大宇宙へ再び還ることを願った。
手を繋ぎ、2人で丘を下りながら私はトワに改めて謝罪すると共に、状況について説明を行った。
今回の開発は私達が運んだ採掘機械が発端であること。ギルドの手続きは正当なもので、シーラ達にも事情や大儀がある以上、単に開発中止を訴えても効果がないこと。
でも、私としては終の海を……そして何よりもトワの願いを叶えたいということ。私とトワは歌で分かり合うことが出来たけど、それでも私は言葉で伝えたかったんだ。
トワは私の言葉を黙って聞いていたけど、最後に一言「わかった」とだけ答えた。
星明かりに照らされたトワの瞳の色は、星に輝く虹の色だった。
私の覚悟は決まった。
ギルドに反旗を翻す事になったとしても、トワの願いを叶える。それこそが私が管理官になることを選んだ根源の理由だから。
ただ問題はどうやって海底鉱床開発を止めるか、だ。いくら覚悟を決めたとはいえさすがに破壊工作はダメだと思うし、現時点では合法な阻止方法にも思い当たるものはない。
ああでもない、こうでもないと思案していると眉間にしわが寄っているのが自分でも判った。
「でっかい嬢ちゃん、難しい顔してるな」
「あ、ボースンさん。おはよう」
「考えごとなら、釣りをするといいぜ」
「釣り……ですか?」
「ああ。糸を垂らして無心に浮きを見つめてるとな、心が研ぎ澄まされていくんだ」
「そういうもの……?」
「そういうもんだ」
早朝のパブに一人座っていても建設的じゃないし、それなら釣りに行く方がまだマシか。
そう思った私はトワを誘って釣りに行くことにした。
今日は釣果よりも考えをまとめるのが目的だから、無理にボートで沖へ出なくても、港で釣り糸を垂らすだけでも良いだろう。
港には先客がいた。何人かの老船員達が、釣り糸を垂らしながら思い思いの時間を過ごしている。静かな余生ってこういう感じなんだろうな……と思える光景だ。
いや、セレスティエルである私達がどう老いるのか、そもそも静かな余生があるかどうかはわからないけど。
老人達は三々五々に朝の時間を過ごしている。でも私達は交流を求めてきた訳ではないので、人気の少ない桟橋を選んで釣りをすることにした。
向かった桟橋には老人が1人。
……遠目には気付かなかったけど、よく見ると短パンから覗く片方の足がサイバネティクス義肢になっている。
航宙船の事故で失ったものだろうか?そう思いながら、私は老船員に声を掛けた。
「お隣、いいですか?」
「かまわんぞ」
「ありがとうございます。トワ、ここで釣ろ」
「うん」
老船員は私の言葉にぶっきらぼうに応えた後、私達の存在などなかったかのような様子で海を見つめている。どことなく思い詰めているような……そうか、この人ももうすぐ海へ旅立つつもりなんだ。
なんとなく、そう思った。
糸を垂らすことしばし。考え事をしていたせいか私の釣果はさっぱりで、トワが何度か小魚を釣り上げた程度。
ふと隣を見ると老船員もまったく釣果は無いようだ。
「釣れませんね」
「うむ。ここはそもそも魚が少ないのじゃ」
「……そんなところでわざわざ釣りを?」
「儂の釣りたい魚は沖合におるのでな」
つい声を掛けた私に、エイハブと名乗った老船員――いや、彼が言うにはかつては船長だったらしい――はぶっきらぼうながらそう応じてくれた。
どうやらエイハブ船長には釣りたい獲物がいて、それ以外はどうでも良いと思っているらしい。
「どんな魚を狙ってるんですか?」
「ハンマーヘッドじゃ。そう言えば一昨日お嬢さん方が釣っておったな」
「ええ。でもあれ、お一人で釣るのは難しいんじゃ……」
「そうじゃな。大の大人なら3人。年寄りなら4、5人掛かりの大物じゃ」
おそらくハンマーヘッドを釣りに行けない理由は、それだ。
今ラボに停泊している船は私達が使っているのと同じ2人乗りのボートが中心で、少し大きな船でも4人程度しか乗れない小船ばかり。それも仮に乗れたとしても大人数で釣りができるような漁船の類いではない。
つまりハンマーヘッドは老人達には釣り上げることが難しい獲物なのだろう。
「おじいちゃん、釣りたい?」
「……そうさな、叶うなら釣ってみたいが」
「じゃ、釣りにいこう。アイリス、いいよね?」
「そう言うと思ったよ。エイハブ船長、大きめの船を借りてきます。沖へ行きましょう」
私がそう言うとエイハブ船長は驚いたような表情で私達を見た。
一瞬、無理だと言いたげな顔をしたけど……うん、私達は実際に2人でハンマーヘッドを釣ってるからね。
パブに戻ってマリナに話を聞くと、停泊している船はいずれも共有財産なので空いていれば誰がどれを使っても問題ないらしい。
あ、私達が使ってる、トワが色を塗った極彩色の船だけは私物だから例外……というより、あの船にわざわざ乗りたがる人はいないと思うけどね。




