#12
>>Towa
ラボへと戻る機中、私とアイリスはずっと黙ったままだった。
私はアイリスがシーラという職員にこの星から出て行けと言わなかった事に怒っているから。
アイリスは……何を考えているのか良くわからない。
ラボを出るときには開発を止めに行こうって言ってたのに、どうしてアイリスは何も言ってくれなかったんだろう。
ブリーズをアルカンシェルへドッキングさせた後も、私達は話をしないままだった。
サクヤが何か言ってたけど、私はサクヤにも答える気にならなかったし、アイリスも何も言わなかった、無言のままボートでラボへ戻り、私はパブの二階にあるボースンさんの部屋へと向かった。
アイリス?知らないよ。
「おう、どうした嬢ちゃん。なんか機嫌悪そうだな?」
「ボースン。ごめん。ギルド、追い出せなかった」
「いやいや、嬢ちゃん達もギルドの一員だろ?特にでっかい嬢ちゃんの方は幹部じゃねぇか。仲間割れしたらまずいだろ」
「でも、ギルドは海を乱す」
「ああ、そういうことか……」
そう言うとボースンさんは私の頭に大きな手を置いて、言った。
「俺達の為に怒ってくれてるんだな。嬢ちゃんは優しいな」
「そんなことない。だって、何もできない」
「なに、その気持ちだけでも、俺らは救われるのさ」
ボースンさんはそう言うけど、私は納得できなかった。
ここはマリナの星で、ボースンさん達船乗りが旅立つ海なのに。
どうしてギルドが勝手に入ってきて荒らすんだろう。
私はそんな悪い組織の一員なのに、どうしてボースンさんは優しくしてくれるんだろう。
……どうして、私は何もできないんだろう。
>>Alyssa
ヒナからの連絡を待ちながら、執行手続きについてメラニーと協議している間にヘリオス滞在2日目の夜が更けてゆきます。
そろそろ就寝しようかと思っていたタイミングでコールがありました。通信相手は……アイリスさんですね。
「はい、アリサです」
『あ、そっちは夜か……もう寝るところだった?』
「いえ、大丈夫ですよ。どうかされましたか?」
私がネグリジェ姿であること見てとったのか、アイリスさんは一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべました。
日中にトワ様から連絡があったときに確認したヘカテーとの時差は9時間ほどだったはず。
となると向こうは夕刻前といったところでしょうか。私がそんな事を考えている間にも、アイリスさんは何やら言いにくそうな顔で私の方を見てるだけで口を開こうとしません。
なんだか珍しい反応ですね。
私が目線でアイリスさんを促すと、少しためらった後に彼女は口を開きました。
『ごめん。ちょっとだけ、話を聞いて欲しいんだ……』
「ええ、どうぞ。私でよければいくらでも話を聞きますよ」
いつも快活なアイリスさんらしくない声に、私はそう応えました。
『トワにね……嫌われちゃった』
「え?」
『私、愛想を尽かされちゃったよ』
「……それは無いですね。トワ様にとってこの世の誰よりも大事なのはアイリスさんですよ?悔しいですが、私では太刀打ちできないぐらいに」
私はそう言いますが……もしかして喧嘩でもしたのでしょうか?
いや、まさか。あの2人に限って、関係が破綻するような喧嘩をするなんて、有り得ません。なぜなら……。
「アイリスさん。トワ様の半分はアイリスさんで出来ているんですよ?そんな半身を嫌いになれると思いますか?」
『それは、買いかぶりだよ。……私ね――』
そう言ってアイリスさんは今ヘカテーで起きている事を話してくれました。
ギルドの海底鉱床開発と、船乗り達の魂の安寧。
どちらも正しく、守るべきもので、その狭間で正しさに迷っていると。
誰の正しさを選んでも他の誰かを傷付けることになることが判るからこそ、何も選べなかったこと。そしてその態度そのものががトワ様を怒らせていることを。
これまでにもアイリスさんは幾度も今回のような難しい判断を迫られ、その都度正しい答えを選んできています。
その決断はおそらく彼女の心の中で揺れる天秤が、僅かなりとも「正解」の側へ傾いていたから選ぶことができた。
ですが今回はきっとその天秤が完全な均衡を示していて、それ故にアイリスさんはどちらも選べないのでしょう。
『……聞いて貰って楽になったよ。ごめんね、夜遅くに。じゃあお休み――』
アイリスさんはそう言いますが、表情は全く晴れていません。
ですが、それでも彼女は「どうしたらいい?」とは口にしませんでした。あくまでもこの件は自分自身で判断すべきだと考えているのでしょう。
なら、私が「正解」を示すべきではない。そう思いました。
ですが……彼女は私の大好きな姉でもあるのです。
姉の心労を和らげるのも妹の役目ですから、私は通信を切ろうとするアイリスさんを呼び止めます。
「アイリスさん。3つだけいいですか?」
『えらく多いね?なに?』
「まず、トワ様にそのことを話されましたか?先ほども言いましたが、トワ様の半分はアイリスさんです。同時にアイリスさんの半分はトワ様ですが……例え半身であっても、言葉を介さなければ伝わらないことはありますよ?」
『……それは、そうだね』
「次に、アイリスさんは何故自分が管理官になったのか忘れていませんか?ギルドの繁栄のために管理官になられたのですか?」
『……ちがう、かな』
「最後に。広域支部とはいえ統括局に報告していないのであれば、それは正式な開発計画ではないですよ。まだ、引き返せます」
『……ありがとう、アリサ』
私が答えを与えることは出来ませんが、天秤に揺らぎを与えることなら……。
3つの「重り」によって、アイリスさんの中の天秤が「正解」を指し示したことを確認し、私は通信を切りました。




