#11
ギルドの所属であると名乗って着陸許可を求めた私達だったけど、ヘカテー出張所と名乗った相手からの許可は直ぐに下りた。普通、もう少し丁寧に誰何されるところだと思うんだけど。
そう思いながら発着場へ降りた私は、出迎えに来た人物の顔を見てヘカテー出張所がすぐに許可を出した理由を理解した。
「ブースタリア管理官!まさかここでお会いできるとは思っていませんでした!」
「えっと……シーラ主任?」
「わっ、覚えて頂いてたなんて、光栄です!」
うん、出迎えに来ていたのは昨日ヘリオス支部でミッション報告を行ったときに対応してくれた主任、シーラだったんだ。
でも、どうして彼女がここに……?私の疑問にシーラが答えてくれた。
「はい、ヘカテー出張所の開設準備スタッフとして派遣されたんです!」
「そう……なんだ」
笑顔でそういうシーラに対する私の返事は精彩を欠いているのが自分でも判った。
これが全く知らない高圧的な相手であれば、私も闘志をかき立てられる所だけど……顔見知り、かつフレンドリーに来られるとどういう姿勢で対峙したら良いのか困るんだよね。
彼女が任務としている、その出張所開設を阻止しに来ているわけだし。
相手がシーラのような善良なギルド職員だと権力や詭弁、暴力を振りかざして追い払うわけにもいかない。そういう意味としては、もっとも手強い「敵」だと言えるだろうね……。
「それで、シーラ主任。ここの出張所の――」
「あの、私の事はシーラと呼んで頂ければ!」
「……う、うん……。」
普段ならそういう互いの距離を縮められる申し出はありがたく受けるところなんだけど、今回は少し逡巡してしまう。
いや、もちろんシーラに何か思うところがある訳じゃないんだけど……ただ、あまりこの人に近づきすぎると終の海を守れなくなるような気がしたんだ。
その後もシーラは割と食いつき気味に、私はやや及び腰で会話を続けた。
トワはずっと黙ったままシーラの方を見つめている。瞳の色がまだ赤みを帯びている所から、きっとシーラに対してあまり良い感情を抱いていないことが伝わってくる。
いや、シーラ個人が悪いんじゃないってことはトワも判ってると思うけど。
「そう言えばシーラは若いのに主任なんだよね。すごいね」
「アイリスさんがそれを言いますか!?それに、私の同期だともっと出世してるのがいますよ。管理官になってるサンディって子なんですけど!」
「サンディ……イズルハ?」
「はい!アイリスさんもご存じでしたか?彼女、統括局へスカウトされてオラクルで働いてるんです!私も出世していつかはオラクルで働きたいって思ってるんですけど……」
よりによってあのサンディと知り合いと来たか。
私とサンディはあまり良い関係とは言えない。いや、私は彼女に何か思うところがある訳じゃないけど、何故か一方的に嫌われてるんだよね。
それでもサンディとは仕事仲間だし、シーラはそのサンディの同期だと言う。これじゃますますシーラのことを否定しづらくなるじゃない。
「私、サンディには嫌われてるんだよね……」
「ええっ!?それは無いですよ!だってサンディ、アイリスさんの熱烈なファンというか、もはや信者ですから!」
「え?」
「あの子、オラクル勤務になればアイリスさんに会えるかも!って二つ返事で引き受けてたぐらいですよ?嫌うなんてありえないです!」
……なんだろう、私の知ってる無愛想でつっけんどんなサンディとは別人なんだろうか。
いや、フルネームも同じだし、年齢的にも管理官という職位的にも同じだし、別人って事はないだろうけど。
少し混乱している間に、私達は出張所の仮設オフィスに到着した。
ヘカテー出張所はギルド支部長主導のプロジェクトだけど、今出張所に派遣されているスタッフの中で一番職位が高いのはシーラらしい。
でも、昨日まで受付にいた彼女がどうして急に出張所へ派遣されることになったんだろうか。
応接室へ通された私が、着席してすぐにそう問うとシーラは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後に、人なつこい笑みを浮かべて言った。
「アイリスさんのおかげですよ?」
「……私?」
「はい、昨日アイリスさんが届けてくれた深海対応採鉱機械で、ようやく掘削事業が始められるんです!」
……なんということだろう。私達がヘリオスへ届けた荷物が、終の海を乱すためのものだったなんで。
それに……私は気が付いた。主任級のシーラがわざわざミッションの受領確認に出てくる事に軽い違和感を感じていたんだけど、あれは私を待っていたんじゃなくて採鉱機械を待っていたんだ。
つまり、今回の件は知らずとはいえ私達が引き金を引いたことによって引き起こされた事態なんだ。
「シーラ、この星に住んでいる人がいる事は知ってる?」
「はい。実はその事で困っていて……アイリスさんがここにおられるなら、お手伝いをお願いしたいのですが」
上目遣いでそう言ってくるシーラ。彼女が何を言おうとしているのか、おおよそ想像は付くけど……ここは遮らずに、シーラがどう言うのか聞いてみた方が良いだろう。
「お手伝い?」
「実はここで生活されている方々が設置した軌道ステーションが出張所建築の障害になっていまして。あそこの上空に軌道ステーションがあるのはご存じだと思いますが、出張所の上空に建設予定の軌道ステーションと距離が近すぎるんです」
マリナ達のいる小島と、シーラのいる島は340Kmほど離れている。
地表の感覚ではこれはそれなりに離れた距離だと言えるけど、それぞれの拠点から上空へ軌道エレベータを伸ばし、そこに軌道ステーションを建設するとなると話は変わってくる。
多くの惑星では衛星軌道上にオブジェクトを配置する際に地表から見て2度以上の角度を……距離にしておおよそ1500Km以上の間隔を開けて設置することが定められている。
なにせ航宙船は小回りが利かない乗り物だから、離発着の際に旋回するだけでもかなりの空間を必要とするからね。
つまりラボとイゾラの距離は衛星軌道という観点から見れば、物理的に干渉するレベルで近すぎるんだ。だから、とシーラは言う。
「かなり長期間運用されていたステーションのようで老朽化していますから、あちらのステーションに撤去をお願いしたいと申し出ているのですが、今のところ色よい返事を貰えておらず……。撤去後はギルドのステーションを無償で使って頂けると打診はしているのですが」
「………そう」
マリナが言っていた立ち退きというのは、そういうことらしい。
つまり複数の軌道ステーションを設置できないから、マリナの保有する古いステーションとエレベータを撤去し、ギルドが設置するC3を搬出可能な大型ステーションとエレベータを後釜にすえるとシーラは言っている。
普通に考えればその申し出そのものに不審な点や不合理な点はない。そして、筋が通っているが故に反論しづらい。
私の内心の苦悩に気付かない様子で、シーラが言葉を続ける。
「なので、アイリスさんに立ち退き交渉をお手伝い頂けないかと……。アイリスさんがいくつもの星で問題を解決されたことは聞いていますので、是非私達にもお力添えを!」
期待に満ちた目でシーラはそう言う。
ふと隣を見るとトワの目がまた真っ赤に染まっていた。うん、トワが思っていることは痛いほど判る。
でも、ここでシーラに怒りをぶつけても何も解決しない。だから私はトワの膝にそっと手を置いて言った。
「ごめん、昨日も言ったけど……今、休暇中なんだ」
「……そうでしたね、すみません。私ったら……。では休暇後にでもお手伝い頂けたら嬉しいです!」
朗らかにそういうシーラは、私が彼女達の手助けをすることを一切疑わずに信じきっている表情だ。
それはつまり、自分達がしていることに何に後ろめたさも持っていないということで。
私は思わずシーラに向かって声を掛けていた。
「ね、シーラは……ヘリオスの出身?」
「いえ、違います。私、バーゼル支部長と一緒に赴任してきたスタッフの1人なので……ヘリオスに住むようになってまだ半年です!」
「そう。このプロジェクトに参加してる人も?」
「え?……そういえば、今回プロジェクトに参加を申し出たスタッフはみんな私と一緒に着任した人ばかりですね。ベテランの人達は消極的というか、ちょっと及び腰というか……せっかくの出世チャンスなのに興味ないんでしょうかね?」
シーラはそう言って笑うけど、私にはベテラン達の気持ちが良くわかった。
おそらくヘリオス支部にもこのヘカテーが「終の海」であることは認知されているんだろう。
だけど新しく着任したバーゼルという支部長や彼に同行してきた星外出身のスタッフはそのことを知らず、新しいC3鉱床の開発ということしか考えていない。
その情報格差が支部内での温度差を生んでいるけど、広域支部の支部長に楯突いてまで開発中止を進言する職員もいない……ということなのだろう。
私はシーラに話を聞かせて貰った礼をいい、出張所を退去した。
「……ここは、マリナの星なのに。航宙船乗りの海なのに」
去り際にトワが押し殺したように呟いた言葉が私の心に深く突き刺さった。




