#10
>>Iris
マリナは言った。この星でギルドがC3採掘事業を始めようとしている、と。
大陸を持たない海洋惑星であるヘカテーはもともと開拓には適さず放置されていた星だけど、十数年前に偶然海中にC3の鉱床らしきものが発見されたらしい。
それ以降不定期にギルドの航宙船がヘカテーを訪れ調査を行っていたそうだけど、最近になってその頻度が増して、私達のいるラボと呼ばれる島からほど近い、大きめの島に拠点を築きつつあるとマリナは言った。
「軌道エレベータじゃなくて、直接HLVで降下してるの?」
「はい。大きな資材を持ち込んでいるようです。うちの仮設軌道エレベータではで小さな貨物しか運べませんから」
私達はマリナに許可を取ってアルカンシェルで直接大気圏突入したから判らなかったけど、この星の軌道ステーションも軌道エレベータも、どちらもマリナが個人的に設置した「私物」なんだそうだ。
船乗りをはじめとしたヘカテーの人達はそれを使わせて貰い、物資の搬入を細々と行っていたらしい。
けど、ギルドはマリナの小さなステーションを無視するかのように、連絡も無しに衛星軌道上から直接HLVを送り込んでいると言う。
「うちの組織のことだけど……それって随分失礼なことしてるよね?」
「いえ、私も勝手に居着いているだけなので。ですが開発が進むとここはギルドの直轄惑星になるらしくて、立ち退きの要請が……」
そうか、さっきマリナが言った「お仕事」というのは、私が彼女に対する立ち退き交渉をしにきたと思ってたってことか。
うん、状況的に管理官、それも二等管理官が出向いてきたら立ち退きの話だと思うよね。
「昨日も言ったけど、私は純粋に休暇で来ただけだよ。でも、ヘリオスのギルドではヘカテー開発の話なんか聞かなかったけどな……」
「これまでに例を見ない海底鉱床だそうですから、目処が立つまで公にされていないのではないでしょうか。以前立ち退き交渉に来た方が言うには、支部長肝いりのプロジェクトだとか」
「なるほど、できますって公言して失敗するよりも確実になってから統括局へ報告する方がいいって事か……。慎重で手堅い判断だけど」
「ここは競合相手もいませんし、距離的にも近いですから」
そうか、普通なら何年も恒星間航行をして開拓へ向かうからこっそりと試掘なんてできないけど、ここはトロヤ惑星だからギルドの拠点があるヘリオスとは目と鼻の先だ。
この状況なら採掘コストは支部の予算内でもまかなえるだろうし、採掘の準備を十分に整えてから報告すれば、全てが支部長のポイントにもなる。
ギルド幹部としては納得の行く話だけど、心情的にはこの話はあまり好ましいとは思えない。
なぜなら……ここは、終の海だから。
船乗り達が最後の旅に出るための海は静謐であるべきなのに。それなのに、海底で採掘が行われ、空にはC3を搬出するHLVが飛び交い、場合によっては海洋汚染が発生する?
そんなことになったら、年老いた航宙船乗り達の最後の楽園は台無しになってしまう。
「マリナ、そのギルドの拠点ってどこに――」
私がそう口にした時だった。
空から大きな音が響いてきたのは。空が裂けるようなの音は……聞き間違いようのない、故郷で聞き慣れたHLVが大気圏突入時に発する音だ!
私はマリナをその場に残し、パブの外へと飛び出した。
見上げた青い空に、小さくHLVが見えた。しばらく見つめて落下軌道を推測する。
……うん、位置と方角的にアルカンシェルを停泊している方向、たぶん数百キロ先へ降下する軌道だろうか?
随分と離れているのにソニックブームの影響を感じるのは、おそらくここが未開の惑星だから適切な減速もせずにいい加減な降下をしているせいだろう。
市街地に隣接する発着場へあんな勢いで降下したら、周囲の建物の窓が全部割れるレベルだよ、あれ。
「ここから西北西に341Km離れたところにある、この星で最大の島、イゾラです」
パブから出てきたマリナが言った言葉が一瞬、何を意味するのか判らなかったけど……そうか、私、飛び出す前にギルドの拠点の場所を聞いたんだっけ。律儀にそれに答えるために後を追ってきてくれた訳か。
それにしても、どうしたものだろうか。
私の心情的にはマリナや終の海を必要とする船員達の味方になりたいところなんだけど……。
これがどこかの企業による開発であれば、私は躊躇せず阻止に向かっただろう。だけど今回の相手はギルドだ。
もし統括局からマリナ達が立ち退くように交渉せよという指示が出たら?
任務自体の拒否は可能かもしれないけど、他の誰かが私の代わりにその任務に就くだけだろうし、私にはその誰かを妨害することはできない。
指をくわえてこの海の平穏が乱されることを見ていることしかできないんだろうか……。
私がそんな事を思い悩みながらHLVが降下した方向を見やっていると、港の方からトワが走ってくるのが見えた。
遅れてボースンさんも杖を突きながらこちらへ急いでいる。
「アイリス、何か来た」
「HLVだよ。ギルドの、ね」
「ギルド?どうして?」
「海底にC3の鉱床があって、その採掘に来てるんだって」
私の答えにトワの瞳の色が一瞬、疑念を示す深い青になり、直後に真っ赤に燃え上がった。
「そんなの、ダメ」
「どうしてそう思うの?」
「ここは、航宙船乗りの海。ギルドに荒らす権利はない」
「そっか」
……トワもやはり私と同じ思いなんだね。
そして、トワがこの海の平穏を守りたいと願うなら……私の取るべき行動はひとつしかない。
「じゃ、止めに行く?」
「うん」
さて、トワの手前、気軽に止めるとは言ったけど……どうしたものか。
とりあえずギルドが拠点を構えているというイゾラへ行ってみるしかない、か。
ボースンさんをパブへ残し、私とトワはボートを経由してアルカンシェルからブリーズを発進させた。
うん、さすがに341Kmはボートで移動するには辛い距離だからね。
マリナが言うには老船員達が暮らしている小島は基本的にラボの近くで、イゾラの近くで生活している人はいないとのことだった。
まぁ彼らにとっての生活必需品であるお酒が手に入るのはマリナのパブだけだし、よほど偏屈で人付き合いの悪い人でもないかぎりパブへ通える距離に居を構えるのが普通なのだとか。
その話を聞いた私は、マリナの管理するパブから遠く離れた所へ拠点を構えたギルド支部が、その「よほど偏屈で人付き合いの悪い人」に該当するのだと気付いて、思わず苦笑した。
ヘリオス支部は歴史も深く、周辺星域の地方支部をカバーする拠点的な機能も持つ、いわゆる広域支部だ。それ故に配置されている人員の数もかなり多いと聞く。
ギルド伯と戦ったときに助けてくれたウォルターさんもヘリオス支部から派遣されてたと言っていた覚えがあるし、おそらく常駐の監察官も何人か所属しているのだろう。
統括局に回すほどではないが、地方支部では解決しづらい揉め事に対処するのも広域支部の役割だから、当然この規模の支部を任される支部長はバランス感覚に優れたベテランである事が多い。
私が知っているヘリオス支部の人間といえば昨日ミッション報告を受けてくれた受付の職員……たしか主任のシーラという名前だったと思うけど、彼女だけ。
でも彼女の対応もごく普通だった。つまり私が言いたいのは……ヘリオス支部は普通の支部で、横暴な開発に手を染める理由がどうにも思い当たらないということだ。
「アイリス、見えた」
「……ん、じゃあ通信入れて着陸しようか」
「わかった。通信は任せた」
物思いにふけっていた私は、ブリーズを操縦していたトワの言葉で我に返った。
気付くと前方には森林が切り開かれた島と、いくつもの仮設建造物、そして島を開拓する重機と……大型のHLVが駐機しているのが見えた。
うん、あの光景は故郷でも見慣れたギルドの標準的な開拓基地の光景だ。でも、その見慣れたはずの光景が、今の私には異物のように見えて仕方がなかった。




