#9
しばらく船内を歩いているとボースンさんが少し疲れたと言った。
そうか、前みたいな感覚だったけど今の彼は杖を突いたお年寄りだったんだ。
私はラウンジで休むよう勧めたんだけど、ボースンさんは航宙船乗りの習性だと笑いながら、どうせならブリッジで座りたいと言った。
「キャプテンズシートはさすがに申し訳ないからな。下の席に座らせてもらうぜ」
「うん」
「それにしても船内に檜風呂があるとはなぁ。常識外れもあそこまで行くと大したもんだ」
「また褒められた」
「いや、今のはあんまり褒めてねぇ。それにしてもどこの船大工がこんな仕事を引き受けた?普通は話を聞いた段階で断るだろ」
ボースンさんはそう言うけど、アルカンシェルに詰んでるベッドとかキッチンとかも全部、特に何も言われずに詰んで貰えたけどな。
あ、でもそれって私が作業を頼んでる場所が特別だからかもしれないね。
「ダンディライアンで頼んだ」
「ダンディライアン?噂は聞いたことがあるが……機族の造船所か?随分遠くまで行ったんだな、嬢ちゃん」
「うん。何回か行った。もっと遠くへも」
アイリスから話したらダメだと言われてるからボースンさんには言えないけど、私達はスターゲートを超えてオリオン腕へも行ったことがあるからね。
それに比べればここからジャンプ2回で到達できるダンディライアンは割と近場の感覚だ。
「そうか……俺らが宇宙の旅へ連れ出した嬢ちゃん達が、いつの間にか俺たちよりも遠くへ航行するようになったんだな」
「……ボースン。どこか行きたい所ない?私がどこでも連れて行く」
感慨深げにそういうボースンさんに、私は昨日からずっと思っていたことを、言うべきかどうか迷っていたことを話すことを決心した。
だけどボースンさんは黙って頭を振って言った。
「俺はもう、どこへも行けねぇんだ」
「でも、アルカンシェルならどこでも行ける。だから、ここじゃないところへ――」
「ありがとよ、トワ。だが、俺の旅はもう終わったんだ。最後の船出を除けば、な」
ボースンさんはそう言うと私の頭を撫でてくれた。
私がボースンさんにここで死んで欲しくないと思っていることを知った上で、それでもここで最後を迎えると彼は言っているんだ。
ボースンさんは静かで穏やかな声だったけど、それでも私が彼の決意を揺るがすことは出来ないということを雄弁に告げていた。
「なら、何かできること、ない?」
「出来ること……そうだな。まぁ無理だとは思うが、会ってみたい人ならいるぜ?」
「ほほう」
「多分嬢ちゃんも顔見知りだと思うんだが、ペレジスの女帝サマがいるだろ?」
「女帝?」
ペレジスは良く知ってるけど、あそこに女帝なんていたっけ?
「シノノメ評議員だ。アリサ・シノノメ。嬢ちゃん達がペレジスで助けた人だが、覚えてないか?俺達はペレジスを拠点にしてたからな……一度遠くから見かけたことがあるんだが、アレは極めつけにいい女だった」
「アリサに会いたいの?」
「俺らにとっては雲上の人だからな、それに何年か前に行く先も告げずに旅に出たらしいから、探すのも難しいだろうけどな」
アリサって雲の上の人だったんだ。
確かに女神って呼ばれること多いし、そういう意味では雲の上っぽい気もしないでは無いけど。でも丁度近くにいるよね、アリサ。
「ボースン。アリサならヘリオスにいる」
「何!?って言うかどうして嬢ちゃんがそんなこと知ってるんだ?」
「一緒に旅してるから?」
「……マジかよ」
「マジ。というか、ボースンの座ってるシート、アリサの指定席」
「なっ!?」
うん、さっきからボースンが座ってるパイロットシートはいつもアリサが座ってる所だからね。
でもボースンが本当にアリサに会いたいなら、呼んでみようかな。ヒナの件で待機してるって言ってたけど、コールするぐらいならいいよね?
「サクヤ、アリサに通信して」
『ほーい。……つながったよ』
私とボースンのやり取りを黙って聞いていたサクヤは、一言声を掛けるだけで特に理由を聞き返すこともなく通信を繋いでくれた。
そして、思ったよりとあっさりとアリサはコールに応じてくれた。たぶん、待機中で暇だったんだろうね。
『トワ様、どうされましたか?』
「おいおい、マジモンのシノノメ評議員だぞ……」
『えっと、どちら様でしたか?いえ、それ以前にどうしてアルカンシェルに?』
「アリサ、ボースン。前に話したキャメルの船員さん」
『ああ、確かボルトの……。お初にお目に掛かります、アリサ・シノノメです。トワ様がお世話になったと伺っております』
「あ、ああ……俺は機関士で、医師で……いや、元なんだが……」
よそ行きの顔で微笑んで見せたアリサに応じるボースンさん、なんかしどろもどろになってるね。
ボースンさんがしばらくアリサとぎこちない会話をしているのを見ていたけど、会話が途切れた所で私が口を挟んだ。
「アリサ、こっちへ来ないの?」
『申し訳ありません、トワ様。ヒナの件がまだ片付いていなくて……。正式な執行命令を出す必要があるのですが、発令に支部を経由する必要があるので今しばらくヘリオスを離れるのは難しいかと。一両日中にはヒナがなんとかしてくれるはずですが……』
「判った。終わったら来てくれる?」
『それはもちろんです!トワ様用にお揃いの新しい水着も用意しておきますね!』
「それはいらない」
『どうしてですか!?酷いです、私だけのけ者ですか!?』
そんな事を言いながら、アリサとの通信は終了した。
途中から黙っていたボースンさんがぼそっと言った。
「……なあ嬢ちゃん、あれ、本当に永遠の女帝か?確かに見た目はドえらい美人だが、随分と印象と違うんだが……」
「アリサは残念美人だから」
『マスター、アリサさんが聞いたら泣くんじゃね?』
でもまぁ、さっきのが素のアリサだからね。
ボースンさんは幻滅したかもしれないけど。
そんな事を言っているうちに昼食の時間になったので、私達はラボへ戻ることにした。サクヤとアルカンシェルに引き続き留守番を頼み、ボートで海へと向かう。
と、そのときだった。
轟音と共に空から「何か」が降下してきたのは。




