#7
>>Iris
かつてお世話になったボースンさんとの再会。
楽しいものになるはずだった宴は、アドバーグさんの死という痛ましい話題を経て、さらに私達を打ちのめす現実を突きつけてきた。
終の海。つまり、この星にいる年老いた船乗り達は皆、静かな死を迎えるためにここにいる。
そして、この星にいるということは、ボースンさんもその中の1人ということなんだろう。
私がヘカテーで休暇を取ると決めたときに、アリサが言いよどんだ理由はこれだったのだと理解した。
ヘカテーについての情報は公には発信されていないけど、ヘリオスの軌道ステーション要員が船乗り達のための物資を当然のように提供したことを考えれば、終の海の実態はヘリオスでは公然のものとなっているはず。
なら、隣接する星の指導者だったアリサがヘカテーの事を知らないはずがない。
思えばボートを複数運ぶという話にも強い違和感があった。酒や食料のような消耗品の運搬依頼はまだ理解出来るけどボートは消耗品じゃない。
400人しかいない星で、ボートが急に何艘も必要になる理由は海が荒れたのかと思ったけど、この星の海は驚くほど穏やかだ。
ならボートが何に使われるかは……自明の理だ。
ボースンさんはこの星の海が最後に旅立つ場所だと言った。
つまり、年老いた船乗り達はボートに乗り、海へと向かう。それは二度と帰ることのない、死出の旅なんだ。
「悪いな、しんみりさせちまった。嬢ちゃん達の釣ったハンマーヘッドで乾杯といこうや」
「ボースン。死ぬの?」
黙り込んだ私達の気分を変えるようにボースンさんはそう言うけど、トワは彼の言葉を遮るように言った。
ボースンさんは一瞬、厳つい顔に困ったような表情を浮かべたけど、やがて微笑みを浮かべて言った。
「……嬢ちゃん、人は皆いつか死ぬもんだ。特に宇宙は死と隣り合わせの場所だ。嬢ちゃん達も実体験として知ってるだろ?」
「……うん」
「だからな、宇宙で死ぬことを受け入れられねぇ奴は航宙船乗りにはなれねぇ。そして俺たちは、その宇宙で生きることを選んだんだ。だがな、老いぼれるとその宇宙に出ることすらままならねぇ。生きて、死ぬ場所を奪われちまうんだ」
トワの言葉に応えるボースンさんの声はあくまでも優しく、穏やかだ。
これは彼自身の人生哲学であると同時に航宙船乗りとしての誇りと矜恃なんだと私は思った。
「だが、ここには海がある。海は死と隣り合わせの場所、つまりもう一つの宇宙だ。なら、俺ら老いぼれが人様に迷惑を掛けずに旅立つには……これ以上に相応しい場所はねぇ。そう思わないか?」
「……わかった」
おそらくトワは心の中で付け加えているだろう。「わかりたくなんかないけど」と。
その後、私達はボースンさんと杯を交わしながら夜遅くまで話をした。
彼とキャメル067の航海について。
私達の旅について。
驚いたことにボースンさんは私が一度死んで、蘇ったことを知っていた。再会したときにリアクションが無かったから、死んだことすら気付かれてないと思ってたんだけど。
「なに、でっかい嬢ちゃんは有名人だからな。ペレジスで降ろした後も大活躍だったろ?あの後も活躍してるんじゃないかと思って注目してたのさ」
そういうとボースンさんはベッド脇のサイドテーブルに置かれた写真に目をやった。
そこにはキャメル067で記念撮影した私とトワ、そしてボースンさん達4人の姿が写っていた。あの写真、まだ持っててくれてんだ。
……もちろん、私のフォトンタブにも残ってるけどね。
「でも、それだとクレリスで死んだっていう情報までじゃない?」
「ジョウのヤツがな、えらく気にしてて定期的に情報収集してたんだよ。で、船を下りた俺にも時々連絡をくれてたんだが……しかし驚いたぜ、まさか機族の技術で生き返るなんてな。マリナのやつもそんな技術を持ってるなら、俺らも若返らせて欲しいもんだ」
……そういえば私、公的には冷凍睡眠事故で死亡した後に機族の技術で蘇ったことになってるんだっけ。
実際はオリオン腕の技術でセレスティエルとして再生されたんだけど。
「マリナは、ここのことをどう思ってるの?」
「さあな……ただ、俺らが星に降りて、海へ向かうのを黙って見届けてくれてるぜ。何も言わずに、必要な手助けだけしてくれる。あれは佳い女だ」
「ボースン、ロリコン?」
「そういう意味じゃねぇよ!」
暗い瞳をしていたトワも、いつの間にか瞳の色は虹色に戻っていた。おそらく、ボースンさん達の思いをトワなりに受け入れたって事だろう。
それにしてもマリナか……明日にでも、彼女がこの星をどう思っているのか聞いてみたいと思った。
私はこの星の在り方を否定するつもりは全くない。ここは年老いた船員達の魂が還る場所だから。
でも、「生命」を持たない機族であるマリナが、それをどう捉えているのか、なんとなく気になったんだ。
翌朝。ボースンさんにアルカンシェルを見せるというトワとは別行動をとって、私はマリナに話を聞くことにした。
昨夜の喧噪が嘘のように静まりかえった朝のパブは船乗り達が大宴会を開いた後とは思えないほど片付いている。
朝からマリナが片付けをしたのかと思ったけど、肝心のマリナの姿は見えない。
どうしたのかと思いながらしばらく待っていると、パブの外から魚で満杯になった桶を抱えたマリナが入ってきた。
「えっと……朝から何してるの?」
「食材の仕込みです」
「買い付けじゃないよね?」
「ええ、ここ以外に店はありませんから、現地調達です」
つまり、マリナは早朝から釣りだか漁だかに出ていたらしい。となると酒場の片付けを行ったのはマリナじゃないんだろうか?
そう思って私が聞くと、マリナは頷いていった。
「私はいつもラストオーダーが終わった時点で引き上げますので、後片付けは利用者の方にお願いしています」
「酔っ払いが後片付けしていくとか、どれだけ統率が取れてるのよ……」
私は思わずそうこぼしたけど、内心では整然とした酒場の様子は統率というより「立つ鳥跡を濁さず」の精神なのだろうと思った。
昨日ボースンさんから聞いた、ヘカテーの海が終の海であるということを踏まえると、単に宴席の後片付けをしているのではなく、船乗り達はおそらく全てにおいて、跡を濁さないようにしているのだろう、と。
「ところでマリナ。宿泊客のボースンさんに、ここの海のことを聞いたんだけど」
「はい」
「もってまわった聞き方をするのは好きじゃないから、単刀直入に聞くね。もし不快だったら答えなくていいけど……。マリナ、貴女はここで何をしてるの?」
私の問いに、マリナはカメラアイで私の顔をじっと見つめた。おそらく私が何を聞きたいのかを分析しているんだろう。
一瞬、沈黙した後にマリナは言った。
「私のライフワークは生命の探求です。私は機族ですから、本当の意味での生命体ではありません。それ故に生命という存在に強い憧れ感じているのです。そして海は生命の源であるとされていますから、この星は私にとって理想的な研究環境なのです」
「じゃ、船乗り達は?研究の邪魔じゃないの?」
「彼らは海を愛しています。ですから私にとって彼らは海を愛する『仲間』のような認識です。そして彼らが自らの生命を終えるためにこの星を訪れていることを知り、これまで私のメモリには無かった感情を検知しました。それが何かを知るために、今はここへ留まっているのです」
私はマリナの言葉に彼女が生命に対して抱いている憧れと、その生命に自ら幕引きを図る船乗り達に対する感情に戸惑いを感じながらも、ただ静かに船乗り達の想いを受け入れて寄り添ってくれているのだと思った。
生命の誕生は観察によって認知することも、その意味を推し量ることもできる。
でも終わりである死は……その人の人生に寄り添わなければ意味を理解できないだろうから。
だからマリナは遠くから老人たちの余生や死に様を静かに見つめ、思いを巡らせるのだろう。
おそらく年老いた船乗り達はこの海で死ぬことで再び次の海へ旅立てると信じて……いやそうなることを願っている。
人の魂に輪廻転生というものがあるのかどうかは判らない。でも、それでも……。
「船乗りの魂は海へ還り、そこからまた新しい命へと生まれ変わる……か」
「アイリスさんは私達の『輪廻』をご存じでしたよね」
「うん、聞いてる。もしかすると海は、人間にとっての輪廻の場なのかしれないね」
セレスティエルという超常の身となった私はおそらくその輪廻の輪から外れてしまった存在なんだろう。
だけど輪廻の輪から外れたからこそ、船乗り達が「次の海」を求める気持ちを理解出来るような気がした。
そして……私もいつか、終の海を求めることになるのだろうか?
その時、トワは私の隣にいてくれるんだろうか?
そんなことを、ふと思った。
「そういえばアイリスさん、お仕事はされないのですか?」
「仕事?私、休暇で来たって申請したよね?」
「いえ、てっきり方便かと」
「えっと、どういうこと?」
「実は――」
そう言ってマリナが切り出した話は、私に取って寝耳に水の……そして看過できない話だった。




