#5
パブと聞いて酒場をイメージしていたけど、マリナのパブは本来の語源である公共の家そのもので、お酒も飲めるけど食事もでき、簡易宿泊所や雑貨屋も兼ねているという……要するにこのヘカテーの中心となる施設のようだった。
ヘカテーの現地時間だとまだ朝方のはずだけど、パブの中には複数の老人が陽気に酒を酌み交わしていた。
かなり酒臭いから、もしかしたら昨夜からずっと飲み続けてるのかもしれないね。
マリナはそんな老人達の様子を気にした風もなく、建物の奥へと進んでいく。
私達も彼女の後について奥の部屋へと入ると、そこはオフィスのような部屋になっていた。ここで入星手続きをするのかな?
「ボートの受領書をお渡ししますね」
「……あの、入星手続きは?」
「この星は誰も管理をしていませんから、手続きは無いですよ?他の皆さんも勝手に来て、勝手に暮らしておられますから」
「え……それでいいんですか?」
「ええ。私も勝手にここへ住み着いていますから」
見た目からマリナはきっちりした感じの機族だと思ったんだけど、以外にアバウトな性格なのかもしれない。
私、機族ってみんなカルティアやエイギス、モルガンさんみたいな生真面目な性格だと思ったんだけど、サクヤといいマリナといい、良い意味で私の想像を裏切ってくれるよね。
「アイリスさん達はこちらに泊まられますか?今、丁度一部屋空いてますけど」
「んー、トワ?」
「泊まってみたい」
まぁ休暇だしね。アルカンシェルの船内は私達の家だし、旅行だと考えたら宿に泊まった方が雰囲気は出るだろう。
「じゃあマリナさん、とりあえず2泊で、後は状況を見ながら延泊させてもらうかもしれません」
「わかりました」
「そういえばヘカテーには400人ほど人がいると聞きましたが、皆さんこのラボに?」
「1/3ぐらいはラボにいますが、殆どの方は適当な小島に小屋を建てて生活しておられますよ」
「サバイバルライフ?」
「ええ、そんな感じだと思います。でも皆さん最低でも週に1度はパブへお酒を飲みに来られますから」
なるほど。お酒で釣って安否確認をしているわけか。
いや、マリナが住民の管理をしているかどうかは定かじゃないけど。
到着してすぐだし、まだ陽も高いので、私とトワは釣りに出かけることにした。釣った魚はマリナが料理してくれるらしいので安心して釣りに専念できる。
いや、私も多少は料理できるけどさすがにアリサみたいに手際は良くないからね。トワは味見専門だし。
そういう意味ではマリナがいてくれるのはとても助かる。
パブ併設の雑貨店で釣り具を借りて、海へ繰り出した。
海洋リゾート気分を満喫するために私もトワも水着姿だけど、よく考えたらビーチじゃないからあんまり水着の意味なかったかもね。
透き通った海に釣り糸を垂らし、トワとだべりながら潮風を浴びる。うん、アリサやマリエッタを置いてきたのが申し訳ないぐらいの何ともいえない開放感だ。
アルカンシェルの中は快適だけど、小型航宙船だから手狭なのは否めない。
私達の故郷は荒野の広がる星だったから、何もない空間の方が自然に感じるんだよね――。
「アイリス、引いてる」
「わ、ホントだ!これ結構大きくない!?トワ、手伝って!」
「わかった」
大物を釣り上げたり、釣り糸を切られたり、トワが海に落ちたりと色々あったけど、初日の釣りレジャーはとても楽しかった。
いや、水着にしておいて良かったかな。
陽が落ちかけてきたので、私達はその日の釣りは終了にしてラボへと戻ることにした。
少し気温が下がってきたけど、一日中陽を浴びていて火照った体には丁度気持ちいいぐらいだ。
かなり薄暗い灯台の光を目印にしばらくボートを走らせていると、ラボの灯りが見えてきた。
ラボの港は混雑していた。出かけたときは港に殆ど船は無かったんだけど、今は多くの桟橋に大小様々な船が係留されている。
私達は一番端の桟橋にかろうじてスペースを見つけて、ボートを係留した。
今日の釣果は大小合わせて12匹の魚で、最後に釣った大物以外はクーラーボックスに放り込んである。
問題はその大物で……私の背丈より大きいんだよ、これ。
厳つい外見で食べられるかどうかも怪しいけど、トワがどうしても持って帰ると言って聞かなかったから一応持ってきたんだけど。
「トワ、そんな持ち方したら魚が歩いてるみたいに見えるよ?」
「私は魚」
「私、魚の姉になった記憶は無いんだけど」
「ここは新たな記憶が生まれる海」
生臭い魚をハグした姿勢で適当なことばかり言うトワの背を押して、私達はパブへと向かった。
港の様子からおおよそ想像は付いてたけど、パブは超満員だった。テーブルが足りないのか、適当な木箱や樽の上に料理を置いている客もいる。
そして、事前に聞いていた通り……客はみな老人達だ。見るからに海の男と言う風貌で日焼けした肌に潮焼けした髪や髭。
若い頃はさぞワイルドでダンディだったんだろうと思えるような人達だ。うん、悪くないね。
私達がパブの扉を開けたことで、一瞬視線がこちらに集まり……そして視線は……戻らないね。
見てるのは、主にトワ、とトワが抱えている魚、かな?
「おい、あの嬢ちゃん達ハンマーヘッドを釣ったのか?」
「大の大人3人がかりで釣るのがやっとじゃ。誰かが手伝うたんじゃろ」
「誰かって誰だよ、ハンマーヘッドを釣るぐらい元気なジジイなんているのかよ」
うん、注目を集めてるのは主に魚の方だね。
そうか、この魚は大人3人がかりで釣るものだったのか。道理で手強かったはずだ。
でも私とトワは常人の1.5倍ぐらいの身体能力だから、合わせると丁度計算は合う。そんな事を思いながら私達はハンマーヘッドなる魚を厨房へと持ち込んだ。
厨房にはマリナだけでなく数人の老人がいた。それもそうか、マリナ一人じゃあの人数の客は捌ききれないよね。
マリナの手つきは機械的で正確だけど、老人の皆さんもかなり手慣れた感じで料理を仕上げている。元コックとかだろうか?
「これ、食べられる?」
「おう、ハンマーヘッドか?不味いが食えなくないぞ」
「不味いの?」
「まぁフライにすれば味はごまかせる。食って供養してやってくれや」
「わかった。全部食べる」
「……トワ、どうせなら美味しいものも食べようよ……」
ハンマーヘッドの解体と調理には少し時間が掛かるというので、私達は一旦部屋へ戻って着替えることにした。
老人ばかりとはいえ回りはみんな男性だからね。水着姿でうろうろするのは少し気が引けたんだ。




