#3
ゴールドダックのような定期客船に乗る乗客は基本的に食い詰め者で、船賃の安い冷凍睡眠を選ぶ者ばかりだ。
だが極希に高い船賃を払ってでも冷凍睡眠を選ばない乗客もいないではない。
そんな上客――あるいは面倒な客――の娯楽の為に、船内ライブラリにはホロムービーも何本か用意されている。
グレイ自身はホロムービーにさほど興味が無かったため、ゴールドダックのライブラリに保存する作品選択はヴァイスが主に担当している。
今回の航海では子供が乗船する可能性があるとアイリスから聞いていたグレイは、ヴァイスにネットワーク経由で何本かの新作ホロムービーを取り寄せるように指示を出していた。
ヴァイスは自分の趣味にあう作品を何本かと、ついでに少し前にとある星で実際に起きた実話をアニメ化したという作品を取り寄せていた。
グレイから子供に見せて良い内容かどうかを事前に確認しろと言われたヴァイスは、クルーレストで独り番組の試聴を行う。
メタリックな輝きを放つ装甲服を身に纏ったヒーローが怪人と戦うその番組を見ながら、ヴァイスは独りごちる。
「これが実話?いや、どんな星だよ、ソレ」
「シロ、なにみてるの?」
「おう、アオ。アニメだよ。一緒に見るか?」
「あにめ?よくわからないけど、みる!」
そして、小さな男の子と大きな男の子は、見事にその作品にハマった。
「ぎょうしょう!ふぉとないざー!」
「おいアオ、次は俺がフォトナイザー役だろ!?お前は大人しくワニダブラーやっとけ!」
「シロはじゅうま!」
「てめぇ、オレこそがフォトナイザーだ!」
「いや、お前ら仕事時間中だからな?さっさと食料の在庫チェックして来いよ。ミドリはもう先に行ってるぞ?」
ヴァイス自作のフォトナイザーお面を奪い合う2人に、フレッドがジト目でツッコミを入れた。
だが、笑顔でフォトナイザーお面を身につけているアオは知らない。
かつて自分に手を差し伸べてくれたトワが、同じアニメに熱狂したこと。
そして二代目フォトナイザーと肩を並べて戦い、ゲルゲム団の野望を打ち砕いたことを。
シフト交代時の1時間は引き継ぎを兼ねた両シフト交流の時間だ。
サクラはヨタ出身のもう1人の母親であるジュリとティンバリスへ到着してからの事について語り合っていた。
互いに自分の子供以外に身寄りがなく、偶然にもこうやって長期間に渡って話し合う機会を持てた身。
移住先がどのような環境なのかは判らないが、到着後は二家族で一緒に生活をしようという話を進めていた。
2人の子供達……特にミドリと、ジュリの娘であるテレジア――彼女も名前が無かったので、アリサに頼んで付けて貰った――は年の近い同性の友人として仲も良い。
一方でジュリと同じシフトの少年である孤児のザインはジュリ達よりも船員と仲良くしている事が多いらしい。
「ザインのことも面倒を見てあげたいんだけど、自分のことで手一杯で……」
ジュリはそう言うが、ザインは体格こそ小柄だが既に14歳でティンバリスに到着する頃には成人を迎えている。つまり、ジュリが庇護するまでもなく自立が求められる年齢なのだ。
ザインは自分の人生をどう生きるか自分で決める事が出来る。
それはパノプティコのヨタには許されなかった、最高の自由だとサクラは思った。
そして、パノプティコを出発してから1年と2ヶ月が経過した。
ゴールドダックは減速を開始し、間もなくティンバリスとの交信可能圏へと入ることになる。
「ザイン、アオ、船倉の解凍作業を手伝ってくれ」
「はい、船長!」
「わかった!」
年長であるザインはともかくとして、アオはこの1年で随分と成長した。
背の高さだけでなく、精神的にも。
今では男子2人は船員見習いとして雑用以外の船内業務にも参加するようになっていた。
特にザインは15歳になった時点でゴールドダックの乗員になりたいとグレイに申し出て、採用される事が決まってる。
つまり彼はティンバリスで下船せずに、この後もゴールドダックを己の家として宇宙の旅を続けることになるのだ。
一方でサクラ達女性陣は解凍作業が済んだ乗客達のケアに回っている。
ミドリは乗船時よりも背は伸びたが、性格は相変わらず天真爛漫。
テレジアは少しおしゃまな女の子に成長し、船内のマスコットになっていた。
だが、そんな船内生活も間もなく終わりを告げる。
「こちら航宙船ゴールドダック、船長のグレイだ」
『こちらはジョイナーギルド、ティンバリス支部。支部長のリーヤだ。長旅ご苦労さん。貴船の来訪を歓迎する』
通信に現れたのは壮年に差し掛かった年頃の、どこか少年の面影を残した男性だった。
グレイとリーヤは乗客の移送についての確認を進める。
なにぶんティンバリスはジョイナーギルドの管理する資源惑星、つまりは身内しか寄りつかない星だ。
大人数の旅客を受け入れる機会など滅多になく、軌道ステーションの旅客ターミナルは最低限しか容量がない。
家具の出荷が増えた今日では人員用のスペースよりも星外輸出する家具の保管スペースの方が何倍も広い有り様だ。
なので200人もの人数を受け入れるのは、それなりに大変だったのだ。
それ故にティンバリスの状況は、ゴールドダックが元の定期航路へ復帰する際に空荷で帰還するということをも示していた。
なにせこの星を訪れる者は少なく、出て行く者はもっと少なかったのだから。
帰りは完全に赤字だと愚痴るグレイに対して、リーヤは笑って言った。
『心配無用だ。空いたスペースにうちの家具を積んでいってくれ。運送料に加えて販売益の50%はあんたらの取り分だ』
「おいおい、何か企んでるのか?まさか家具にヤバいモンでも仕込んでるんじゃないだろうな?」
『ギルドからの長期任務に対する謝礼だそうだ。「あの人」のやりそうなことだろ?』
グレイはリーヤの言う「あの人」というのは、この仕事を持ちかけてきた少女――アイリスのことで、おそらくリーヤもまたアイリスの事を個人的に知っているのだろうと察した。
「船長、解凍処理終了しました!全員問題ありません!」
打ち合わせの最中、ザインがブリッジへ戻ってきてそう報告した。
それを聞いたグレイは頷くと、リーヤに告げた。
「聞いての通りだ。200名中1名が解凍事故で死亡。199名の受け入れを頼む」
『ん?全員解凍したと聞こえたぞ?』
「空耳だろ?」
グレイはそう言うと視線でザインを指し、不器用にウインクして見せた。
ザインはギルドの派遣労働者としてゴールドダックに乗っている。
本来であれば契約上、一度ティンバリスへ降りて契約期間である1ヶ月はそこで働く義務がある。
……しかし解凍事故で「死亡」した場合は別だ。
『なるほど、了解した。では199名で受け入れ手続きを始める』
リーヤもグレイの視線から、先ほど報告に現れた少年が「死亡者」だと理解したのか、深く追求することなくその数を受け入れた。
なにせリーヤはこの事業を企画したティンバリスの恩人達なら、細かい数字よりも個人の意思を尊重したであろう事を知っていたから。
「わっ、きれいな星!」
「きれいだねー!」
船倉での仕事を終えたアオとミドリもブリッジにやってきた。
航行中の航宙船では乗客のブリッジ立ち入りは禁止されているが、アオやミドリは半ばクルー扱いなのでグレイ達も特に注意することもなく2人の入室を受け入れている。
「お兄ちゃん、あれがとりくしの星?」
「そうだよ、トワが美味しいって言ってた星だよ」
『ん?そこのちっこいの……トワの知り合いか?』
「おじちゃん誰?」
『リーヤだ。で、トワと知り合いなのか?』
「うん!名前つけてもらったよ!」
『……そうか、なら、大事にしろよ。その名は……本当に大事なものだからな』
「……?うん!」
リーヤの言葉の意味は判らないなりに、アオとミドリは自分達の名が意味を持つことを理解した。
そして2人は眼前に広がる緑溢れる星に目を見張る。
そう、あれこそが……これから彼らが自由と共に生きてゆく大地。
森と土竜が歌う緑の惑星、ティンバリスなのだ。
アオとミドリの物語はこれにて終了です。
次回からはトワとアイリスがバカンスへ向かう海洋惑星ヘカテーでの物語「終の海」をお届けします。




