#2
ゴールドダックの船内は多くの航宙船同様、2交代制で動いている。
狭い船内は一度に多数に人間が活動できるスペースなど確保されていないので、半分の人員が眠り、半分の人員が働く。
その制度の中に7人の乗客達が組みこまれた。
3人連れの親子は分割できないため、乗客のシフト分けは3人連れと、母子と独り者の子供。
年配者は両方のシフトに跨がる変則的な時間帯での勤務だとグレイは告げた。
出港時は作業が多いためクルーも全員が起きて作業を行っている。それぞれのシフトの合間を縫って、船員と乗客の顔合わせが行われた。
「ギルドから乗員名簿を貰ってないんでな、悪いが自己紹介して貰えるか?」
「……サクラ、です」
グレイの言葉に母親が一瞬だけ躊躇し、名乗る。
だが、彼女の子供達は母親の躊躇や懸念など素知らぬ様子で自らの名を名乗る。
「ぼくはアオ!」
「ミドリ!」
2人の子供達の名乗りに、船員達は何も言わずに2人を見つめる。
トワが与えてくれた名は2人の子供のお気に入りではあったが、名前の由来は2人の瞳の色という単純なものだ。
それ故に、サクラは船員達が子供達の名前を笑うのではないかと危惧した。
2人の名乗りを聞いた船長は子供達の顔を覗き込み、言った。
「アオにミドリ、か」
おそらく子供達の名前の由来が瞳の色に由来するということに気付かれた。
そう思ったサクラが何か弁解する言葉を述べようと口を開く前に、船長は言った。
「オレはグレイだ」
彼はそう言って自身の白髪交じりの髪を指さした。
確かに彼の髪色は灰色だったが……もちろんそれは生まれつきのものではない。
だが、グレイは子供達の名前の由来を知った上で、あえてそう名乗って見せた。その名乗りを聞いていた年配の乗客が口を開いた。
「私はシロタです。以前はパノプティコのアカデミーで教鞭を執っていました」
「おいおい、先生ぽいとは思ったが、教授センセイだったのか?」
「昔の話ですよ、グレイ船長」
グレイとシロタの話を聞いていた、サクラ達と同シフトになる船員もそれぞれ名乗った。
「俺はフレッドだ。レッドだとフぬけになるからな、アカでいいぜ?」
「ヴァイスだ。おい、俺だけのけ者かよ!?」
フレッドはしてやったりという表情で、ヴァイスは少し拗ねたような様子で、それぞれそう言った。
だが、ヴァイスの名を聞いたシロタが指摘する。ヴァイスとは古代語で白を意味する語だ、と。
「なんだ、俺も仲間か!ってシロがかぶってるじゃねーか!」
ヴァイスの言葉に、船室には笑顔が溢れた。
サクラはかつてパノプティコにおける標準的家庭に育った少女だった。
スクールの卒業を間近に控えたある時、不注意でスコアを大きく失ったことから成人と同時に親に勘当され、サクラはあてもなくベンサムの街を彷徨い、一月も経たないうちにヨタへと堕ちた。
そんな彼女にヨタとして生きる方法を教えてくれた男性……アオとミドリの父親は、ミドリが生まれてすぐに誰に顧みられることも無いまま病でこの世を去り、それ以来サクラは独りで子供達を守り続けてきた。
あの日、下水路を流れてきたバッジをミドリが拾ったことで、全てが変わった。
トワと名乗った不思議な少女が、そして銀河的な組織であるギルドが、何故「存在しない存在」であるヨタを救おうと思ったのか正直サクラには理解出来なかった。
だが、それでも差し伸べられた手に彼女は縋り付き、そして今またゴールドダックの船員達が新たな手を差し伸べてくれている。
かつてサクラは自分の身の上をこの上ない不幸だと感じていた。
だが、今は……その不幸があったからこそ、あの鳥籠を離れて新天地へ向かうことが出来るのだと、少しだけ前向きに考えられるようになっていた。
フレッドやヴァイスは口でこそ文句を言いながらも、サクラの子供達の面倒をよく見てくれた。
例えばある時、フレッドは冷凍睡眠ポッドの確認だと言ってアオとミドリを船倉へと連れ出した。
「アオ、200あるポッドの確認業務だ」
「ぎょうむってなに?」
「ん……仕事、なら判るか?」
「わかった。どうするの?」
「ここのインジゲーター……って言っても判らんか、ここに字が出てるから、それがOKになってるかどうか確認していってくれ」
「じ、よめないよ」
「ミドリもー」
「おいおい、そこからかよ……判った、じゃあチェックは俺がするから、お前らはラウンジでシロから字を習ってこい」
「どっちのシロ?」
「どっちでもいいぜ。ただヴァイスは教えるの下手だろうけどな」
またある時。ヴァイスはアオ達を伴って食料の在庫チェックへ向かった。
「よし、ガキ共。食料の在庫チェックだ!つまみ食いすんなよ?」
「シロ、このあいだつまみぐいしてた」
「おい、見てたのかよ!?船長には言うなよ?」
「もういったよー」
「マジかよ……まぁ、いいか。箱にいくつスラリーが入ってる数えてくれ。で箱ごとの数を合計して……」
「ごうけいってなに?」
「……ちっ、しゃーねぇな……。おいアオ、ミドリ、仕事は後でいい。先に計算を教えてやる」
「シロ、おしえるのへたってアカがいってたー」
「フレッドの野郎……あとでとっちめてやる……!」
これまで他人と接する機会のない、薄暗い地下しか知らなかったアオとミドリにとっては全てが新鮮で色鮮やかな体験だった。
そして、アオもミドリも、船員達との交流を通じて様々なことを学んでいった。
サクラもまた、学んでいた。
ティンバリスに到着すれば彼女は自立した人間として子供達を養っていかなければならない。
そのためにも清掃や洗濯といった航宙船での雑務を積極的に引き受けただけでなく、時間をみてシロタに学問を教わろうとしたのだ。
決して手先が器用ではなく、力も無いサクラではティンバリスの主産業である木工細工に従事することは難しい。
ならせめて事務仕事でも出来るようになりたいと思ったのだ。
シロタの指導により経理の基本を学ぶサクラは、ある時言った。
「スクールに通っていた時は、勉強なんてただ退屈だと思っていました」
「勉強とは、社会に出て初めてその必要性が理解出来るものです。サクラさんの場合はこれから社会へ出るのですから、事前に必要性に気付けたことは立派だと思いますよ」
「私、社会……出られますか?」
「もう既に、出ているじゃないですか。閉塞感に溢れたパノプティコの社会から」
シロタはあえてサクラが問うた言葉とは微妙にずれた答えを返した。
サクラがティンバリスで自活できるかどうかは未知数だが、少なくとも彼女は自分で己の進むべき道を選んだのだから、きっとなんとかなると思いながら。
アオとミドリ、そして別シフトの子供達は仕事と勉強以外にもする事があった。
それは……もちろん、遊ぶことだ。
といっても狭い船内なので出来ることは限られている。そして子供達が暇を持て余さないようにするといっても、大人達はそれぞれ仕事が忙しい。
グレイは出港からしばらくした後、ふと何かを思い出したように言った。
「そういえば以前乗船した親子連れが不要になったからって置いていったモノがあったな。どこへやったかな……」
そう言いながら彼が船倉から取り出したのは子供向けの玩具……と言ってもただ遊ぶだけのものでなく、ブロックトイや文字合わせと言った、遊びながらも学ぶことが出来るものだった。
シロタはグレイの言葉を聞いて、器用に片側の眉だけ上げて見せたが何も言わず、子供達は初めて経験する「玩具」に目を輝かせた。
「おいセンセイさんよ」
「私は何も知りませんよ」
「なら、いいけどな」
そう言ってそっぽを向き、肩をいからせて去って行くグレイの後ろ姿を見ながら、シロタは笑いを噛み殺した。
なぜならグレイが「誰かが置いていった中古」だと言った知育玩具は、いずれも未開封のものだったから。




