インターミッション『Colorful Lines』ゴールドダック-彩路の星船 #1
航宙船、ゴールドダック。
それは黄金の名にはそぐわない、くたびれた外観を持つ中型の旅客航宙船だ。
普段は定期航路を往復しているゴールドダックだが、恒星間旅行者の絶対数が少ないこともあって旅客業としての運営は厳しく、毎回の航行は赤字すれすれだった。
その上、運が悪いことに今回の航行中、小さなトラブルが発生して運航ルートの途中にある面倒な星へ寄港せざるを得なくなった。
そのことを知った船長であるグレイの表情は、苦虫の一群を噛みつぶしたような、なんとも言えないものになった。
幸いトラブル自体は比較的簡単に解消されたものの、運んでいた旅客は他の航宙船に乗り換えて旅立ってしまったし、途中までしか運べなかったことで違約金を払うはめにもなった。
つまり、今回の運行は完全な大赤字。白髪交じりの頭をかきむしるグレイの様子を見て、船員達は自分達もそろそろ廃業かと諦め始めていた時だった。
「失礼、あなたが船長さん?少しお話いいかな」
軌道ステーションに停泊されているゴールドダックを1人の少女が訪れた。
ライトブラウンの長い髪を三つ編みにした、朱い瞳が魅力的な少女。
背丈が小さく一見すると未成年にも見えるが、体型も言動も大人びていて……なんとも不思議な印象の少女はグレイに向かって言った。
「この船、チャーターできるかしら?目的地は少し遠いんだけど」
聞けば少女は「あの」ギルドの関係者らしく、惑星外への労働者派遣のために使えるチャーター船を探しているのだという。
アイリスと名乗った少女の提案自体はグレイにとって渡りに船だったが、なにぶんその話に乗りづらい訳があった。
なぜなら、ゴールドダックが寄港している惑星は航宙船乗りの間では悪名高い「あのパノプティコ」だったから。
この惑星の住民は基本的に惑星から出たがらない。そしてこの惑星を訪れた旅人も、何故かここを出て行こうとしない。
つまり、パノプティコは旅客船の立ち寄り先としては最悪のロケーションだと言えた。
だからそんな惑星から、船をチャーターする程の人間が一度に星外へ出るというのは、普通に考えるとあり得ない話だったのだ。
「まさか奴隷貿易じゃないだろうな?面倒な話に関わり合いになる気は無いぜ?」
厳つい顔のグレイが脅すような口調で言い放った言葉に、アイリス怯えるどころか破顔して言った。
「そういう感性の人なら信用できるよ。船長、是非お願いしたいのだけど?」
アイリスは自分が準備している事業は、パノプティコに囚われたヨタと呼ばれる人々を、星外へと脱出させるためのものだと説明した。
パノプティコのルールを破らずに、困窮する人々を救い出すのが目的だ、と。
グレイはその言葉に少し呆れた。グレイの知るギルドの人間は理知的ではあるが組織の利益を優先する人間ばかりだった。
なのに、この少女は理想を語り他人のために動こうとしている。
若い職員が理想に燃えて独断専行しているのだと思ったグレイは、話としては興味深いがギルド支部長の許可を取ってからにしてくれとアイリスに告げた。
だが、その言葉を聞いたアイリスは悪い笑みを浮かべていった。
「じゃあ、問題なしってことだね?私、支部長より上位者だから」
そう言って彼女が掲げて見せたギルド章は、支部長クラスよりも遙かに高位のギルド幹部である、二等管理官の身分を示すものだった。
アイリスと契約を締結したゴールドダックの船員達は、パノプティコでの物資調達や旅客の受け入れ準備を開始した。
ゴールドダックの乗客定員は200名だが、就航してからこれまで定員に達したことは一度もなく、そのため乗員乗客用の物資補給や冷凍睡眠ポッドの整備は必須だったのだ。
幸いな事に物資の調達や準備は順調に進んだ。なにぜアイリスの金払いは良かったので、事前に支度金として十分な前金が払われていたから。
「なぁ船長、このままトンズラしても良いぐらいだな?」
「馬鹿いえ、ギルド相手に前金の持ち逃げなんてしてみろ、討伐艦隊を差し向けられるぞ?」
とんでもない、という顔でグレイは船員をどやしつけた。むろん軽口を叩いた船員も本気で前金の持ち逃げなど考えた事もなかったのだが。
アイリスの情報によると搭乗するヨタと呼ばれる人達は財産の類を持たず身一つでの星外派遣となるらしい。
そのためグレイ達は本来であれば旅客の荷物を積み込むスペースにも食料や水、エアフィルター等の消耗品を積載した。
そしてパノプティコ出発当日。200名の難民……いや派遣労働者達がゴールドダックへと乗り込んできた。
くれぐれも彼らを頼むと念押ししてくるアイリスに応じながらも、グレイは派遣労働者達がどのような境遇にあったのかを一目で見て取っていた。
元々、豪華客船でもない旅客船で恒星間移動を行おうという人間は、往々にして訳ありである事が多かった。
犯罪や借金、事業の失敗、人間関係のトラブル。
様々な理由で故郷の星にいられなくなった人間が、冷凍睡眠という死亡リスクを理解した上で新天地での希望に縋るのが恒星間航行だ。
だからこそ、グレイは自分の船が満員でないことを――ビジネス的な面を除けば――逆説的に歓迎してもいた。
なぜなら船が空荷に近いということは、それだけ追い詰められた人の数が少ないということだから。
だが今回は定員いっぱいになるまで、この星から逃げざるを得ない人々がいる。
しかもアイリスはこれが第一次派遣だと言っていた。つまり、パノプティコという星はそれだけ過酷な惑星なのだ。
さらにグレイは乗船する人々の中に、小さな子供が交じっていることにも気が付いた。
ヨタという、制度上存在が認められていない人々の子供?
それが社会的にどういう扱いだったのか、かつて自身も貧しい惑星のストリートチルドレンだったグレイには痛いほど良くわかった。
グレイは派遣労働者達の搭乗手続きと冷凍処理をクルーに任せ、自身は整列乗船する人員に目をやった。
2人……1人……それに3人。
あとはもう1人。
並んでいる乗客に目星を付けると、グレイは船内でその人々に声を掛けた。
「おう、悪いな。あんた、こっちへ来てくれるか?ああ、あとそっちの親子連れもだ」
そう言ってグレイが呼び止めたのは7人の乗客だ。
7歳ぐらいの小さな女の子を連れた母子とおぼしき二人連れ。
周囲と孤立した様子の……おそらく独りで船に乗りこもうとしていた未成年に見える男の子。
そして男の子と女の子を連れた母親。
最後に、初老の男性。
冷凍睡眠ポッドのある船倉へ向かう列から呼び出され、別室へ移された7人は落ち着かない様子だが、グレイは彼らに何かを説明するでもなくそのまま乗船する人々の方へと戻っていった。
7人は不安に思うが、互いに顔見知りという訳でもないため言葉を交わすこともできずにいた。
ただ二人の母親がそれぞれの子供に小さな声で話しかける言葉だけが、静かな船室に響く。
しばらくして戻ってきたグレイ船長は7人に向かって言った。
「待たせてすまんな。実はギルドには200人分の冷凍睡眠ポッドがあると言って契約したんだが、あれは嘘だ。幾つか不調なポッドがあってな。悪いがあんたらは冷凍睡眠できん」
船長の言葉に7人は唖然とする。ギルドからの説明では恒星間航行の間は冷凍睡眠する事になっていて、それが出来ないということは……すなわちこの船に乗船できないという事を意味していたから。
だが、7人の中にいた年配者は船長の表情からまだ話に続きがあることを察した。
それもおそらく、良い話があると。
「そういうことだから、あんたらは冷凍なしだ。だが、ギルドからは下等航行の船賃しか貰ってねぇからな。通常航行の運賃の差額として船内で働いて貰う。文句はあるか?」
6人はパノプティコから脱出できるのであれば、労働を求められることなど安いものだと船長の言葉に同意した。
最後の1人、年配者は同意した上で他の6人が船室に案内されたあともその場に残り、胡乱げな表情で自身を見やるグレイに向かって礼を言った。
「子供達への配慮に感謝します。あの子達は生まれながらにヨタだったでしょうから、学ぶ機会も、社会生活を営む機会も与えられていなかったはずです。船内生活でそれを学ばせて頂けるのですね?」
「……オレは、そんな聖人君子じゃねえさ。あんたにもきっちり働いて貰うぜ」
「ええ、よろこんで」
つまりは、そういうことだ。
ゴールドダックが8.7パーセク先の目的地、ティンバリスに到着するまで船内時間でおおよそ1年2ヶ月を要する。
冷凍睡眠で過ごせば一瞬で過ぎる時間だが、眠ったままでは社会常識も学力も身につかず、ティンバリスでの生活に支障を来すだろう。
それが大人であれば自助努力という言葉で片付けることが出来るのかもしれないが、小さな子供に自助を求めるのは酷だとグレイは判断したのだ。




