#14
解凍事故の発生率は本人の年齢や健康状態に大きく左右されますから、事前のヘルスチェックで事故率を下げることは可能です。
ですが、それでも全員の無事を保証することはできないと、何度も念押しして説明がなされました。
最後に派遣先に納得できれば第一便で星外へ出ることになり、条件が合わない場合やヘルスチェックで引っかかった場合は体調を整えてから第二次、第三次の派遣へ優先的に参加できるという説明が行われました。
ですが結局、全員が第一次事業の派遣先を希望すると回答しました。
「でも、良かったのかな。生命のリスクがあるのに」
「アイリスさん、鳥籠から飛び立った鳥は『安心』と引き換えに『自由』を得るんですよ。そして自由には時として命のリスクがつきまとうものです」
「……アリサは強いよね。私、そこまで割り切れないかな」
アイリスさんはそう言いますが、これはあくまでも彼らの選択です。
私達は何も強要せず、ただ脱出の手段を用意し、その危険性について嘘偽りの無い事実を伝えるだけ。
そして……おそらく、この星に留まってただ朽ちてゆくよりは、命のリスクがあっても星外での再起に賭けたいという想いは、冷凍睡眠に対する恐怖よりも強いのだろうと私は思いました。
結局、第一次派遣の募集定員200名は3日間で全て埋まりました。
何名かのヨタはヘルスチェックに引っかかり、第二次派遣までに体調を整えるべくギルドが支援する形になりましたが、欠員はすぐに埋まりました。
ですが200人という人数は推測されているヨタの総数からみれは一割かそれ以下の数字でしかありません。
つまり一度の派遣事業だけでは全員を救うことはできませんが……救われる道筋が出来るだけでも、意義はあるでしょう。
私達が手配できた派遣先は現時点では4つだけですが、今後もヨタ達を受け入れてくれる惑星が増えれば、この事業を続けることも出来るでしょうから。
そして派遣する人員が確定した翌日。
軌道エレベータ前に200名の第一次派遣労働者が集まりました。
ギルドが支給した生活用品を使って全員が身なりを整えていますが、やはりどことなくシビルスコアを持つパノプティコ市民とは異なる空気感があるのは否めません。
そんな人々が大挙して軌道エレベータに集まっている訳ですから、周囲を通りがかるパノプティコの住民達が何事かと遠巻きに見守るのも致し方ないでしょう。
「ではこれから軌道ステーションへ上がり、航宙船へ搭乗します。軌道エレベータには順番に乗車しますので、整列乗車をお願いしますね」
今回の引率は私とアイリスさんが引き受けますが、第二次派遣以降はギルド支部の職員が派遣労働者の引率を行うと同時に目的地の惑星にあるギルド支部へ転属する……という仕掛けです。
ええ、このやり方ならあの狸状生命体に酷似した……いえタヌキババアも文句は言えませんよね。
私がそんな事を考えていると、軌道エレベータへの乗車口で何か言い争っている声が聞こえました。
お上品なこの惑星で声を荒げているのを聞くには二度目ですが……。様子を見ると、パノプティコ市民らしき男が先頭で乗車誘導しているアイリスさんに詰め寄っています。
「おい、この連中はヨタだろう!?なんでヨタが軌道エレベータに乗れるんだ!おかしいだろう!」
「おかしい、ですか?どうおかしいのですか?」
「シビルスコアが低い人間は公共交通機関を利用できない、それがパノプティコのルールだ!」
どうやら男は軌道エレベータに乗る用事があるようですが、ヨタ達が乗車待ちで長蛇の列をなしていることに腹を立ててアイリスさんにクレームを入れているようです。
列を守らずに、先頭に割り込む形で。
男の剣幕に、ヨタ達の顔に不安げな表情が浮かびます。
確かにシビルスコアを失った彼らは公共サービスを受けることができず、当然公共交通機関も利用することが出来ません。
説明会ではギルドが引率を行うため、大丈夫だとは伝えてあったのですが……。
ですが、もちろんこのような事態が発生することも私達の計画には織り込み済みです。
そのためにパノプティコの法規を精査したのですから。
アイリスさんはクレームを付ける市民に微笑み、言いました。
「確かにパノプティコの法規では『40未満のシビルスコアを持つ者、もしくは未登録にあたる者は他者の安心を侵害するため、公共交通機関の利用を利用禁止する』と定められていますね」
「なら、こいつらを……」
「ですが、現在軌道エレベータは我々モーリオンギルドの貸し切り運転になっています。つまり現時点においてはこのエレベータ内は公の場でありません。従って、車内はパノプティコの法規ではなく、平等を尊ぶギルド憲章の管理下にあります」
「なに……?」
そう。私達はシビルスコアを持たないヨタを軌道エレベータに乗車させる手段として「貸し切り運行」を採用しました。
ギルド支部がシビルスコアの評価対象外になっている根拠を調べていた際に判明したことですが、シビルスコアに関連する法規はあくまでも「公共の場」に限定される。
それ故に星外組織であるギルド支部の内部はプライベートスペース、つまり一種の治外法権の扱いであったのです。
それを軌道エレベータに適用できることを確認した私達は「貸し切り」とすることで、その中ではギルド憲章が有効となる状況を作りました。
そして……。
「もちろん私達ギルドは平等を尊びますので、同乗頂いても構いませんよ?ただしゴンドラ内は一時的にギルドの管理下となりますから、この星のルールは適用されませんが」
「それは……」
「なら、私は乗せて貰おう。航宙船の出発時間が近いのでね」
「ああ、俺も同乗で構わない」
アイリスさんの言葉に、星外からの来訪者とおぼしき2人が同乗を申し出ました。
ですが……クレームを付けていたパノプティコ市民らしき男性は、忌々しげな表情を浮かべてその場を立ち去って行きました。
あの男性、今回の事でずいぶんとスコアを下げたように思いますが……まあ私には関係のないことですね。
「皆さん、お聞きの通りです。軌道エレベータ内は当ギルドの管理下にありますので、安心してご乗車ください」
アイリスさんがヨタ達にかけた言葉は、おそらく立ち去る男性の耳には強烈な皮肉に聞こえたことでしょう。




