#12
>>Iris
軌道ステーションへ向かうトワを見送った私に、アリサが声を掛けてきた。
「それで、アイリスさん?どんな方法でこのパノプティコをぶっ壊すのですか?」
「いや、壊さないからね?そんな事したら謹慎どころじゃすまないからね?」
「……冗談です」
残念そうにそういうアリサの顔は、さっきの言葉が冗談では無かったことを雄弁に語っていた。
いや、この子がパノプティコのシビルスコア制度に強い反感を持ってるのはわかるけどね。
なにせアリサは元政治家だし、それだけにこういう行き過ぎた管理体制への問題意識も強いだろうし。
けど私が……いや、トワが望むのはパノプティコの制度を変えることじゃなくて、ヨタを助けたいということだから。
それなら制度を変えなくてもなんとかなるかもしれない。
ただ、ギルドが介入する以上、その方法はパノプティコにおいて完全に合法な活動でないといけない。
だからこそ法規の確認が必要なんだけど……。
「アリサ、法規の確認と解釈を手伝って欲しいんだけど?」
「ええ、その程度ならいくらでも。ですがアイリスさん、私も手伝って頂きたいことが」
「なに?」
「上申書の作成です」
上申書……ということは統括局に提出するものだと思うけど、何を上申するんだろう。
いや、私も今考えている計画を進めるには上申書を書かないといけないだろうけど。
そう思いながらアリサに確認すると、どうやらパノプティコ支部所属の職員が提出する転属願いに、この惑星の労働環境が通常ではないことを示す書類を付けることで転属希望を通せるようにするつもりらしい。
「なるほど、じゃあ上申書に記載する転属希望の根拠としてパノプティコの法規を書くようにすれば一挙両得かな?」
「そうですね。ではまずパノプティコの法規を確認するところから始めましょうか」
私とアリサはパノプティコの法律や規則に関する情報を可能な限り取り寄せ、内容の精査と平行して私が考えているヨタ救済プランの法的な問題点の洗い出しに着手した。
「公共交通機関の利用規程に関しては、このように記載されていますね」
「それ、書いてあることと現実の運用の間に少し齟齬があるよね?」
「おそらくですが『安心』というキーワードの解釈に由来する相違ですね。たとえばこの条文ですが……」
「なるほど、なら支部の状況を考えれば、こういう解釈で迂回はできる?」
「就労についての条文はこちらですね」
「概ね公共交通機関と同じだけど、それより厳しいね」
「雇用契約に関する規則は他の星でも厳密なことが多いですから……」
「じゃあこの場合、法規で甲って記載されている雇用主体の部分をこう解釈するとどう?」
「公衆配信の条項はかなり厳しいね……」
「安心第一主義、静音で清潔な環境を維持するとなると、こうなる訳ですか……」
「65dBが上限ってことは、少し安全バッファを見込んで60dBぐらいにするべきだね。あと掲示関連は……」
「公共掲示システムの利用は難しそうですが、そもそも彼らは公共掲示にはアクセスできないでしょうから」
「なるほど、なら基本は口コミに頼るしかないか」
「文言、これで問題無いかな?」
「そうですね……確認出来る範囲内ではパノプティコの法規に触れる箇所は無さそうです。ですがアイリスさん?文章からパノプティコへの皮肉が透けて見えますよ?」
「あはは……やっぱり判る?」
「ええ、もちろんです。ですがこれなら提示する条件や補足の範疇として許容されるレベルだと思います。むしろ私的にはグッジョブだと思います」
「よし、じゃあギルド内の根回しも概ね終わったし、予算が認可されたら行動開始しようか」
「よしなに」
パノプティコの法は「良識」や「安心」の確保を軸に設計されていたため、罰則のようなものはあまり規定されていなかった。
だけどその反面、法規がカバーしている事柄は非常に広範囲かつ詳細なのが印象的だった。
街中で喋る際の声量が数値で上限指定されてるとか、どんなディストピアなのよ、ここ。
でもそんな私の感想に対して、アリサは数値で指定されていることこそが「安心」につながるのだと言う。
多くの星でも「公共の場では騒がない」ことを求める条例は存在するけど、どのレベルから騒音と見なされるかについて具体的に規定しているところはほとんど存在しない。
だから、仮に大声で騒いでいる人がいたとしても、その声が条例に反するかどうかを誰も客観的に判断できず、結果として騒音が放置されてしまう。
だけどパノプティコでは基準が数値化されているから……規定値を超えれば即座にスコアが減点される。
つまりそれが判りやすくて公平で、安心。
そういうことなんだとアリサは言う。
ただ今回に限れば私達が行う告知が合法である事を確実に担保することが出来るという点では、むしろ目安があるほうが運用は楽になるんだけどね。
その後、諸々の手配に4日間掛かったけど、ようやく事業の準備が整った。
途中、アノインティングに残してきたマリエッタからヒナが退院したこと、そして「女神のC3」についての監察を行うということの報告があった。
骨髄移植を受けてから退院するまでの期間って最短でも2ヶ月だという説明を医師から聞いた気がするんだけど、1週間ほどで退院できるとは……テロマー因子恐るべし。
私達がパノプティコで準備を進めている間、トワはアルカンシェルとパノプティコを行ったり来たりしていた。
なんでも本人曰く、ブリーズの操船練習だと言っていたけど……あれはきっと単に暇を持て余しているんだろうね。
ともあれ、実質的にパノプティコの管理運営を行っている市民調和局、通称「安心センター」への届け出と事業許可が下りたことで今日から私達の行動がスタートする。
「それにしても統括局の判断がえらく早かったですね?予算申請が通るまでにもっと時間が掛かると思いましたが……」
「ああ、それ?スゥ局長に『貸し』を返してもらったんだよ」
「貸し?……もしかして、タカマガハラの一件で得た報酬ですか?」
「うん、そうだよ」
アリサが言うように、私はかつて惑星タカマガハラでのミッションを達成した際に約束された報酬をまだ受け取ってなかったんだよね。
今回、その塩漬けにしていた報酬の支払い代わりに、統括局に対する事業申請と付随する予算案を通して貰ったんだ。
「……呆れました。人助けで得た報酬を他の人助けに使うとか……アイリスさん、どこまでお人好しなんですか……」
「アリサも言ってたじゃない。私達は通りすがりのお節介焼きだって。なら、これは趣味の活動でしょ?」
「趣味で英雄をやってるんですね、わかります」
苦笑しながらアリサはそう言うけど、趣味で女神やってるこの子には言われたくないかな。
まぁ、他人から見れば何を馬鹿なことをと思われるかもしれないけど、それが私達のアイデンティティなんだから仕方ないよね。




