#10
希少なものではないとはいえ嗜好品であるライスクラッカーはそれなりに高価だったからでしょうか。
私達はデパート側から上客だと認定されたようで、デパートの出口に店側が手配したビークルが用意されていました。
デパートからギルド支部までは歩いて帰っても問題のない距離、それも階層移動がありましたからビークルより歩きの方が早いような気もするのですが……。
「乗る?」
「トワ様がご希望であれば」
「じゃ、乗る」
トワ様はそう言うと気軽にビークルへ乗車されました。
私が目的地はギルド支部だと告げると運転手はゆっくりとビークルを発車させます。
彼の運転そのものは丁寧で問題はないのですが、時折バックミラーでこちらをチラチラ見ているのが気になります。視線が向いているのは……私の胸ですね。
バッジのスコアを見ていることは判りますが、理由がわかっても不快であることには違いありません。
ですので、私は運転手を注意することにしました。
「……何か?」
言葉に少し険ががあったことは否定しませんが、私の言葉に運転手は狼狽えたように非を詫び、言いました。
「ギルドの方はご立派なんですね」
「スコアのことですか?これは私自身が立派なのではなく、ギルドという組織に対する評価です」
「いえ、それでも80台とは……私なんてギリギリ市民生活を営めるレベルですから」
そう言うと運転手は職業柄、自分のスコアが標準値より低いのだと卑下してみせました。
どうやら彼はゲルダがロワーズと呼んでいた、シビルスコアが50点未満……つまりヨタ程ではないにしても、かなりスコアが低い層に分類される人物のようです。
運転を生業としていると軽微な交通違反などで減点される機会が多いのだと、彼は言い訳めいたことを口にしますが……。
正直、彼自身のスコアが運転によるものなのか、人格によるものなのか、あるいは言動や経済状況によるものなのか……私には判断が付くはずもありません。
運転手の言葉に私が曖昧な返事で応じていると、隣に座っていたトワ様が先を指さして言われました。
「アリサ。あれ」
トワ様が指さす方向にはヨタ達が数名集まり、ただ無言で立ち尽くして抗議活動を行っていました。
目抜き通りに面した歩道なので、周囲を遠巻きに通り過ぎていく市民の姿も見えます。
ヨタ達をまるで存在していないかのように無視し、談笑しながら進む人々。
ヨタに対して不快げな視線を送りながらも、何も言わずに通り過ぎる人々。
おそらく前者が高スコア帯の人間、後者が平均的なスコアの人間なのだと私は直感的に感じました。
そして、ヨタ達の存在に気付いた運転手は言いました。
「ちっ……ヨタ共め……!お客さん、少しだけ待って頂けますか?あいつら、追い払いますから」
「いえ、そのようなことはしなくても結構です」
「いや目障りっていうのもありますが、前にあいつらを追い払ったときにスコアが上がったことがあるんで……」
そう言うと運転手は私達が止めるのも聞かず、ビークルを停車するとヨタ達の方へと走っていってしまいました。
おそらくですが、これがヨタに対する低スコア帯の人間の標準的な反応なのでしょう。
どのような社会システムでも人々を完全に平等、公平に扱うことはできません。
ですから、どんな星でも一定の社会的格差は存在しますし、嘆かわしいことではありますが社会的弱者に対して攻撃的な態度を取る人間もまた存在しています。
彼らは自分が社会的弱者ではないと確認するために、自分よりも立場の弱い人達を攻撃します。
それが差別意識なのか同族嫌悪なのかは判りませんが……ただ一つはっきりしているのは、彼らは「安心」が欲しいがために攻撃的になるということです。
運転手が言うようにこの星では治安維持による貢献という理由付けがあるとはいえ、彼の言動の端々には低スコア帯であるが故の攻撃性が透けて見えました。
ですが、あくまでも来訪者でしかない私達にはパノプティコの制度に口出しすることはできません。
仕方なく様子を見ていると最初は丁寧な口調でヨタ達に解散するよう求めていた運転手でしたが、ヨタ達が反応しないことに業を煮やしたか少しずつ口調が荒くなっていくのが判りました。
そして……ついに運転手は激高したのか、目の前にいたヨタの胸ぐらを掴みました。
「アリサ。あれ、いいの?」
「良くないでしょうね」
トワ様が言われるのももっともです。
秩序を重んじるこのパノプティコにおいて、それが正しい行いであったとしても乱暴が認められるとは思えません。
そんなことを考えていると、ビークル内に小さな警告音が鳴り響きました。
音の源は運転席、それもビークルの起動キーとして差し込まれているライセンスカードの認証装置のようでした。
インジゲーターが赤く光っていることを確認した私は、思わずため息をついてしまいました。
「トワ様、降りましょうか」
「どうして?」
「このビークルはもう動きません。あの運転手、スコアが下がって運転資格を喪失したようです」
「……なるほど」
そう。例え相手がリリーフシステムの管理外に存在するヨタであったとしても、運転手が他人に暴力を振るっていることの言い訳にはなりません。
パノプティコを管理するリリーフシステムはスコアによって人を差別するものではなく、ただ公平な判断基準による評価を行うだけ。
つまり「誰に暴力を振るったか」「どのような理由で暴力を振るったか」ではなく「暴力を振るったかどうか」という一点でのみ評価が行われるに違いありません。
そしてその結果、もともと低スコアだった運転手は「安心」を求めて行った攻撃により、安心の根源であるスコアを失うという皮肉な結果を招いたのです。
てすがこの出来事を目にした私達は、ただ黙ってその場を去ることしかできませんでした。
私達がビークルを降りたことで異変に気づいたのか、運転手はビークルへと戻ってきました。
その姿を横目で見ながら私達はその場を立ち去ります。
自分がビークルの運転資格を失い、そしておそらくヨタに転落したことを知ったであろう運転手が、大声で何か叫んでいるのが後ろから聞こえてきました。
「アリサ、私達のせい?」
「いえ、彼は遅かれ早かれ、ああなる運命だったと思いますよ」
トワ様はおそらく自分達がビークルに乗ったことでヨタと遭遇し、運転手がスコアを失う事になったのではないかと気にされています。
表面的な事象に限ればそれは事実ではありますが、おそらくあの運転手は今日、仮に減点を免れていたとしても……そう遠くない未来に同じ結末を迎えていたに違いありません。
彼がこのパノプティコで生活している以上、それは避け得ぬ未来だったのだと、私は思いました。




