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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第3部3章『籠中の鳥』パノプティコ-案点の惑星
474/588

#9

>>Alyssa


 ギルド支部へ戻ってきたトワ様は手ぶらでした。

 しかも、そこはかとなく匂いが……いえ、トワ様はいつも無味無香なのですが、お召し物に、その、下水的な香りが……?


「下水道へ行った」

「どうしてですか!?そんな所へ入ったら、トワ様が穢れてしまいます!いえ、むしろトワ様のお力で下水道を浄化されたんですね!?」

「バッジ落とした」


 どうやら下水浄化作戦に従事された訳ではなく、シビルスコア記録用のバッジをマンホールから落とし、それを回収しに行かれたようです。

 納得すると同時にどうしてそんな事にと、少しだけ……ほんの少しだけ呆れてしまいました。


 ですが続けてトワ様が話された、下水道でヨタの親子と遭遇した件は、ふざけ半分に聞き流すには少々重たい話でした。


「ヨタがどこで生活しているのか気にはなっていたのですが……まさかそのような不衛生なところで生活していたとは」

「下水道や閉鎖された建物、路地裏などで生活しているという話は聞きますが……」

「当然彼らには社会保障は適用されてないのですね?」

「はい。ヨタはリリーフシステムに登録されていませんから、社会的には存在していない扱いになっているかと」


 同席していたゲルダの説明はこのパノプティコという惑星が、見せかけの楽園でしかないことを明白に示していました。

 トワ様はゲルダの話を聞きながら何かを考えておられたようですが、やがて口を開かれます。


「アリサ。私、アオ達を助けたい」


 アオ、というのはトワ様が地下で出会ったヨタの子供のことでしょう。

 生まれながらにスコアを持たず、名も持たない、市民として認められない「存在しない存在」。

 心優しいトワ様がそんな彼らを助けたいと思われるのは当然です。

 ですが……。


「トワ様、申し訳ありません。それは……とても難しいです」


 もしこの状況が邪悪な独裁者による専横であれば、口実をでっち上げてでも悪を打倒し体制を転覆させることが出来るのかもしれません。

 ですがパノプティコを支配するリリーフシステムはパノプティコの住民達が誰に強制されるでもなく、自ら望んで運用しているもの。


 そんなシステムに公然と反旗を翻すことは、内政干渉どころかギルドによる侵略行為と見なされても仕方のないものです。

 故に、私は……私達ギルドは、パノプティコに手を出すことが出来ない。

 私がそう説明すると、トワ様は小さな声で「そっか」と呟かれました。


 寂しげな様子のトワ様に胸が締め付けられます。なんとかしてトワ様の心を救いたい。

 そう思う私ですが……妙案は浮かびません。


「シノノメ管理官、それで……私達の件は……」


 苦悩する私にゲルダがおずおずと声を掛けてきました。

 一瞬、彼女が何を言っているのかわかりませんでしたが……そういえばアイリスさんがパノプティコ支部に所属するギルド職員のうちで、脱出したい者はここを離れられるようにする、と約束をしていたことを思い出しました。


 おそらく、私が手の打ちようが無いと口にしたので、ゲルダも不安になったのでしょう。


「支部撤退は難しいですが、通常の枠内で転籍希望を出すことはできますよ。状況が状況ですから、転籍希望の方には私が上申書を添えておきます。ゲルダ支部長、転属希望者のリスト作成をお願いできますか?」

「はい、ありがとうございます。では早速に手配を」

「待って」


 ゲルダが転属希望者のとりまとめを行うために部屋を出ようとした瞬間、トワ様がゲルダを呼び止めました。


 私の采配に何か問題があったのかと一瞬戸惑いましたが、トワ様の言葉は支部撤退とは関係のないものでした。


「かぶきもの、どこで売ってる?ナミにお土産買うの忘れた」

「がぶき……もの、ですか?」

「揚げたライスクラッカーのようなものです」

「ライスクラッカーならセントラルデパートで売っていたと思いますが……」

「ありがとう」


 農業が盛んではない星ではライスクラッカー、つまり煎餅の類いは手に入りにくいのですが、どうやら幸いにもこの星では手に入るようです。


 そんな話をしている間に丁度アイリスさんから、ナミをアルカンシェルまで送り届けるという連絡がありました。

 軌道ステーションまで送るだけならすぐに戻られると思ったのですが、パノプティコから少し離れた宙域に駐機しているアルカンシェルまでとなると少々時間が掛かりそうです。


 なら、その時間にセントラルデパートとやらへ出向いて、トワ様が所望される品を買っておくのも良いかもしれません。



「お客様、お荷物をお持ちいたします」

「お客様、ご試食はいかがですか?」

「こちらの商品、優待販売となっております!」


 セントラルデパートとやらでは大層な歓迎を受けました。

 ただ、この歓迎は私個人に対するものではありません。


 その証拠に曖昧な微笑みを浮かべた販売員達は皆、口を開く前にさりげなく私の胸元を一瞥してから笑顔を改め、言葉を発していたので。

 つまり彼女たちが見ているのは客としての私個人ではなく、シビルスコアの数字だけなのでしょう。

 決して彼女たちが悪い訳ではないのですが、販売員に応じる言葉がすこしそっけなくなるのを自分でも感じました。


 ライスクラッカー自体は比較的簡単に見つかったのですが、残念ながら揚げたものは見つかりませんでした。

 まあナミの事ですから細かいことは気にしないだろうと思い、私達は販売員が勧めるライスクラッカーを何種類か購入し、支部へと戻ることにしました。


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